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和くんとおばあちゃん

「ねえ和くん、このウサギだけど、まだいる?」


 お妃さ――いえ、ママが和くんに、ある日そう尋ねました。


「ウサギさん? いるよ! ずっといっしょだよ!」


 和くんの顔色が少し青ざめたので、ママは「しまった」と思いました。


 ママにしてみれば特に何の深い考えもない、軽い気持ちだったのです。なにせその、黄色いウサギのぬいぐるみはもう四年も前に家に来たものでした。

 まだ一歳の、ほんの赤ちゃんだった和くんはそのぬいぐるみがとっても気に入ってしまって、本当に片時も手から離さないものですから、ウサギはすっかり汚れ、擦り切れて、ところどころ黒ずんでしまっていました。


 そんな和くんが三歳になるころようやく、ウサギ以外のおもちゃでも遊ぶようになって、ママはずいぶんほっとしたものでした。


(もうそろそろ、捨ててもいいかなって思ったのだけど――)


 ママはちょっと困ってしまいました。ぬいぐるみというのはそんなに簡単に、洗ったり乾したりできるものではありませんから、うちに来てこのかたというもの、ミルクのしずくが跳ねかかったり、指の代わりにウサギの手をしゃぶってびしょびしょになったり、考えつく限りの汚れがしみ込んでいるに違いないのです。


 ウサギはきっとばい菌でいっぱい。それが心配でなりませんでした。


「おばあちゃんに貰ったんだもん、捨てたりしちゃやだよ」


 和くんにそういわれて、ママも今回はあきらめました。おばあちゃんというのはパパのお母さんです。ママにとってはちょっと苦手なところもある、難しい人でしたが、和くんにはとてもやさしかったのです。





 和くんはおばあちゃんが大好きでした。


 ママが重い病気になって、パパもお仕事を休んで毎日病院に泊まり込んでいた時は二週間くらい、おばあちゃんのお家で暮らしたりしました。

 そこは昔ながらの古いお家でした。お庭に面した広い縁側があって、その内側に障子に囲まれた仏間がある――そんな家でした。


 おばあちゃんは和くんに、絵本にも載っていないような面白いお話をたくさん聞かせてくれましたし、おやつにはいつもふわふわの美味しいパンケーキを焼いてくれました。


「ハチミツはまだ、和くんには早いからねえ」


 そんなことを言いながら、茶色く透き通ったカエデ蜜のシロップをたっぷりかけて、温かいミルクと一緒にパンケーキをテーブルに載せてくれました。


 ウサギをもらったのは、それよりずっと前の、ちょうど一歳の誕生日。とっておきの布をおろして作った、おばあちゃんの手作りでした。

 若いときには友達と手作りぬいぐるみのお店をやっていた、というくらい、おばあちゃんは手先が器用な人でした。だからぬいぐるみもとっても良くできていたのです。


 世界中にたった一つしかないウサギのぬいぐるみ。それは和くんの最初のお友達になりました。


 

 和くんがおばあちゃんと会えなくなったのは、和くんが四歳になってしばらく経った頃でした。


 ある日、朝起きるとパパとママが少し難しい怖い顔をしていたのです。二人は和くんにいちばんきれいなよそ行きの服を着せてくれて、そうしてタクシーというものに乗ってみんなで出かけました。

 ついたところはとても大きな部屋のある建物で、そこにはたくさんの人たちが集まっていました。


 おそうしき、というものが始まりました。紫色の変わった服を着た、つるつる頭の男の人がやってきて、なんだかへんてこな歌みたいなものを歌っていました。


 つるつるの人が座って歌っているその正面におばあちゃんの大きな写真があって、少し不思議な気がしました。

 でも和くんは、こういう大人がたくさん集まって静かにしているところでは、自分もおとなしくしていた方がいいのだということを、もうちゃあんと知っていましたから、歌がすんでみんなでご飯を食べて、お家に帰るまで、半ズボンから突き出た膝に握りこぶしをのっけて、ずっとその写真を見ていたのでした。


 それっきり、おばあちゃんには会えなくなりました。あの広い縁側のあるお家に行くこともなくなりました。

 あのお家はパパとおじさんたちが相談して「ざいさんぶんよ」というものをしてしまったので、取り壊されて今では大きなアパートになっているのだそうです。


 和くんはあるときパパとママに、おばあちゃんはどうなったのかと聞きました。パパが答えました。


「おばあちゃんはね、年をとってもう疲れてしまったから、お空のずっと上にある、新しいお家で暮らすことになったんだ。そこはとても遠くて、和くんも、パパもママも会いに行くことができないんだよ」


「ええ、そんなのやだ」


 パパは寂しそうに笑うと、指にペンだこのある大きな手で、和くんの頭をくしゃくしゃと撫でました。


「大丈夫、おばあちゃんは向こうでちゃんと和くんのことを見ていてくれるし、時々お手紙をくれるからね。いつかパパやママ、それに和くんも、年を取って疲れちゃったら、おばあちゃんのところへ行くんだよ。お祖母ちゃんはその日を楽しみにして、向こうで待っているんだ」


「そうなの……」


 和くんはちょっと不満でした。だって、パパやママをみていると、遠くにいる人とは電話で話したりスマホで「めっせーじ」を送ったりするみたいなのです。なのにおばあちゃんのいるところは、そんなこともできないくらい離れているというんでしょうか?

 なのに手紙だけは届くなんて、うそみたいじゃないですか。だれが届けるの?



 ああ、優しかったおばあちゃん。ウサギをくれたおばあちゃん。パンケーキを作ってくれたおばあちゃん。

 和くんは今でもおばあちゃんのことが大好きでした。夜眠れない時は、おばあちゃんのしてくれたお話を思い出して、あのきれいな声を耳の中で繰り返しながら、ウサギを抱いてじっと目をつぶるのです。


 いつかおばあちゃんのところに行くまでは、そうやって待つのだと、和くんはなんとなく思い込んでいるのです。ウサギを捨てるなんて、出来るわけがありませんでした。

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