依頼
王というものについて、ばくぜんとしたイメージはあった。
例えば、戦闘状態の爺ちゃんをもう少し年若くしたような壮年の男性……。
ザロン山にも群れを成す生物は数多く存在したが、多くの場合その長を務めるのは最大の戦闘能力を誇る個体だったのである。
ならば、自分が知る最強の生物を元にイメージするのは至極当然のことわりであろう。
が、ランに色々と言われてそのイメージも少々変化を遂げていた。
最強の個体が長を務めるのは生物界におけるマジョリティであるが、あくまでも多数派は多数派に過ぎず例外も多々ある。
アリやハチが分かりやすい例で、彼らの場合、長を務めるのは生殖能力という他の個体で替えが効かない役割を持つ女王だ。
それに習うなら人間の場合は、例えば人々を指揮しこの城を造り上げるような……絶対的指導力を持つ人物こそが王にふさわしいのではないか?
このわずかな時間で、俺はそのように考えをあらためていたのである。
となると、イメージ図も少々修正を加えなければならない。
誰よりも深き人生経験を持ち……それを背景にカリスマを発揮する老齢の御仁。
それこそが、我が最新の王様イメージだったのである。
「――ザピーラ・タレジョ・スパタである。
わたしの招きに応じてくれたこと、大義に思います」
……だから、玉座に座っているのが俺やランと年齢の変わらぬ女の子であったのは心底から意外であった。
シールさんの部下に宣伝用の旗や前かけを預けた俺は膝を付きながら、その姿を観察する。
ひどく華奢で、俺が見てきた中で最も生命力を感じない生物――それがザピーラ……様に抱いた第一印象であった。
下手をすれば、街を歩いていた幼子や老人よりも活力に欠けているのではないだろうか?
やたら大量の布地を幾層にも重ねた装いは俺の拳法着と違い重量を増されてはいないようだが、か細い彼女の体躯ではもしかしたら俺以上に重さを感じているかもしれない。
よく整えられてはいるものの色素というものがどうにも薄い茶髪が、そういった印象を加速させた。
うん……特に何も感じるところはない。
武力・知性・カリスマ……俺が長という存在へ求める必要事項の一片たりとも、彼女は持ち合わせていないだろう。
それがスパタ王国最高権力者、ザピーラという女の子であった。
えー……どうしよう?
とりあえずランやシールさんにならって俺もうやうやしくしてみてはいるが、正直、この子に対してそこまでする必要性を感じられないのである。
しかもどうやら、そう思っているのは俺だけではないようである。
竜種が営巣することすら可能なほどただっ広い謁見の間に集った彼女の家臣たち……その多くが、あざけりの表情を浮かべていた。
いや、俺を見てそうするのは分かる。
城へ来る前の橋でも通行人に笑われていたが、どうにも俺は街の人間から浮いて見えているようだからだ。
しかしながら、そのあざけりが俺のみならずそれを招いた自分たちの主にまで向けられているのは一体どういうことなのか……?
「そこのあなた、名はなんといいます?」
そんなことを考えていると、不意にザピーラ様からそう声をかけられた。
どうしたものか少しだけ悩み横を向く俺に、シールさんがそっと目くばせをしてくれる。
どうやら、聞かれたままに名乗ればいいらしい。
「我が名はユリン! 師にして祖父、チャンハの薫陶を受けし拳士なり!」
ヴォーマさんにしたのと同様、爺ちゃん直伝の名乗りを披露する。
それに反応を見せたのはザピーラ様ではなく、彼女をあざける家臣団であった。
「拳聖チャンハの?」
「詐称に決まっておろう」
「どこの田舎者かは知らぬが、姫様も妙な人間を招き入れる」
「そうするよう忠言したというシール殿もシール殿よ」
「先王ならば、このような無駄な時間は取らなかったものを」
……なんか、揃いも揃って好き勝手なこと言ってるなあ。
あいにく、こっちの耳はザロン山で鍛え抜かれている。
いかにひそやかな声で話したところで、この距離なら聞き逃すということはない。
そもそもが、これだけ大勢でひそひそ話をしているのだからそれはもうざわめきと称するべき代物なのだ。
爺ちゃんから教わった礼法では、目上の人間がいるところで勝手に口を開くのはマナー違反だったんだがな。
「拳士ユリンよ。シールが察知したところによれば、あなたは恐るべき使い手であるに違いないとか?
この見立てに、間違いはないか?」
「広い世を知らぬ身ですので、恐るべき使い手であるかどうかは答えかねます。
が、引き合いに出されるのがシールさんであるのならば、確実に力量では上回っています」
聞かれるままに答える。
場合によってはシールさんを侮辱する言葉にもなるが、このことは当の彼女自身も理解しているだろうから正直に答えて問題ないだろう。
そして俺の言葉に、そこかしこから失笑が漏れ出でた。
「シール殿より上回っているとは、大きく出たものだ」
「そもそも、シール殿からして城中から一体何を察知したというのか?」
「大方、大げさに騒ぎ立てて知り合いの若造を引き立てようという魂胆なのではないか?」
「ほう? ならばあの小僧とシール殿が良い仲ということになりますな」
……いちいちカンにさわるなあ、この人たち。
そりゃあ、シールさんくらいの使い手なら城の中から俺を察知することくらいできるだろう。特に気を抑えたりとかもしてなかったし。
俺からすれば修行不足なシールさんであるが、それでも彼女がきちんと努力している人間であることは間違いない。
それを修行どころか運動すら足りてない人々にあざ笑われるというのは、どうにも面白くなかった。
良い仲というのはよく分からんが、そこまで言うのならば彼女と仲良くしてやろうじゃないか。
決めた! 俺はシールさんが仕えるザピーラ様へ味方することにするぞ! 徹底的にだ!
「こほん」
と、ザピーラ様が軽く咳払いをするとさすがにざわめきは収まった。
しばらく待って完全にそれが消え去ったのを確認すると、彼女はあらためて俺の方を見据える。
「では、単刀直入に聞きましょう。
――相手が竜種であった場合、倒すことは可能か?」
その言葉に、謁見の間がしん……と静まり返った。
ただざわめきが収まったのとは違う。
この場にいる全ての人間が固唾を飲み、俺とザピーラ様に注目しているのだ。
そしてその言葉に、ようやく俺は自分が呼ばれた理由へ気づいたのである。
「戦ってみなければ分かりません」
しばし黙考し、結論をひねり出す。
「竜というのはその性質も実力も様々で、ひとくくりに語ることはできないのです」
これが俺の経験から導き出した答えだ。
俺はかつて三度、竜と相対したことがある。
そのうち一度は相打ちに近い形で撃退し、一度は傷を負いながらも討ち取り、最後の一度はそもそも高い知性を持っている相手なので戦いが起きなかった。
最後に会った竜と爺ちゃんから聞いた話を総合した結論が、これなのである。
我ながら玉虫色の回答であったが、しかしザピーラ様はこれへ大いに満足したらしく深くうなずいてみせた。
「……驚きました。その言葉を聞く限り、竜と戦った経験があるのですね?
そしてどうやら、目がないわけではないと」
そして次の瞬間、彼女は玉座から立ち上がると精一杯に声を張り上げこう告げたのである。
「ならば、王家の名においてあなた方へ依頼する。
――ローノンカ平原へ飛来した竜種を討伐し、伝説にうたわれたギルドを継ぐにふさわしい力があることを証明してみせよ!」
……再び、ざわめきが起こった。
それも今までで、最も大きなものである。
「ローノンカの竜を?」
「このような素性も怪しい者に……陛下は正気なのか?」
「国中のギルドが首を横に振った案件だぞ!?」
今度はこれを制することなく、ザピーラ様はただじっと俺を見据えた。
そして俺は、これに力強くこう答えたのである。
「承知しました」
もうざわめきが収まることはない。
玉座の間に集った人々は騒然とし、ついでに隣のランが信じられないアホを見る目でこちらを見やる。失礼な。
とはいえ、それで一つ失念していた事項を思い出せたのは幸いであった。
「――ああ、一つだけお願いがありました」
「何か? 言ってみよ」
「ザピーラ様は、お金をたくさん持っているのでしょうか?」
「は?」
その言葉に意表を突かれたのであろう。
ただでさえ彼女には重そうな冠をずり落としそうになりながら、どうにかザピーラ様が答える。
「わたしが金を持っているというわけではないが、少なくとも我が国の国庫は潤沢である。
……つまりは、報酬の話か?」
「はい……俺は今、お金がたくさん必要なのです」
「ならば、望む額を申してみよ」
その言葉に俺は生唾を飲み込み、恐る恐る口を開く。
果たして、これだけのお金をもらうことができるのかどうか――!
「ずばり、百万ゴルドです」
謁見の間に響いていたざわめきが、またもや収まった。
そして全ての人間の視線が、俺に突き刺さったのである。
ああ、これは何を言いたいか聞かんでも分かるわ。
だってほら、みんなランと同じ種類の視線を向けてるんだもの。
すなわち……。
――こいつアホだ。
……である。
「……一億でも十億でも用意しよう」
ザピーラ様が声にあきれをにじませながらそう保証してくれた。
ともかく、それをもらえればヴォーマさんから課されたミッションは無事に達成できるわけだ。
ようし! ドラゴン退治がんばるぞ!




