新鮮な体験
「ほお~、つまりこれを百万枚集めればいいわけですか?」
何を背負わされたんだかよく分からないまま、とりあえず食器の山を洗わされ……。
そのお駄賃――というらしい――として数枚渡された、少量の銀とその他諸々の合金で作られた丸い板を眺めながらそう確認する。
「……それは百ゴルド銀貨なので、正しくは一万枚集めれば百万ゴルドになりますよ」
「そうなのか? ぐっと目標に近づいたぜ」
喜ぶ俺を見ながら、ランは大きくため息をつく。
「まあ、裸を見られたんだし正直イイ気味だとは思いますが、いくら何でもやりすぎなんじゃないですか?」
「あらあら、何をヒトごとのように言っているのかしら?」
責めるように己を見たランに対し、ヴォーマさんが返した言葉は意外なものだった。
「あなたも一緒に稼ぐのよ」
「え、ええ!?」
目玉が飛び出るんじゃないかというくらい驚く孫に、その孫よりも幼い姿の女性は優しく諭すように語り出す。
「落ち着いて考えなさい。これまでのやり取りで分かったように、ユリン君は常識というものをまったく知りません。
そんな状態で街に放ったら、果たしてどうなってしまうのか……?」
「……ろくでもないことをしでかしそうですね」
なんかすごく失礼なことを言われているが、実際問題としていきなりランを怒らせてしまっている身としては反論しがたい。
「さすがに友人の孫が犯罪者となってしまっては、わたくしも胸が痛みます。
それを防ぎかつ、彼が円滑に借金を返済できるようあなたについていてあげてほしいの」
「え~……」
ちらりと俺を見やったランの、何と嫌そうな顔であろうか。
「その代わりといってはなんですが、あなたに冒険者として活動することを許可しましょう」
「え!? 本当ですか!?」
その言葉がよほど嬉しかったのだろう。
今にも食いつかんばかりの勢いで、ランがヴォーマさんに詰め寄った。
「お婆ちゃん、嘘はつきません。
新生『炎鳥の羽』として、恥ずかしくない活動を期待していますよ」
何やら感動でもしたのか、じーんと震えているランにヴォーマさんが優しく微笑みかける。
「よく分からないけど、良かったな! ラン!」
「……そうでした。あなたもセットなんでした。せっかくの冒険者デビューなのに」
「はっはっは、よろしく頼む!」
快活に笑う俺を見ながら、ランが重々しくため息をついた。
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「うん……こうして街を歩いてあらためて思ったんだが……」
「何か気になるものでも……いえ、気になるものだらけだと思いますが、特別に気になることでもあったんですか?」
「いや、やはりヴォーマさんがあんな姿なのは特殊な事例なんだなって」
「あー……」
行き交う人々を眺めながら、俺はその事実を確認する。
ひょっとしたら人間のメスは年を取るにつれ幼くなっていくんじゃないかと思ったが、アリのごとき群れの内、半分ばかりを占める女性の姿を観察すればそんなことはないと理解できた。
「やはりあれも、魔法の技なのか?」
「私には詳しく教えてくれませんが、どうもそうらしいです。
ただ、その魔法を維持するのに力の大半を使ってしまっているらしいんですけど」
「うちの爺ちゃんが痩せ細った姿から筋肉ムキムキに変わるようなもんかな?」
「チャンハ様、そんな面白人間なんですか……?
ますますイメージが……」
何やらショッキングなことでもあったらしく、足を止め打ちひしがれているランを尻目に俺は初めて足を踏み入れる街というものを楽しみながら観察していた。
「俺は街っていうのを、アリの巣みたいなもんだと思っていたが、こうしてみると明らかに違うな」
そうして、率直な感想を述べる。
「獣や昆虫の作る巣っていうのは、特定の目的を持って合理的に形作られる。
引き換えるとこっちは材料こそ石造りだが、建物それぞれが持ち主の意図に従って建てられ寄り集まっている……。
これが、人間の街か」
別に、どちらが優れているとかそういう話ではない。
ただ単純に、自分がザロン山で相手取ってきた連中とは根本的に異なる種族であることを再認識しただけだ。
「本当に、人間のいない場所で暮らしてきたんですね?」
「まあな。信じてくれてなかったのか?」
「お婆ちゃんが納得してるようだから口を挟みませんでしたが、何もかも半信半疑ですよ」
「そうか、ヴォーマさんに感謝だな」
会話しながら今度は人々の姿を観察し、俺は一つの結論へとたどり着く。
「なあ、実は俺も半信半疑だったことがあるんだが……」
「なんです?」
「この格好、『街で一番イケててカッコイイ装備』っていうのは絶対嘘だろ?」
「あ、気づきましたか?」
「やはり……そうか……」
しぼり出すようにそう呟く。
石を敷き詰めて作られた通りを歩く人々の姿は、実に様々なものだった。
ランと同じように奇妙な腰巻きを付けている女性……。
俺の拳法着と同じように、動きやすいこしらえの衣服を着た男性……。
金属製の装備に身を包んだ人間の姿もちらほら見られる。なるほど、ただ重量をかすだけでなくあえて動きづらくする修行法もあるのか。
だが、俺と同じ格好をした人間は誰一人として存在しない。
この――ぎょうぎょうしい旗を背に二本差し、板切れを前かけのように首から吊るした人間の姿は。
ちなみに背中の旗にはそれぞれ、
――炎鳥の羽復活!
――新規依頼受付中!
と書かれており、前かけにはギルドを示すシンボルなのだという燃える羽根の絵が描かれていた。
周囲を行く人々のけげんそうな視線が俺に突き刺さり、実に――いたたまれない気分となる。
このような時、人間は恥ずかしさを感じるものなのだと知ったユリン・チー十五歳ある日の出来事だ。
「『炎鳥の羽』?」
「あの伝説の? あの子らが?」
「ずいぶん前に、解散したと聞いているが……」
「自称しているだけじゃないのか?」
視線を向けるだけではなく、ひそひそと話し合う声が聞こえてくる。
どうやら、若い頃の爺ちゃんやヴォーマさんはずいぶんと名が知られているらしかった。
「なるほど、こうやって復活を色んな人に知ってもらうってのがこの格好の目的か?」
「飲みこみが早くて何よりです。まずはお仕事をもらえるように宣伝しなければ話になりませんからね」
「となると、このままそこら中を歩き回ればいいわけか?」
「いえ、目的地はちゃんとあります」
そこまで話し、ランは遠くを見上げる。
何もない場所ならば、それは空を見上げただけに終わっただろう。
だが、ここは街だ。
彼女が見上げた先には、馬鹿馬鹿しいくらいに巨大な人工物――城が雄々しくそびえ立っていたのである。
街のどこからでも――どころか、街の外からでも見上げることが可能なその威容は圧巻のひと言だ。
俺はさっき、街の景観を個の集まりとして語ったがこの城という建造物に関してだけは話が違ってくる。
これだけの巨大な石細工を組み上げるのに、どれだけの人間と時間が必要だったのか……。
こればかりは俺が山育ちだからというわけではなく、この街に生きる人間ですらも容易に想像つかないのではないだろうか?
「城か……爺ちゃんから聞いた話じゃ、一番偉い奴が住むところなんだよな。
――なるほど、そこへ乗り込んで勝負を申し込むわけだな!?」
「……こんな堂々と国家転覆を目論む人、初めて見ました」
俺の解釈に対し、ランは両肩を落とすとげんなりした顔を浮かべた。
「あれ? 違うの? 強い奴に挑んで修行を積むわけじゃないのか?」
「ですから、強いイコール偉いで考えるのをまずやめてください」
こほんと咳払いし、気を取り直したランが説明してくれる。
「そもそも、いきなり乗り込んで王様に会えるわけないじゃないですか。
あそこに行くのは、ギルドとしての活動再開許可をもらうためです」
「許可? 何かをするのにいちいちおうかがいを立てなきゃならないのか?」
「そりゃそうです。ついでに、あなたのこともギルドメンバーとして登録しなければいけません。
このままだとあなた、単なる浮浪者ですからね」
「浮浪者ってのが何なのかは分からないが、とにかく面倒なもんなんだな」
「人と人が関わるというのは、面倒なものなんですよ」
「ふうん……」
したり顔で話しながら前を歩くランに付き従い、納得のうめきを漏らす。
なるほど、人間同士が関わるのは面倒なものらしい……。
何しろ先ほどから、敵意の気配をびんびんに感じているからな。
その気配の主たちが、行く手をふさぐように俺たちの前へ歩いてきた。
「おいおい、見たかよお前ら?」
「ああ、しっかり見てらあ。『炎鳥の羽』だとよ!」
「こいつあ、ちゃんちゃらおかしいぜ!」
立ちふさがったのは、三人の男たちだ。
いずれも俺より頭一つばかり背が高く、ちょこっと鍛えられた体を金属製の装備に包んでいる。
「な、何ですかあなたたちは……?」
思わず立ちすくむランに対し、男たちは小馬鹿にしたような視線を向けた。
「おおかた、吟遊詩人の語り話に憧れて街へ出てきたってところかあ?」
「は、よくいやがるぜそういう手合いはよ」
「大体、あんなのは話が盛られてるだけだって分からないのかねえ。ギルドを畳んじまったのも、それがばれるのが怖かったからじゃねえのか?」
「はは、違いねえ!」
どうやら、俺たちが当事者の孫だとは気づいていないようで好き勝手に話しては笑い合う。
「おい坊主? どうした? 怖くて何も言い返せねえか?」
「ん? 俺か?」
「他に誰がいやがるってんだ? まあ、俺らみたいなのに絡まれたらぶるっちまうのも仕方ねえか」
「どうだい、お嬢ちゃん? こんなガキは放っといて、オレたちのギルドに来ねえか?
先輩として、冒険者のイロハをじっくり教えてやるぜ……」
べろりと舌なめずりしながらランに迫る男たちを尻目に、俺はしばし考え込む。
「そっか、今の絡んでたのか」
これもまた、街に来てからの新発見だ。
俺にとって絡まれるっていうのはもっとこう、命の危険を感じるべき場面なんだけどな。
……例えば、周囲を死神イタチの群れが囲っていた時とか。
「や……」
「さあ、こっちへ来いよ――んあ?」
明らかに嫌がり、後ずさりするランに伸ばされた男の手を無造作に掴む。
そしてこれを――捻り上げた。
「がああああああああああっ!?」
「や、野郎!」
「何しやがる!?」
「や、何って? なんか絡まれてたらしいしとりあえず追い払おうかなって」
「お、折れるううっ!」
「折れないようにしてるから大丈夫だよ。てか、関節硬いな?」
「くそ! やっちまえ!」
残る男たちが色めき立ち、腰に差していた剣を抜き放つ。
「元気だねえ」
のん気に言い放ちながら、果たしてどうしたものか思案する。
なかば肉体の反射に任せて攻防を組み立てる俺にとって、これはちょっとした新体験だ。
何しろ彼らの動き――遅すぎる。
抜剣から踏み込みに至るまで、ひょっとして何かのフェイントなんじゃないかと疑うくらいのすっとろさだ。
これがそうだな……ブシドーザル辺りだったら、彼らが一歩踏み出すまでの間に十度は剣閃をひらめかせていることだろう。
さておき、どう対処するかだ。
例えば、俺に関節を極められるまま膝を付いてる気の毒な彼を盾にしたりぶん投げてぶつけちゃったりしてもいいんだけど、じゃれ合いでケガさせるのもどうかと思うしなあ。
よし……決めた!
「な、何いっ!?」
男のうち、先に剣を振り下ろした男が驚愕の叫びを上げる。
俺が何をしたのか……その答えは単純だ。
――何もしなかったのである。
一切身動きをしないまま、振り下ろされるままに頭で剣を受け止めてあげたのだ。
すると当然ながら、気をまとってすらいない刀身はあっさりへし折れ空中に跳ね上がることとなる。
それを空いてる方の手でキャッチしながら、俺は彼に問いかけた。
「そんなに不思議なことかい?」
「て、てめえ! 何をしやがった!」
「何も?」
「何もしねえで剣の方が折れるわけねえだろ!?」
「俺の頭の方が固いからだと思うよ?」
しごく当然の答えを提示してやる。
気をまといすらせず、純粋に頭の硬さだけでへし折ったからな。彼の剣撃だと勢いが足りなかったから、少しだけ踏み込んだけど。
「どけ!」
残る最後の一人が、横合いから斬りつけてくる。
……一瞬前まで俺のいた場所を目がけて。
「え? あれ?」
「こっちだ」
空振りした勢いのままつんのめる彼に、背後から親切に声をかけてやった。
「う、うお!?」
「な……!?」
「……きゅう」
引っ張り回した勢いで気絶してしまった彼と折れた刀身を捨て、俺はこきりと両手を鳴らす。
「一から鍛え直した方がいいんじゃない? 目で追えなかったのはともかく、動こうとした気配にも気づいてなかったでしょ?」
「な――」
何を言おうとしてたんだろう?
ともかく俺は素早く踏み込み、二人のみぞおちへ一発づつテコピンをくれてやった。
「ほら、やっぱり気づいてない」
それだけで、彼らが修行用に付けているのだろう金属板が大きくへこみ……。
白目を剥いた二人の男が、うつぶせに倒れこむこととなった。
「あわわわわ……」
慌てた様子でランが口元をおさえ……。
遠巻きにことの成り行きを見守っていた人々が、一斉にざわめきだした。




