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妹がやってくる

 街路樹のイチョウがすっかり黄色く色づき、街にクリスマスソングが流れだす季節のことでした。


 和くんは幼稚園でママのお迎えを待っていました。いつもなら、ママはお仕事が終わってすぐに幼稚園へ駆けつけてくれて、電車で一駅ぶん一緒に移動したあと、商店街でお買い物をしてお家に帰るのです。

 そうしてご飯ができるまでの間、和くんはまた小さなお城で守りを固めて、悪い竜をむかえうつのです。


 ところが、今日はあたりが暗くなってもママが現れません。心細くなった和くんが、若くて美人な川上せんせいに駆け寄って、抱っこしてもらおうとした時――担任の坂元せんせいが和くんを呼びました。


「和くん、お父さんが迎えにいらっしゃったわよ」


 ――パパが?


 外でプープーとクラクションの音がしました。何ということでしょう、パパは自動車を運転してここまで来たのでしょうか。

 和くんは目を丸くしました。パパはいつも家でお仕事をしている「えかきさん」で、普段は自分の部屋にこもって「ぱそこん」の大きな画面の前で、ペンを握って目をぎょろぎょろさせてばかりいる人だと思っていたのに。


 ――ほんとにパパかしら。悪い人が変身してるんじゃないよね? 


 和くんはそんな心配で胸がいっぱいになりました。

 お城にいる三人の騎士の一人、青い騎士がテレビで戦ってる「ひみつけっしゃ」には、変装術がとくいな恐ろしい博士がいます。

 その変装で人の目を欺いて、子供をさらったり騎士の大事なベルトを盗んだり、それはそれは恐ろしいたくらみを繰り出してくるのです。


 でも大丈夫! パパはちゃんとパパでした。

 朝から剃る暇がなかったのか、チクチクジョリジョリする頬っぺをすりつけて和くんを抱っこしてくれました。


「ママは?」


「うん。ママは家で寝てるんだ。朝からちょっと具合悪そうだったろ?」


「うん」


「どうもおかしいと思って、二人で病院に行ってきたんだよ」


「ママ、また病気なの……?」


 和くんはとっても心細い気持ちになりました。またママが入院してしまっても、パパが病院に詰めっきりになっても、今度はおばあちゃんはいないのです。



「大丈夫さ」


 パパは車を運転しながら、なんだかうれしそうな声でそう言いました。


「和くん。もうすぐお兄ちゃんだぞ。妹が生まれるんだ。ママのお腹に今、赤ちゃんがいる――今日の診察でわかったんだよ」


「ええ!」


 思いがけない事でした。近所のお家に赤ちゃんが生まれたり、幼稚園で隣の席にいる薫ちゃんに、かわいい弟がいて、薫ちゃんのママが迎えに来た時にその子を抱っこしているのを見たりしていたので、世の中のパパたちママたちの間に、ときどき新しく赤ちゃんが生まれることは何となく知っていました。


 でも、まさか自分のところにも赤ちゃんが来るなんて!


「すごいや。ねえ、かわいい赤ちゃんだよね?」


「ああ、きっとかわいい女の子がくるぞ」


「ぼく、いいお兄ちゃんになるよ」


「そうか、えらいぞ和くん。今日のご飯はパパが作るからな、和くんも手伝っておくれ」


「うん!」


 家に帰って、ご飯のお手伝いをして、食べて、後片付けのお手伝いをして――お着替えをしてお布団に入っても、和くんの胸のどきどきは止まりませんでした。

 そうして、いろいろ考えているうちに。


 和くんはぱっちりと目を覚まして、パパとママがお話をしているリビングルームに駆け込みました。


「ねえ、ママ! パパ! ぼく、おばあちゃんにも妹のことをお知らせしたい! おばあちゃんに教えてあげたい!」


 パパとママはびっくりして顔を見合わせ、そして和くんをまじまじと見つめました。


「あ、ああ。それはとってもいい考えだね……でも、どうしたらいいかな」


「お手紙、おばあちゃんに送れるんでしょ? パパ言ったよね、おばあちゃんは時々お手紙くれるって。じゃあ、こっちからも送れるよね?」


「あ、ああ……」


 パパはちょっと驚いたような顔をして、もぐもぐと何か言いかけました。


 ――向こうから送るのは簡単なんだよ、でもこっちから送るのはちょっと手間がかかるんだ。何せ向こうに行く人がいないと送れないからね……


 そうして、「いや、こんなんじゃすぐろんりのはたんをみぬかれるかなあ」とかなんとか、よくわからない呪文を唱えています。


「ウサギさんに頼む! ウサギさんはもう年取って疲れちゃってるから、お空の上にいけるでしょ? ……それにおばあちゃんが作ったんだもの、きっと迷わずにいけるよね!?」


 パパはまた、ママと顔を見合わせました。そうして、和くんを抱き寄せて抱っこすると、こういいました。


「いいこと考えたねえ、和くんはいい子だな。よし、みんなで、ウサギさんがおばあちゃんのところに行けるように旅じたくを調えようじゃないか」


「ホントに? パパも手伝ってくれる?」


 もちろん、とうなずいて、パパは和くんをまたぎゅっと抱きしめました。そうして、小さな声でママに言いました。


 ――まあ、いいチャンスかもね。



 次の日から、ママはお仕事をお休みにして、家にいるようになりました。

 パパも仕事部屋から出てくる回数がいつもより多くなりました。


 ママは今、ウサギさんの足に合わせて茶色いフェルトの布で、小さな靴を縫ってくれています。みんなで話し合って、ウサギさんには他にも、ポケットのたくさんついた赤い袖なし胴着(ベスト)と、緑のつば広帽子も作ることになっています。


 和くんは、赤い騎士のディスプレイ・ケースの中から両手持ちの大きな剣、デンキカリバーを取り出してウサギさんの横に立てました。お空の上までの旅はきっと大変ですし、もしかするとあの変装の得意な悪い博士が邪魔をしたりするかもしれませんから。


 そうして――胴着と帽子が出来上がって、それをウサギさんに着せ、剣も持たせた翌日。


 和くんが幼稚園から帰ってくると、ウサギさんはもう出発したあとでした。


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