終わりの始まった日
アゾレアに帰還したチアに待っていたのは家族と言える乗員のほか、他にもいた。
地球と火星の関係、そして戦争はいかにして起こったか。それが明かされる。
「反乱ということなのですか」
モーガン大佐は慎重に尋ねた。
かつて繁栄した地球はポールシフト、いわゆる地軸移転ですべての環境が破壊され、人類の生存に適さない星となった。終わりの始まった日だ。かわりに、大気を変え、重力を地球に近いレベルにし、人類の生存可能にする星に生まれ変わらせた、そこが火星だ。
人類は巨大なジェネレーターを火星の極の冠に設置し大気を生成し、同時に地下から様々な元素を取り出すことに成功した。大気を地球レベルにする窒素もだ。緑化が始まる。
やがて巨大な都市がいくつも生まれた。
それはいくつもの衛星都市を産み、やがてひとつの国というべき規模にまでなる。しかしいくつもの国レベルのものが生まれても、火星はひとつだった。絶対的なシスターズの支配。それが火星の人類の選択であった。
「反乱とは不適切な言葉であろう」
クレティリアは制するように言った。
「いや、反乱でも革命でも、いいんです。呼び方は時代で変わるんですから」
ムー帝国第4皇子ギア・ソリウス。
地球が消滅する前に、危機に備え地球外の惑星に移住するために作られた衛星型巨大移民船、ソリティア。3億の民を乗せた船は、やがて火星軌道上に達するまでに、ソリウス帝の専制のもとに統合された。ムー帝国の誕生である。
かつて地球人類は火星人類を差別した。火星で生まれたものをマーシャンと呼び、地球での権利、いや、生存権まで奪った。そして地球が滅びた今、こんどは地球人類は、マーシャンの星を奪おうとしていた。
「覇権を望む者たちに比べ、火星の民と共存を望む者たちは多いのです。しかしいまはまだ力が弱く、皇帝の意思には逆らえません。専制なく平等に生きることが人類の道なのです」
皇子は権力側の人間であるにも関わらず、権力を否定している。
「それは我らを否定する」
モーガン大佐は強い口調で言った。皇子のそれは戦う根幹をも揺るがしかねないのだ。軍人の彼には許されない思考だ。
「いいですか。人類は、ひとつであらねば、ならないのです」
皇子は噛んで含むように、言った。
「それはそちらの理屈。われわれが同調する必要はない」
クレティリアは気高く言う。
「お前たちはヒューマン。われらはマーシャンなのだ。同じ人類では、ない」
「べつにどっちだっていいけど、あたしは。敵が来て戦う。それだけ。ねえ、もうあっちに行っていい?」
「しょうがないわね、チア。夕食までには戻るのよ。ファラも連れてきてね。晩餐会よ、皇子様歓迎のね」
「あいよっ」
脱兎のごとく飛び出していった。呆れる皇子を後にしていた。
「もう、ホント。まだ子供なんだから」
その子供が飛行母船と戦艦を墜としてるんですよ、とモーガン大佐は思った。
「借りるねー」
シューターと呼ばれる艦内移動用の小型ホバースクーターだ。チアが滑走甲板からいきなり空中に飛び出した。
「あ、待って。あー、油断したっ」連絡将校が悔しがる。
「返してくんねーだろーなー。絶対忘れてくるって」ロッキが同情するように言った。
「なんか来ます。シューターです。連絡はありません」当直の専任士官がペリスコープを覗きながら報告してくる。
「撃ち落としなさい」
「できるか、そんなこと」
艦橋から見ていたファラが砲術長に言った。ライアン大尉は笑いながら答えた。
乗員は知っていた。もうすぐ嵐がやってくることを。
「わーーーっ、あぶねえっ」艦橋の防空テラスにシューターが降りた。
「バカヤロー、発着甲板に降りろっ」乗員が怒鳴っている。
「ごめーん、近道」チアが笑いながら答える。
「こちらブリッジ。総員に伝える。シスターズのチアさまが搭乗された。各員、一級戦闘配備のまま待機。非番の者は何かにつかまれ。医務局は受け入れ態勢を。嵐が来る」
緊張が全艦にみなぎる。本当の戦闘より。
「なによ、大袈裟な」タラップを駆け上がりながらチアは笑った。が、すれ違う乗員は敬礼をしながら泣きそうな顔になっている。
「ファラ」
「なにしに来たのよ、チアっ」
ふたりは抱きついていた。
「ひさしぶり。ティアン空戦以来ね」
「あんたもまだ生きてたのねっ。悪運だけは強いんだから」
何人かの士官が並んで立った。何かを見せないように、だ。
「そいつがアクティネーター?」
あー見つかった。ブリッジにいる士官下士官全員がそんな顔をしている。
「ふふーん、どうよ。すごいでしょ。この船だけよ、これついてるの。そりゃそうよ。アタシが作ったんだから。おどろけ、チア」
ファラは天才なのだ。シスターズは様々な能力の者がいる。そしてそれはすべてを圧倒しているのだ。いいかえれば、それでこそシスターズが火星全土を支配できる根拠になる。
「アゾレアにもつけられるかな?」
「バカね。あんなデカブツにつけたらバラバラになるわ。みんなオダブツよ」
くすっと副官のユニー少佐が笑った。が、もうすぐ笑ってられなくなると、少佐は思った。
「ちょっと見せて」
あー来たよ。ファラ以外がうなだれた。
「ちょっと動かそうよ。操舵やっていい?」誰もダメとは言えない。もうあきらめるしかないのだ。
「まったくもー、しょうがないわねー」ファラは嬉しそうに言った。もうダメだ。
「ユニー少佐、準備して。操舵手、譲って」
ユニー少佐はハンドマイクを握ると、本当に悲しそうな顔で通信を始めた。
「アゾレアおよび各艦に通達。これより本艦はシスターズ・チア様の操舵の下、演習飛行に入る」
すぐさま全艦から返信が届いた。
「了解、ゆうなぎ。御武運を」
「なによ、特攻でもするみたいに言われてるわ」ファラが怒った。
特攻の方がましだと、ユニー少佐は思う。
「どいて」
「壊さんでください」
チアは操舵手席についた。
「失礼ね、ハンドルなんか壊れないよ」
「いえ、この船、です」
「総員、何かにつかまれーーっ」ユニー少佐が叫んだ。
アクティネーターのパネルが全て光った。
大出力のレーザーを電磁波に流動して動力のパワーを上げるのがアクティネーターと呼ばれる装置だ。
駆逐空艦といっても船体は巨大だ。それが一瞬にして音速以上の速度に達する。衝撃波で地上が削れていく。艦内には大規模な対重力ユニットがあるが、それでも衝撃は強い。乗員の何人かはすでに気を失っているはずだ。
「ちょっと、もう少し優しくあつかいなさいよっ」ファラが叫んだ。笑いながら。
「すごいよこれ、戦闘機なみだ」チアが嬉しそうに言う。
けっしてそんなことはないですよ、とユニー少佐は薄れゆく意識の中で、つぶやいている。
ロールから急上昇、急旋回、急降下と、どうしたらそんなことができるのだろうと、アゾレアはじめ他の僚艦の者は思っていた。モーガン大佐は見ないようにしている。
艦橋からギア皇子が青い顔で見ている。
「あいつ、なんなんだ」
そういやパイパーから見たとき、あいつは恐ろしい飛び方をしてたっけ。背面で戦闘機を飛ばしていた。皇子もパイロットなのだ。もちろん並みの腕ではないと思っていたが、あれを見せられて以来、それはぐらついた。
燃料のほぼ半分を消費したころ、クレティリアから連絡が入った。
「もうそろそろ晩餐会の時間だそうです。早く戻れと」
ブリッジにいたものは青い顔で、ほっとした。半数は気を失っているが。ファラも気を失っていた。なんなんだ。
「ちぇ、つまんないの」
チアはすごいスピードでアゾレアの舷側に近づけ、停船させた。
「連絡艇を出す。準備急げ。あと、被害状況をまとめろ」
ユニー少佐はこれからが地獄だと知っている。エレベーター酔いという、高速運動後に起こる神経障害が起きるのだ。ひどいときは一時間以上悶絶する。
駆逐空艦に配属されている戦闘機乗りたちが連絡艇を準備させた整備兵はみな動けない。あたしが操縦すると言ってきかなかったチアを航空士官のデニス少佐と伊丹大尉が土下座してなんとかあきらめさせた。
火星に夜がやってきた。
アゾレアの舷側のライト群がきらびやかに光っている。
チアはなにか忘れ物をしたような気がしていた。
艦隊はそろっている。これからどこに向かうのか。地球人類と火星人類の運命を乗せて。