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アーユーヒューマン?

 再び意識を取り戻すと同時に感じたのは、全身で空を切る感覚と途方もない落下感である。


「むう――おおおおおっ!?」


 動揺し、思わず大声を上げてしまったのも無理はないだろう。

 俺は今――遥か上空から真っ逆さまに墜落している最中であったのだ。


「これは……っ!?」


 呟いたところで、答える者などいようはずもない。

 ただ周囲を見回してみれば、視界の彼方に炎鳥ニフェクスの雄大な鳥影を捉える事が出来た。


「あの野郎! 爺ちゃんに命じられたな!?」


 ニフェクスは分厚い霧に包まれたザロン山において、数少ない外界と行き来をする生物である。

 全長二十メートルはあろうかという巨体は羽ばたき一つで恐るべき速度に達し、しかも翼から放つ放射炎は更にその加速を後押しするのだ。

 こいつに運ばれてきたとなると、ザロン山からどれだけ離れた所に来たのか推測は難しいだろう。


「あんの野郎、怪我した時に薬草採って行ってやった恩を忘れやがって!」


 毒づいたところで、相手はもう炎の軌跡を残しながら遥か遠くに飛び去ってしまっている。

 そもそも、付き合いは爺ちゃんの方が遥かに長いのだから、俺への恩など知った事ではないだろう。


「さて……どうしたもんかな」


 落下しながらのん気に腕組みし、考え込む。

 とはいえ、翼を持たぬ人の身で出来ることなどあるはずもない。

 俺にできるのはせいぜい、落下に備えて全身の気を練り上げることと眼下の景色を眺めることくらいだ。


「――へえ!」


 そうしてみると、気づく。

 遥か眼下に見える石造りの建物が集結した場所は、きっと爺ちゃんが話で聞かせてくれていた街ってやつだ。

 中でも建物群の中央に位置する巨大なそれは、爺ちゃんが絵図で説明してくれた城という建築物に違いない。


「人間っていうのは、あんなすごいもんを作れるのか!」


 それは、久しく感じていなかった感動である。

 俺は今、早速にもザロン山では得られなかった興奮に血をたぎらせていた。


「いいぜ爺ちゃん! これが試練っていうのならやってやるよ!」


 どの方角にザロン山があるのかは全く分からないが、ともかく気持ちだけは向けて拳を突き出す。


「おれはあそこで修行して強くなる! 待っていてくれよな!」


 まあ、そうは宣言しても翼を持たぬ人の身だ。

 俺の宣言とは裏腹にこの体は街そのものではなく、その裏手に存在する山脈へと落下していくのであった。




--




 着水は、実にやわらかなものであったと思う。

 超高空から自由落下の限りを尽くし、俺自身とそれを上回る重量の服が落ちたにしては、だが。

 少しでも落下の衝撃を弱めるべく、空中で手足をじたばたさせたりしながらたまたま見つけた小ぶりの池に落ちたのは慧眼(けいがん)であったと言えるだろう。


 ――だっぱ~ん!


 ……と、俺が着水した衝撃によって池中の水が空中に跳ね上がった。


「……何だこの水? ずいぶんとぬくいな」


 それで気づいたんだが、どうやら池だと思っていたここはそれとは別の何かであるらしい。

 色合いも真水のそれとはずいぶん異なるし、温度からして人肌をやや上回っている。


「ははあ、さてはこれが爺ちゃんの言っていた温泉ってやつか」


 すぐに答えへ辿り着き、一時的に枯れ上がった温泉の底へめり込んでいる両手足を引っこ抜いた。


「ザロン山にはないのを随分くやしがってたっけ? そんなに気持ちいいなら、一つ俺も入ってみようかな?」


 重力に従い、大粒の雨がごとく降りしきってくる温泉に身を打たれながらのん気に周囲を見回す。

 この心地良い温度といい何やら肌に染み入るような感覚といい、外界での初体験としてはなかなかに洒落ているだろう。


「――おろ?」


「…………………………」


 と、そこで初めて気がついた。

 自分以外の――一糸まとわぬ姿な人間が一人存在していたことを。

 だが、すぐにその人物の異常へ気づく。


「その……何だ……。

 ――お前、人間なのか?」


 俺がそう問いかけてしまったのも無理からぬことであろう。

 いや、別にその人物に角が生えてるとか翼が生えてるとかそういうわけじゃないんだ。

 むしろ、おそらくは俺と同年代だろう渦中の人物はこれも温泉の効能ってやつなのか肌ツヤ血色ともに良く、極めて健康かつ健全な様子である。

 ただ――ないんだ。

 何がないかっていうと、股間に存在するはずのアレが。


「お前……なぜチ〇チ〇がついてないんだ?」


 あごをさすりながら、じっくりと目の前にいる人物を観察する。

 まあ、いきなり上空から人間が降ってきたんだから無理もないが……驚きに身を固めながらこちらを見やる人物は、これもザロン山――なおサンプル数は二人――では見られないタイプの顔つきをしていた。


 例えるなら、猫科の幼獣に近いだろうか。

 目鼻立ちはくっきりとしていて可愛らしく、一目見ただけで庇護欲をそそられた。

 藍がかった黒髪は首元の辺りで見栄え良く切り揃えられており、これもザロン山には存在し得ない文化である。

 体つきは……ほっそりとしている割にやわらかさを感じられるもので、立ち姿から察するに骨格の作りからして微妙に通常の人間とは異なるようであった。

 特にやわらかさを感じるのは胸部で、特殊な鍛錬でも積んでいるのかわずかに張っているそこには脂肪が集中しているようである。


 そして――股間だ。

 やはり無い。

 何も無い。

 強いて言うなら、謎のスジが存在するくらいだ。


「…………………………っ!?」


 ようやく放心から立ち返ったらしく、目の前にいる人間カッコカリは胸と股間を手で隠しながらこちらをキッと睨みつけてきた。


「ああいや、待ってくれ。怪しい者――だとは思うが、ともかくあんたと敵対する気はないんだ」


 これはおそらく、何らかの構えであるに違いない。

 俺の目には隙だらけに映るが、爺ちゃんいわく外の世界には多種多様な武芸が存在するらしいし、その中にはこのように珍妙な構えを取る拳法も存在するのだろう。


「俺はただ……そうだな。

 とりあえず、あんたが人間なのか知りたいだけなんだ」


 敵意が無い事を示すべく、両手を掲げながらそう宣言する。爺ちゃんの情報が確かなら、外界ではこれで戦う気がないことを示せるはずだ。


「――いや、待てよ!」


 突然、天啓とも思える閃きが俺に舞い降りる。


「分かったぞ! その人間なようで人間と微妙に異なる体の作り……さてはあんた、エルフってやつだな!

 いやあ、すまんすまん! 聞いてたエルフの特徴と異なるもんで勘違いしてしまった!

 誇り高いというあんた方なら、人間と間違えて怒るのは当然――」


「――人間です!」


 目の前にいる相手が怒鳴りながら右手をかざすと突如として猛烈な突風が巻き起こり、無警戒だった俺の体は数メートルほど吹き飛ばされた。


「あ、これはすぐに分かった。魔法ってやつだ」


 べしゃりと地面に叩きつけられた俺は、生まれて初めて身に受ける魔法を堪能したのである。




--




「すごいな! 魔法っていうのはこんなこともできるのか!?」


 山道を下りながら自分を縛り上げているロープを見やり、俺は感嘆の声を上げた。

 ロープといっても、俺が爺ちゃんから教えを受けて作ったような不器用さ溢れる代物ではない。

 そもそも、素材からして植物繊維など用いていないのだ。

 では、何を使っているかと言えば――それは温泉水である。

 俺を魔法で吹き飛ばした後……あの自称人間さんが何やら念じたかと思うと、温泉水が蛇のごとくうごめいて俺の体にまとわりつき、これを拘束してのけたのだ。


「ちゃんと強度もある! しっかりしてるなあ!」


 驚くべきは、液体を用いて作られたこれにしっかりとした物理的強度が存在することだろう。

 おそらく、魔法の作用によって水圧か何かをいじっているに違いない。

 これなら、俺がちょっと力を入れない限り拘束が解けることはないはずだ。


「……別に私の魔法を褒めたからといって、許すつもりはありませんからね」


 ロープの端を持ちながら前方を行く自称人間さんが、じろりとこちらを見やりながらそう言い放つ。

 俺を拘束した後、この子はいそいそと自分の服を身に着けていた。

 服の様式で一つ気になるのは、何故かズボンが存在せず生足をさらけ出すままになっている点であろう。

 代わりに長めの腰巻みたいなものを身に着けているのだが、ヒラヒラとしたそれは少しばかり頼りなく映る。

 そもそも、これだけヒラヒラしているということは俺が着てる拳法着と違い重く作られていないということになるのだが、それでは日常の修行に支障が出ないか?

 う~ん。この子といい魔法といい服といい、街っていうのは不思議ばかりだ。


 分からないことはさておくとして、俺が縛り上げ連行されるままになっているのには理由があった。


「なあ、ところでさっきからどこへ向かってるんだ?

 何を怒っているのかはよく分からないけど、俺に償えることならそうしたいんだが……」


 このことだ。

 何で怒っているのかはよく分からないが、ともかく俺はこの子を怒らせてしまった。

 で、あるならばきちんと謝り償いをしたいというのが人情である。

 何しろ、俺が初めて会った爺ちゃん以外の人間? だ。悪印象だけ与えて終わりではあんまりにもあんまりであろう。


 再びじろりとした目を向けながら、自称人間さんが溜め息をつく。


「……あなた、ここがどこだか知らずに忍び込んで来たんですか?」


「ああ、さっぱり分からん。何しろ、気がついたらニフェクスのやつに落っことされていたからな」


「ニフェクス? 伝説の炎鳥がこんな所を飛んでいてたまるものですか。

 大方、登っていた木から足を滑らせたんでしょう? つまらない嘘はつかないでください」


「本当なのになあ……」


 ていうか、ニフェクスって伝説の存在なの?

 強いっちゃ強いけど八歳の頃には追い越した程度だし、そもそもフレンドリーで争いを嫌うイイやつなんだけど。


「嘘はともかく、今向かってるのはこの山を所有する冒険者ギルドのギルドハウスです。

 そこでギルドマスター――私のお婆ちゃんに、あなたをどうするか判断してもらいます」


「ふうむ……。

 分からん単語が急にいくつも出てきて混乱してるんだが、とりあえずお婆ちゃんというのは何だ?」


「はあ!?」


 自称人間さんが驚きの声を上げ、思わずその足を止めた。


「何を訳の分からないこと言ってるんです!

 お父さんのお父さんがお爺ちゃんで、お母さんのお母さんがお婆ちゃんでしょ!?」


「お母さんのお母さん……?

 ――は!?」


 本日二回目の天啓が俺に舞い降りる。いや、一回目は盛大にスカッたけど。


「まさか……人間にもメスが存在するのか!?」


「何を当たり前のこと言ってるんですか!?」


「いやあ! はっはっは! なるほど言われてみれば道理だ!

 何と言うか、思考の盲点ってやつだな! 全く気がつかなかったぜ!

 あ、ということはあんたもメスなのか?」


「メスって何ですか!? メスって!

 女の子です! 女の子! お・ん・な!」


「女……女の子……よし、覚えたぞ!

 すると、さっき見たのはあれか! おっぱいとマ――」


 再び猛烈な突風が巻き起こり、温泉水のロープに縛られたままな俺を吹き飛ばす。

 べしゃりと地面に叩きつけながらも、俺は当初の疑念に立ち返るのだった。


「それで結局、何で怒ってるんだろう……?」

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