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作戦会議

 ――竜種。


 自然界最強の生物である彼らだが、そのもう一つの顔はといえば自然界最大の畜産家ということになるだろう。

 多くの肉食生物がそうであるように、彼らもまた自分の縄張りを誇示する。

 ただ、その縄張り主張のやり方がひどく独特なのだ。

 彼らは単純に、フンや尿で縄張りを主張するだけではない……。


 ――自らがそれと定めた餌場に存在する他の捕食者を、皆殺しにしてしまうのである。


 竜種の縄張りにおいて、他の狩猟生物は存在を許されず、また踏み込むこともあり得ない。

 そうやって丹念に整備された縄張りの中で、主たる竜がエサと定めた生物は繁栄し常に一定数を間引かれていくのである。

 竜種の縄張りとは、生物界における最大のアンタッチャブルなのだ。


「それにわざわざ挑みかかろうっていうんだから、ザピーラ様も物好きだねえ」


 ――あの後。


 謁見を終えた俺たちは、シールさんにうながされて城内の一室へとやって来ていた。

 これは、爺ちゃんから聞いていた書物というやつか……様々な装丁の本や巻物が保管された部屋である。

 それを見て気づいたんだが、さっきランがシールさんに何か書いてもらってたアレって紙だったんだな。

 ザロン山で文字や地図作りを教わった時は、もっぱら板切れに墨で書いてたからなあ。あれにくらべると、ずいぶんと便利そうだ。


 感心してる俺と興味深そうにそれら書物の山を眺めるランを尻目に、机へ特大の巻物を広げるシールさんを眺めながら、俺は先の言葉を口にしたのである。


「もちろん、やりたくってやるわけじゃないさ」


 苦笑しながら、シールさんが巻物の中身を見るようにうながす。

 これは……地図か。ずいぶんと広大な範囲を書き記したそれは、俺が爺ちゃんから教わって作ったものとは比較にならぬ精度と詳細さであった。

 中心に配置されてる街の名前がスパタであることから見て、どうやらこの国周辺を表したもののようである。


「ここがこの街、スパタの王都なのは分かるかい?」


「もちろんだ」


「問題の竜種が飛来したローノンカ平原は、ここに存在する」


 言いながらシールさんが指さしたのは、王都からずいぶん西へ離れた場所に存在するただっ広い平原地帯であった。

 縮尺から見て、スパタ王国を示す領域はちょうどザロン山がすっぽり収まるくらいの広さがある……そうじゃないかと思っていたが、やっぱデカかったんだなあの山。

 さておき、スパタ王国全領域の三割近くを占めるこの平原の広さは、まさに竜種が縄張りとするのにちょうどよいくらいだろう。

 懐かしいなあ……ザロン山中腹に存在する平原地帯もちょうどこのくらいの広さで、そこを占拠しようとした竜種と二度も戦うことになったんだ。

 放置する手もあったんだが、あそこに生息する獣の肉は美味いからな。トカゲごときにゃゆずれん。

 が、それは俺の場合である。


「放っておきゃいいんじゃないの? 竜だって生き物だ。あたら命を奪う必要はない」


「そうはいかないのさ」


 苦笑しながら、シールさんが平原内に存在する無数の線――これは道を意味するものか――を指で示した。


「この平原内には、スパタと西方諸国を結ぶ主要な街道がいくつも存在する。

 はっきり言って、ここを竜に抑えられると王国経済には大打撃だね。

 ていうか、君もここを通ってきたんじゃないのかい?」


「経済というのはさっぱり分からんが、俺が通ってないのは確かだ。

 いかんせん、鳥に運び去られてきたからな」


「自分の出身を隠したいのかい? まあなら、深くは聞かないことにするよ」


 なんだかよく分からないが、自分の出身地を秘匿していることになってしまった。

 嘘は何も言ってないんだがなあ。


「それにここで生計を立てる冒険者や牛追い人も数多い。彼らを見捨てるわけにはいかない。

 ――何より、ザピーラ様のお立場がある」


「ザピーラ様……か」


 ぶしつけになるのは承知の上で、俺は気になっていたことを訊ねることにする。


「気になってたんだが、なんであの人がこの国で一番偉いんだ?」


「それは……外国から来たなら、知らないのも無理ないかもしれないね」


 シールさんはそう言いながら、地図ではなくどこか遠くを見るような目で胸元をおさえた。


「半年前……我が国の先王は急な(やまい)でお隠れになった。

 そしてその跡を正当に継げるのは、唯一のご息女であるザピーラ様だけなわけだよ」


 そして続いた言葉は、俺にとってひどく意外なものだったのである。


「ちょっと待て……もしかして、王様やってた人の娘だから一番偉いってことにされてるのか?」


「いやいや、他にどんな理由があるんだい?」


「いや、俺はてっきり王というのは一番強い奴や賢い奴をみんなで選んで決めたりするものだと……」


 そうでないなら、単に血を継いだだけの凡愚が頂点に立つこともままあることになる。

 そんなもの、およそ生物の群れとしてありえることではなかった。


「ああ、君は共和制の国で育った人なんだね?

 まあ、政治体制に関する考え方は様々だろうけど、この国は王制で成り立っているしその権力は不可侵なものだ。

 ……そうでなければならないんだよ」


 その言葉は、シールさんの掲げる理想と現実とにギャップが生じていることを暗に告げている。

 それがつまりは、謁見の間に集う人々が見せた態度なのだろう。


「つまり、ザピーラ様が君臨するのを納得してる人だけじゃないってことだな?」


「……そうだね。

 先王陛下が三十そこそこという若さで急病に倒れ、その矢先に今度の竜種襲来だ。

 年若い姫君であるザピーラ様が即位するのを好ましく思わない人たちにとっては、攻撃する絶好のチャンスなんだよ。

 ――これは神々の啓示なんじゃないか? ザピーラ様ではなく、他の有力者こそを王にすべきではないのか? ってさ」


「それで、ザピーラ様に対するあの態度か?

 ……なんだか、好きになれない考え方だな」


 これはザピーラ様の実力とは無関係な、俺の率直な感想である。

 要するに、長へなりたいのになれないでいる連中が遠巻きからきゃんきゃんと吠えたてているわけだ。

 長の選定方法はさておき、そういう群れに所属しているのなら納得して従うべきなのである。

 それが嫌なら、実力でその座をもぎ取るか、あるいはその群れを去ればいい。

 それこそが野生のおきてというものだろう。


「逆にザピーラ様自身の差配で今回の騒動を解決できれば、反対勢力を一気に封殺することができる。

 ……即位して間もない姫君が天災にも等しい竜種の襲来を撃退できたのだから、これを隙と見ている近隣諸国もその考えを改めるだろうさ」


「それで、俺に声をかけたわけか?」


「そうだね。くやしいけど、あたしに竜種をどうにかする実力なんてない。

 どころか、国内の冒険者ギルドは全て首を横に振る始末さ。

 歯噛みしていた矢先にいきなり街中へ強大な気配が現れた時は驚いたけど、千載一遇のチャンスだと思ったんだよ」


「なるほどな」


 賢明な判断というしかない。

 ハッキリ言って、シールさん程度の実力じゃ束になってかかったところで竜種には太刀打ちできないだろう。


「……何がなるほどなんですか」


 と、それまで口を開かずにいたランが話へ割って入ったのはその時である。

 この部屋に入ってすぐの間は書物の山を感心深げに眺めていたのだが、今は怒りに肩を震わせ頬も紅潮させていた。

 よくよく考えてみればシールさんに城内を案内されている間もこんな感じだったわけだが、一体何を怒っているのだろうか?

 別に俺、裸は見てないよ?


「流れで黙って聞いてましたが、竜種討伐なんて正気ですか!?」


「俺はいつだって正気だしマジだぞ?」


「なに考えてるんですかもー! そんなの勝てるわけないのにー!」


 今度は頭を抱えながらその場で地団駄を踏むランである。


「心配するな。ちゃんと勝ったことあるぞ」


「どうせ大型の爬虫類か何かでしょう!? いいですか!? 竜種は他の獣とは格が違うんです!

 今回の竜種だって、平原へ降り立ったその日に多数の犠牲を出して街中は噂でもちきりなんですよ!?」


「そうか……それは気の毒だな」


 これまで話には出ていなかったが、すでに犠牲となった人間もいるのか。

 逃げずに立ち向かってしまったか、あるいは今回飛来した個体がことさら残酷な性格をしていたのか……。

 竜種の執念深さは尋常なものではない。目を付けられたなら、逃れるすべはなかっただろう。


「なら、早いとこ片づけないとな。

 ……心配するな。二人はつき合う必要はない。というか、ついてこられても守ってる余裕ないだろうし」


「あたしは行くよ。王家から討伐を依頼している以上、見届け人は必要不可欠だからね」


「……行きたくないけど、私も行かざるを得ないんですよ。

 ユリンさんが勝手に返事したとはいえ、ギルドとして正式に王家からの依頼を引き受けたんですから」


「そういうものなのか? やはり俺にはよくわからんが」


「そういうものなんです。

 ……なし崩しだしお婆ちゃんがそう言ったからですけど、ともかく同じギルドに所属している以上、私たちは仲間なんですから」


「…………………………」


「ど、どうしたんですか? 気持ち悪い顔して」


 俺の顔を見たランが少したじろぐ。

 気持ち悪い顔か……今の俺は、どんな顔してるんだろう?


「いや、俺は……仲間ってやつが欲しいとずっと思ってたからさ。

 夢がひとつかなっちまった」


「……なんなんですか、もう。

 言っておきますが、本当に一応ですからね。い・ち・お・う!」


 なんか少し顔を赤らめながらそう言うランを見て、シールさんがくすりと笑う。


「それじゃ、あたしはお友だちってところかな?

 こっちは一応じゃないよ」


「友だちか! それも欲しかった!

 今日はいい日だ。夢がふたつもかなった」


 仲間に友だち……いずれも、ザロン山では決して手に入らなかったものだ。

 守ってる余裕はないと言ってしまったが、それでもどうにかしないとな。

 だってそれが、仲間や友だちってもんだろう? 俺はそう決めてる。

 それになんだか……今の俺は、普段より何倍も力が出せそうだ!


「はあ……なんだかなあ」


 ランが脱力したように肩を落とす。


「ともかくこうなった以上、ユリンさんが口だけでないことを祈るだけです……」


「なら、俺はともかくお前が尊敬してるシールさんの見立てを信用することだな」


 その言葉に、親とはぐれた幼獣のような目をシールさんへ向けるランである。


「あっはは、まあ、あたしが今まで出会ってきた人間の中じゃユリン君は文句なく最強だよ。

 でも、どうなんだい? 勝ったとは言ってたけど、相手によるとも自分で言ってただろう?」


「まあ、駄目だった時は死んでる時だから考える意味もないさ。

 ――それに、せっかく絶好の修行相手が見つかったんだ。

 ザピーラ様の頼みとは関係なく、これをのがす手はねえ!」


 自然、歯がむき出しになるほどの笑みをこぼしてしまう。

 ヴォーマさんは例外として、街で見かけた人間はいずれも……弱すぎた。

 どうやらこの街では一、二を争う使い手っぽいシールさんですら修行相手とはなりえぬ程度の実力である。

 ヴォーマさんから課されたミッションは別として、俺本来の目的である修行をどうしたものかと途方にくれかけていたところだったのだ。

 竜種なら、相手にとって不足はない。


 びりびりと空気が震え、室内に収められた書物の山を揺らす。

 感情の高ぶりにつられ、気があふれ出したのである。


「……はは、たのもしいね!

 でも、その気合は本番まで取っておいてほしいかな。

 現地まであたしの足でも丸一日は駆け抜けないといけない距離だから、ランちゃんを早馬に乗せても一週間くらいはかかるからね」


「俺がランをおぶればいいんじゃないか?」


「絶対イヤです。死んでください」


 死の宣告を受けてしまった。

 お前のことを仲間だと思っていたのに!


「それにですね……」


 ランはこほんとせきばらいすると、わずかに顔を赤らめながらシールさんの方を見やった。


「ローノンカ平原なら、行こうと思えばすぐにでも行けます。

 ……瞬間移動の儀式をしてありますので」


「なんだって! それは本当かい!?」


 その言葉に、シールさんがものすごい勢いで食いつく。


「ああでも、『炎鳥の羽』を継ぐ魔法使いなら当然ヴォーマ様の薫陶(くんとう)を受けているのか。

 ……というより、あの方は確か孫娘がいたはずだよね!? それが君なのかい!?」


「ええっと、はい。一応……」


「そうか! それで空間魔法が使えるのか!

 色紙を取り出した時は、そこまで高度な術が使えるとは不覚にも気づかなかったよ!

 それで! 何か所に!? どこに飛べるんだい!?」


「その……すいません。いくらシール様でもそこまでは……」


「ああ! そうだよね! ごめん!」


「あー、いいかな?」


 なんかすごい興奮した様子でまくしたてるシールさんと、それに照れ照れしながら答えるランに右手を上げて質問する。


「よくわからんが、それってすごいことなのか?」


「すごいに決まってるじゃないか!」


 剣幕はそのままに、今度はずいと俺に顔を近づけるシールさんだ。


「いいかい! 瞬間移動っていうのは離れた場所に人や物を一瞬で移動させる魔法なんだ!

 ものすごく高度な術で、使える魔法使いは世界で何人もいないと言われているんだよ!?

 ハッキリ言って、ランちゃんは今この瞬間から国の宝と呼べる存在になったんだ!

 たとえあたしや君が死んだとしても、この子だけは絶対に五体満足で帰すよ! いいね!?」


「お、おう……」


 たじたじとなりながら、どうにかそう答えた。

 しかしまあ、地図を見た感じ俺が全力で走っても半日はかかりそうな距離がある。

 これを一瞬で移動するのか……ふむ。


「確かに、そりゃあすごいな。

 初めて、お前のことを心からすごいと思ったぞ」


「初めては余計ですけど、まあ私だってお婆ちゃんの後継者ですから」


「後継者……後継者か……」


 薄い胸を背骨が折れそうな勢いでそらしてみせるランを見ながら、ふと思ったことをたずねる。


「なあ、宝って言うならヴォーマさんがそうじゃないのか?

 別に見たわけじゃないが、あの人はお前以上にその技を扱えるんだろ?」


「あー、それはまあ……」


「そうなんだけどさ……。

 ユリン君、あの方が『やだ』って言ってるのに術の行使を頼めるかい?」


「あー……無理だな」


 納得した。

 あの人がやる気にならないってんなら、仮に爺ちゃんが頼んだとしても考えを曲げることは無いだろう。

 もはや容姿がどうとか戦闘力がどうとかそういう問題じゃない。

 人間としての純粋なランク差を感じるのだ。


「お婆ちゃん、引退してからは一切他人のために働かなくなったんで……」


「ああまあ、よく考えたら頼めるならこの討伐もヴォーマさんへとっくに頼んでるよな。本気出せば勝てるだろうし。

 街でも言ってたけど、今は力を封じてるんだっけ?」


「まあ、あのお婆ちゃんなのでどこまで本当かは私にもわかりませんが……」


 なんかちょっと疲れた表情になってるランである。

 俺が爺ちゃんに対してそうであるのと同様、この子もまたヴォーマさんに対して思うところがあるのだろう。


「まあ、そういうことなら!」


 ぱんと両手を叩き、シールさんがこの場を取り仕切った。


「さっそく連れて行ってもらえるかい?

 ユリン君もそのままで大丈夫でしょ?」


「ああ、俺はいつだって臨戦態勢だ」


 軽く両拳を打ち合わせながらそう答える。


「え? いいんですか? このまま行っちゃっても……」


「あっはは、ランちゃんは大勢に見守られながら旅立つ方が好みかな?」


「べ、別にそんなことは……」


 顔を赤らめながら否定するランだ。どうやら図星だったらしい。


「べっつに、どんな風に旅立っても同じだと思うけどな。

 一人で出て行こうが、誰かに見守られようが、鳥につまみ去られようが……」


「最後のは絶対にごめんですけどね。

 ……まあ、とにかくそういう事なら――いきます!」


 直後、ランの目つきが明らかに変わった。

 今まで見せていたような、スキだらけのそれではない。

 一つ技を(おさ)めた者としての絶対的な自身と自負……そして極限まで高められた集中力がその双眸(そうぼう)には宿っているのだ。

 それが証拠に、感じる……ランの周囲に渦巻く無形の力を!

 しかもそれは充実して膨れ上がり、ランはおろかシールさんとこの俺すらも包み込んでいくのだ。


「心を安らかにして、術を受け入れてください」


 奇妙な形に印を結んだ両手を突き出し、目を閉じながらランがそう言い放つ。

 俺とシールさんは言われるがままに体の力を抜き……。

 そして次の瞬間、世界がまたたいた。


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