皇帝の艦隊
火星の月の裏側。皇帝の艦隊が集結する。火星との決戦に向けて。
チアはパトロールに駆り出されていた。罰だ。しかしそこで思わぬものと遭遇する。
帝国軍参謀本部第4査問室。ひっそりと静まり返った室内に、たった一人立たされている男がいた。
「さて戦闘詳報については以上だが、ここまでで、何か言うべきことはあるか?」
どこからともなく声がする。
「1つだけ」立っている男は答えた。
「イエーガー少佐。言いたまえ」また違うところからだ。
「記録の通り、わがジェシス戦空師団は火星第74都市ディゴンでの戦闘任務で敗北を喫し、多数の損害を被りました。しかしこれは敵戦力のなかに特異分子が混じっていたためと考えられます」
イエーガーと呼ばれる男は淡々と語った。
「特異分子?」また別の方向からだ。
「銀翼のウェヌスと呼ばれている敵パイロットです。恐らくコードネームかと。シスターズのひとりとしかわかっていません」
「鹵獲命令の出ていた敵小型機の奪取にも失敗した」
「それも銀翼のウェヌスが出てきて妨害されました」
「イエーガー少佐。本日をもってジェシス空戦師団第48飛行中隊隊長の任を解き、第7辺境軍に配属する。明朝07:00までに現地司令部に出頭せよ」
イエーガーは誰もいない部屋の隅に向かい敬礼をして、部屋を出た。
すぐに副官のトビー中尉が駆けつけた。
「いかがでしたか?」
「辺境に左遷だと」
「運が良かったですね」
「まあな」
「少佐より上は全員死刑ですからね」
「お前はどうする」
「もちろんご一緒しますよ」
「日がな一日、火星の赤い砂でも眺めているか」
「目が疲れそうですね」
イエーガー少佐が辺境軍に向かったそのとき、帝国中央軍は大規模な軍編成が行われた。
帝国軍は主力艦を総動員して、大規模攻勢をかけるつもりだ。それはすでに衛星ソリティアの裏側へ集結していた。
ダラス級高速機動戦艦べギオンを旗艦に270隻の空戦機動艦隊を擁する第1機空師団、ジョージア級重武装戦艦アテネを旗艦とする190隻の第2機空師団、そしてウイッチ級重巡洋機動空艦アルタイを旗艦とする177隻の第3機空師団だ。
そして目を引くのが新型高高空機動巡洋攻撃艦シュパーギン、エルメス、フォンテ-ンの3隻だ。それぞれに空戦母艦1隻と駆逐空戦艦3隻ずつを擁している。つまり対空戦母艦用の機動部隊なのだ。その目標となる空戦母艦はアゾレア1艦であった。
攻勢準備は完了している。あとは皇帝の勅令を待つだけだった。
「こちらハデス。高度4万。計器異常なし。現在北西にむかって飛行中」
「コントロール了解。そこから700クルス先に2つのブリットを確認した。戦闘空機と思われる。調査願いたい」
「ハデス、了解した」
「あーあ。なんでこんなとこ飛ばされてんだか」
「もうわかったよ。ちょーしにのって、ごめんね」
「ゆうなぎの乗員70人が病院送りって、やりすぎなんだよ」
「日ごろの訓練がたんないよね」
「もう、ささっとおわらして帰ろうぜチア」
「左門、なんかいる」
「チア、敵さんだ」
「こんな辺境に。どんな物好きかなあ」
「おおかた左遷士官だろ」
「左門、航跡をみろ。巧妙に方向をずらしながら飛んでる」
「おいおい、勘弁してくれ。ピクニックが台無しだ」
「戦闘準備。油断できないぞ」
「少佐、敵です」
「ちっ、こんなとこにいるんじゃねーよー」
「敵は1機のみのようです。墜としましょう」
「やめとけ。こっちの航跡をブラフと見破った相手だ。無事では済まん。それより俺らはほかにやらなきゃならないこともある。逃げよう」
「あれ使いますか」
「このためにある。合図でシステムを全部切れ。あとはマニュアルで飛ぶ。自分が頼りだ。いいな」
「了解」
「アップルパイ、投下。20秒後に点火」
「全速離脱」
「なんか落としたぞ」
「チア、ヤバい」
空中に電気のショートのような雷跡が広がっていく。EMP電磁パルス兵器だ。
「計器損傷っ、高度保てない。エンジン出力が不安定になっているぞ」
「落ち着け、左門。システム緊急解除。全部自分で操作する」
「んな無茶な。空気も来ねえぞ。2分でお陀仏だ」
「5分息を止めてろ」
「むちゃくちゃだ」
「脱出用の圧搾空気のバルブを開ける。それで我慢しろ、左門」
「驚いた。あいつら立てなおしたぜ」
「ヤバい。いまのうちにトンズラだ」
「ブースター点火しろ」
「大気圏脱出用ですよ?」
「いまはこっちの脱出優先」
「やれやれ」
2機の戦空機は轟音をとどろかせ去って行った。
「逃げちゃったね」
「ハデスのシステムが丸こげだ。俺はやることがなくなった」
「地表近く飛ぶから地図みてて」
「早すぎてわかんねーよ」
「燃料もどのくらいあるかわかんないねー」
「通信もできないんじゃ、不時着もできん。お手上げだ」
「なんとかなるさ」
しかし本当にこのままでは帰れない。無意味に飛んでいてもあと2時間で確実に墜落する。
「あーあ、禁酒終わる前に死ぬんだな。きのう飲んどきゃよかった」
「あれなんだろう?」
空中にチカチカとライトが点滅している。
「なんかの合図だな、ありゃ」
「信号?」
「古い信号みて-だ」
「わかるの?」
「少しならな」
「なんていってる?」
「こ、ちら、ウ、ラ、ヌ、ス。こちらウラヌスだっていってる」
「なにそれ」
「たしか潜空戦闘艦にそんなのが。ああいうのは極秘扱いされてるからな」
「潜空ってなに?」
「空潜ってるんだとよ」
ライトの周りが黒ずんできた。うっすらと何かが浮き出てくる。ほっそりとした空戦艦が現れた。
艦橋のような所から再びライトが点滅した。
「来いっていってるが、どうする?」
「行くしかないんじゃない?」
「行きたくてうずうずしてるんじゃねえか?」
「わかるー?」チアは笑った。笑顔が美しいと、左門は思った。
艦にはどこにも入る隙間がないように思われた。するとガイドタワーが下から突き出してくる。
下側に行くとするすると大きなハッチが開いた。
「チア、入れるか?計器なしで」
「問題ない」
すうっとアデスの機体をハッチの中に滑り込ませる。ジョイントフックに抱えられるようになっていた。
「ドッキング・チェック、計器が作動してないからなんにもわからーん」
左門は投げやりに言った。
「機体ホールド、完了。異常なし。パイロットは艦橋まで出頭せよ」
ようやく聞こえるようなアナウンスで知らせてくる。
キャノピーを開け、コックピットから出ると、おどろいたことにさっきのベアが2機、駐機場に停まっている。誰かに聞きたかったが、誰もいないようだ。
「なんて静かなんだ。まるで幽霊船だなこりゃあ」
「とにかくブリッジに行こう」
「どっちだろう、チア?」
「こっちって書いてある」
「書いてあるんかい」
ブリッジらしいドアがあった。歩哨も誰も立っていなかった。
とりあえずノックをしてみる。
「入りたまえ」
中から声がした。
ふたりが恐る恐る入ると、大佐の軍装をした男が立っていた。その他に士官2名と、下士官が6名ほど。そして驚いたことにムーの飛行服を着た男が2名立っていた。
「ようこそ、わが潜空戦闘艦ウラヌスへ。わたしは艦長のダイス大佐だ。こっちは副官の江島大尉」
「アゾレアのロシュテン少尉と左門准尉です」チアは自己紹介した。
「ずいぶんお若い」
「いえ、見た目だけです」
「こちらも紹介せねばなりませんかな。こちらは帝国軍のイエーガー少佐と」
「トビ-中尉と申します。よろしく、すてきなお嬢さん」ウインクした。
ふーんという顔をチアはしたので、トビー中尉は拍子抜けしたようだ。
「あっはは。さすがの帝国一と豪語するハンサム男も、火星のレディの前にはかたなしだな」
「すいません、まだガキで」左門がさらっと言った。
「フォローのつもりか?」チアが睨んだ。
イエーガーは向き直ってチアを見る。
「きみの腕はたいしたもんだな。かなり名のあるパイロットではないのかな?」
「それほどじゃないです。あたしみたいなのはうちにゴロゴロしてます」
うそだね、と左門は思った。
「なるほど。こりゃ亡命して助かったな」イエーガーはさらっと言った。
「亡命ばやりなんですね、最近は」
「そりゃまたなんで」
「昨日うちの艦にやはりムーの亡命者が来たからよ」
左門は慌てた。それは国家機密なんじゃないか?
「そう。その方にお引き合わせ頂きたいと、お願いしていたところです」
イエーガーは鳶色の目でチアを見つめていた。どこかで会ったような気がずっとしていたからである。
「防空監視所より警報。敵空戦機多数、こちらに向かっています」
「急速潜空。磁気スクリーン展開。高度上げろ」艦長のダイスは冷静に指示を出す。
「やつらソナーブイをばらまきました。見つかるのも時間の問題です」
「艦長、わたしが出ましょう」イエーガーが言った。
「しかし、あなたは」
「信用されるためにも、あいつらを墜とさないとね」
「味方のはずでは」
「元ね。わたしの母は地球人ですが、父はね、マーシャンなんですよ。秘密ですが」
「あたしも出る」チアは出る気満々だ。
「やめとけ。計器のぶっ壊れたアデスじゃ無理。だいいちウエポンシステムが作動しないぜ」
「この艦には戦空機ないの?」
「偵察機ならあるが、戦闘には役に立たないな」
「あなたのベア、貸して」チアはとんでもないことを言った。
「はあ?」トビー中尉は目を丸くした。何言ってんだ、こいつ?
「あははは。おもしろい。貸してやれ、中尉」
「そんな、少佐。無茶ですよ。だいいち操縦なんてできないでしょ」
「戦空機なんてだいたい同じだわ」チアは食いさがる。
「艦長、そろそろ危険です」
「やむをえんな」
「そうこなくっちゃ」チアは一目散に駆けて行った。
「あ、まて」左門が叫ぶ。
「まあ、今回はおいてけぼりだな。ベアは単座だ」イエーガーは後を追った。
コックピットに着くとざっと見渡す。大体同じだ。字も読める。何とかなりそうだ。しかも動きは見て知っている。限界もわかる。座高が合わないので隔壁用のゴムを取ってもらい、尻の下に敷いた。
「よし、出る」手でウイングのマークを作る。甲班員が親指を立てた。GOのサインだ。
ウインチからバルブジェットで射出される。3回転ロールすると機体のバランスがわかった。もう飛ばせる。後ろからイエーガーの機がやってきた。尾翼は同じ赤。識別しやすい。
ぴったりと2機が並んで飛ぶ。敵機が集まってきた。空戦に突入する。
「ふーん、こいつの欠点はスロットル開けたときに顎が上がるとこだな。おぼえとこ」チアは楽しそうだ。
チアは飛んでいるときが一番幸せだった。何も束縛されない、まったくの自由になれるからだ。火星も帝国もない。ましてシスターズなんかもない。自由な空。それを奪うものは絶対に許さない。
イエーガーはふと、恐怖を感じた。あのむすめの乗った機体からだ。わたしは知っている。あれを知っている。自分の意思ではないところから声が聞こえる。まぎれもない自分の声でだ。
目の前のあのむすめの機体が消えた。いや、消えるように急上昇をかけたのだ。しかもロールしながら反転する。見事な技だ。垂直に飛び込んだ戦闘機の群れは右往左往する。5機が墜ちた。
「すごい」イエーガーは気がついた。あれは、あいつは、銀翼の、ウェヌス?なぜ?
さらに5機墜ちた。イエーガーも加わる。並みの腕ではない。あっというまに2機を墜とした。チアは3機を墜としていたが。
「なんなんだ、あいつ」唖然とした。そこに隙が出来た。2機に食いつかれた。緊急回避だ。
射線に入りそうになるとスロットルを絞る。機首が下がると左右にぶれる。狙いがつけにくくなるのだ。しかし2機だときつい。1機はかわせるが、1機に先読みされてしまう。ブースターは使ってしまった。
「こりゃ失敗した」ちらっと老いた母親の顔を思い出した。
バリっと衝撃を感じた。やられたかと思ったが、後ろの1機が燃えて墜ちていく。赤い尾翼のベアがいた。あいつが助けてくれたのか?だがもう1機いる。こいつはしつこい。離れない。次の瞬間、思わぬものを見た。
ベアが背面で飛んだのだ。下方排気ノズルが炎をあげている。恐らくフルスロットルだ。なんてことをやってるんだ?考えられない。弾き飛ばされたように背面を見せて飛んでいる。
「背中が丸見えよ」そう、彼女は言った。
後ろの機はパニックを起こしたようだ。機体が不用意にふらつく。背中を撃たれた。粉々になった。
あれはこのまえの、俺だ。パイパーを撃ったのは偽装だった。こちらがパイパーを逃がそうとしたのをごまかすためにやった。あいつは食いついてきていた。背面で飛んできた。もう少しで撃ち落とされる、そう思ったが、あいつはパイパーの方へ向かって行った。俺は必死でその戦線を離脱したんだ。
あの恐怖は、あいつだったのだ。あいつが銀翼のウェヌスだったのだ。
気がつくとほとんど敵機はいなくなっていた。また墜とされた。もう飛んでいるのは自分と、あいつの機体だけだった。
黒煙の帯がいく筋も赤い空に流れた。イエーガーは流れ出る汗を感じることも出来ずにいた。
あいつがまたぴたりとイエーガーの機体にくっついてきた。コクピットから手を振るあいつが見えた。また恐怖がわいた。トラウマになるな、とイエーガーは思っている。トビーとかわればよかった。
ウラヌスのモニターで見ていたトビー中尉は、自分が行かなくてよかったと思った。あれは人間じゃない。神か悪魔なのだ。たった1機で50機以上墜とすやつなんて、もう、人間じゃない。あいつはなんなんだ?
「さすがはロシュテン少尉だな。噂以上だ」ダイス大佐はため息をつきながら言った。
「え?誰です?」
「知らんのか?」
「すいません」
「あの子はシスターズのチア、またの名を銀翼のウェヌス、天空の女神いや死神だな」
トビー中尉ははじめて恐怖の意味を知った。
出会いは新しいドラマを生む。しかし元帝国のパイロットには恐怖の出会いだった。
ついに帝国の艦隊が動き出す。