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ウサギ将軍の大活躍

 雲の切れ目から飛び立って、ずうっと行ったその先に、大きな氷が浮いていました。


 これまで将軍が足場にしてきたような平たいかたまりではなくて、鋭く切り立った、それ自体が山のような、高い崖のような、きらきらと光を反射する、それは大きな氷でした。

 その切り立った崖の上に、大きな黒いワシがとまっていたのです。


 ワシは飛んでくるハトを見つけると、ぶるぶるっ、と身ぶるいをしてその大きな翼をひろげました。


「おまえ! 昨日のハトだな、通行料は持ってきたんだろうな!」


 ワシはいかにも意地悪な調子ではやすように叫びながら、風に乗ってびゅうびゅうと駆け昇ってきます。


「豆なんかじゃダメだぞ! 俺様は肉を食うんだからな!」


「は、はい、それはもう。大きなウサギをお持ちしましたよ、クルックー」


「ほお、ウサギか。それはなかなか結構だな」


 舌なめずりをしながらそばへやってくるワシをギリギリまでひきつけて、ハトは通信筒の蓋をぱっと開けました。


「クルルックー! ぬいぐるみのウサギですけどね!!」



 ―― ぬ い ぐ る み ! ?


 ワシには一瞬の間何を言われたのかわからない様子でした。その間に、将軍は腰のベルトからデンキカリバーを引き抜いて、腰だめに構えました。


「こんな空の上でまで、そこらのいじめっ子みたいな無茶難題を言う、お前のような奴は! この私が懲らしめてやるぞ」


 通信筒からぽいーんと飛び出すウサギ将軍! ワシはあわててよけようとしましたが、間に合いません。右の翼をしたたかに打たれて、バランスを崩しました。


 くるくると回って落ちていきながらワシは「おぼえてろー」と情けない捨て台詞を叫びます。


 ウサギ将軍は? 大丈夫、ハトさんがちゃんと拾い上げていました。


「クルクル! やあ、胸がすうっとしたよ! このままウサギくんを乗せて、お望みのところまで飛んであげるね」


「それは嬉しいや、とても助かるよ!」


 ウサギ将軍はまた通信筒に入って、ハトと一緒に飛んでいきました。



          * * * * * * *



 和くんのおばあちゃんは、お空の上の高い高いところで、手芸とお茶の小さなお店を開いていました。ご近所さんは美しい月の仙女さまに、最近孫娘に仕事を譲ったサンタクロースのおじいさんです。


 三人がおばあさんの庭でお茶会をしていると、ずっと遠くの空から何かが飛んできました。


 ハトです。ハトがウサギ将軍を連れて、ここまで飛んできてくれたのです。


「まあまあ、こんな寒いところまでよくいらっしゃったわねえ」


 おばあちゃんはそう言って、ハトを温かなカバーのかかった鳥かごで休ませてくれました。


 通信筒からぽいーんと飛び出すと、ウサギ将軍はおばあちゃんに挨拶をしました。


「お久しぶりです、大后さま」


「まあ。あなた、私が和くんに上げたあのウサギなの? あの子はずいぶんとあなたを気に入って、大事にしてくれていたようね」


 おばあちゃんは、ウサギ将軍のすこし色あせて黒ずんだ毛皮を――ぬいぐるみ用のとっておきの布だった毛皮を撫でました。


「大后さまだなんて、和くんはいつのまにそんな言葉を覚えたのかしら。想像の中で遊ぶのは楽しいけれど、ほどほどにしておかないと、あたしの息子みたいに苦労するに決まってますよ、ほんとに」


 そう言って笑うおばあちゃんに、ウサギ将軍はうやうやしく報告するのでした。


「大后様、いや、和くんのおばあちゃん。私はこの度、和くんに頼まれて大事な嬉しい知らせを持ってきました。和くんに妹が生まれます。あの子は、お兄ちゃんになるんです」


「まあ」


 おばあちゃんは、びっくりして、そしてうれし涙を流し始めました。


「そう、あの子がお兄ちゃんにね。そして息子は二人の子供のパパになるのねえ……あの子は何でもぐずぐずして遅くなってしまう子だったから、だいたい私、孫なんて諦めてたのよ。和くんが生まれたとき、どんなにうれしかったか。そして、もう一人生まれるのねえ」


「そうなんです。和くん、いいお兄ちゃんになるんだ、って張り切ってます」


 おばあちゃんは真っ白な絹のハンカチで涙をふくと、すっと背筋を伸ばして言いました。


「じゃあ、あんたは何が何でももう一度、和くんのところに帰らなきゃね。本当なら、ここに来たらもう下へは戻れないんだけど……丁度ね、月の仙女さんのところで困りごとがあるの。それを解決してあげたら下に戻れるようにならないか、ひとつ頼んでみましょうね」


 月の仙女様は、そんな二人をテーブルのあっち側で見ていました。


「あらあら、そんなことを、まるで悪だくみでもするみたいに相談しなくても、全部聴こえていますよ。大丈夫、私にお任せなさい」


 仙女様がにっこり笑います。彼女のところの困りごと、というのは、月のお餅つきでした。


「いつもお餅をついてくれるウサギさんが、腰を痛めてしまったのよ。若返りの薬がちょうど切らしてて、このままではお正月に間に合わないかもしれないの」


「だったら、私が代わりにつきましょう。お安い御用です」


 ウサギ将軍は仙女様と一緒に月まで飛んでいきました。大きな臼のまえで、赤い目をした月の白うさぎが、杵をもって待ちくたびれていました。


「やあ、応援が来てくれたか! この杵は二人いないとつけないんだ。時代遅れだから一人用にしてくれって言ってるんだが、なかなか聞いてもらえなくてねえ」


「なあに、おかげで私が無理を聞いてもらえるのさ。さて、それじゃあさっそく始めよう」


 餅つきが始まります。ぺったんぺったん。ぺったんぺったん、ぺったんこ。


 張り切ってお餅をつくウサギ将軍と月のウサギでした。白くて柔らかな月のお餅が、どんどんできていきます。仙女様の召使の女の子たちが、それを丸めて月の人たちのところへ配っていきました。これで、月の人たちはお正月が迎えられるのです。



 餅つきが終わると、将軍は月の仙女様にお餅のように白い小さな丸薬をもらいました。ぬいぐるみや人形とかの作られたものの命なら、この丸薬で地上へ戻せるのだそうです。


 将軍は、おばあちゃんの手を握って再びの別れを告げると、仙女様のお薬を飲みました。たちまち元気が体にあふれてきます。


「帰りは、わしが送ってやろう」


 サンタクロースのおじいさんが、納屋から古いソリを引っ張り出してきました。孫娘が「またそんな無理をして」とたしなめましたが、サンタクロースのおじいさんは取り合いません。


 ウサギをひょいとソリに載せると、トナカイに号令をかけて、ものすごいスピードで走りだしました。



 途中で後ろからアメリカ空軍のジェット機が二機ついてきましたが、全然追いつかれる心配はなさそうでした。

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