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火星の月 

ついに戦闘空域に達した。パイパーを襲う敵の戦闘機ベア。あいつは手練れだ。

火星の空に波乱が起こる。そして、火星の月の秘密。火星人類と地球人類の生き残りをかけた大戦がはじまっているのだ。

旋回から突入コースに入った。


「増槽タンク、ドロップ」

「あいよ」


ガクンと音がして、機体が軽くなった気がした。実際に軽くなったのだが。


「ベアの尻に食いついたぜ。新型だな、ありゃ」

「左門、レディだぞ、あたしは」

「へいへい、なんて言やいいんですかい」

「ケツ、だ」


30ミリ粒子銃が撃たれる。かすかに外れる。


「チア、よまれてっぞ」

「ああ、手練れだ」


相手はエース級のパイロットらしい。


こんな辺境の戦線で、エース級なんておかしいじゃねえか。左門は考えた。


「チア、新型の上にエース級だ。気をつけろ」

「わかってるさ」


こっちが撃つタイミングを巧妙にずらしてくる。並みの腕ではない。


「あいつは今朝、あたしのレイデンに傷つけてくれたやつじゃない?」

「どうしてわかる?」

「勘よ」


こちらの攻撃をかわしながらも、パイパーを墜とそうとしている。


「やっこさん、パイパーにえらくご執心なんだな。だれが乗ってやがるのか」

「そんなのは、どうでもいい」


機体がひっくり返った。


「?」


敵の戦闘機が躊躇したようだ。こっちの機体が背面を見せながら迫ってくるからだ。オーバーテイルというチアだけができる飛行技術。機体腹部の排気ノズルから目いっぱいのガスを吐き出させる。


「背中がまるみえだぞ」チアはトリガーに指をかけた。

瞬間、ベアから粒子砲がうたれた。


「パイパーに当たった。やつめ、狙ってたんだ」


ベアは緊急回避をかけている。撃ち落とせなくもないが、パイパーが心配だ。


「どうする?チア」

「パイパーに向かう」

「あいよ。防空モード作動。索敵スキャンかけながらいくぜ」


パイパーは白煙をあげながらもまだ飛行していた。黒煙だったらあっという間に爆発する。


「左門、通信ひらけ」

「ほいきた」

「こちらアデス。パイパー。ダメージリポート」


「たすかったよ、銀翼のウェナス。被害は最小だ」

「すまなかった」

「いや、あんたじゃなきゃ、墜とされてた」

「まだ飛べるか?」

「ああ。大丈夫だ。飛べる」

「アゾレアがこの先にいる。ファルコンを護衛につける」

「ありがとう、ウェナス」

「その名はやめて」


後方からファルコン5機が来た。敵影はないようだ。たどり着けるだろう。


「引き返す。ファルコンリーダーにまかせる」

「聞いたな、ファルコンリーダー。お嬢さんがよろしくだと」

「左門、ちゃんとエスコートしろよ。おひめさまの」

「了解、ファルコンリーダー。アウト。ばっかやろー、誰に向かって言ってんだ」


「左門、左前方の戦域に突っ込む。11時の方向」

「0-1-0、確認。攻撃モード。60ミリは使わんのか?」

「でかいのにとっておく」

「さっきのはいるかな」

「こんどは、墜とす」


赤い空に黒煙と炎がまき散らされる。敵味方、イーブンのようだ。しかし、チアが加わったおかげで、戦況が一変した。次々に敵の戦闘機が墜ちていく。引き上げようと大型飛行船が向きを変えようとしたとき、アデスの60ミリ高速陽子砲が火を噴く。


「ヒュー、3発で墜ちるぜ。すげえな、チア」

「ばーか、狙ったんだよ。心臓部を」

「エリニウムの重装甲シールドに囲まれてんだぞ。あそこは」

「だからその隙間を狙ったんだってば」

「チア」

「あーん?」

「味方でありがとう」

「しね」


やがて空中で大爆発を起こした。大型飛行船が、沈む。多くの小型戦闘機を道連れにしながら。


「敵が引き上げていくぜ」

「まだまだだ」

「まだやんのか?」

「目に映るものは、すべてだ」

「こえーなー」


そのあとさらに2隻の大型飛行船が墜ちた。



着艦姿勢に移った。今度はまともに着艦できそうだ。忙しかったな、今日は。左門は思った。


「コントロールよりアデスへ。着艦許可了承。中央ウイングに降りろ」

「何でそんなとこなんだよ」

「みんなチアを見たいんだと。はやく降りてこい。コントロール、アウト」

「みんな待ってるってか」

「うるさい、左門。ちょー恥ずかしい」

「可愛いじゃねえかよ」

「しね」


ロッキとブルコスが先頭で手を振っている。後ろに大勢がいる。マジ恥ずかしい。やめてほしい。


ブリッジにモーガン大佐が見える。苦虫を潰した、いや、いまは笑ってる。かえって怖い。


着艦フックを使わずにノーレシーブで余裕を見せて着艦すると、また、沸いた。

ファルコンの後ろにさっきのパイパーがいた。30ミリを食らってる。消火液で泡だらけだ。


コクピットから降りるとロッキが笑いながら来た。


「お嬢、やったな。もうみんな狂っちまったみてーにはしゃいでんぞ」

「機体がよかっただけだ。半分おまえらの手柄だ」

「かーっ、シスターズ様じゃなきゃ抱きしめたのに」

「よせロッキ、本当に殺されっぞ」

「わかってるよ、べーろー」なんか泣いてる。

「あたしは別にかまわんぞ」

「やめましょう。こいつら相手にしてたら、チアの細い体がへし折れちまう」

「ちげえねえ」


みな笑っていた。こいつらは家族なんだ。あたしの。

シスターズと呼ばれていた。この火星に君臨する、為政者の名前。


地球が滅亡したいま、人類はこの火星にその命をつないでいる。しかし人類は私たちだけではなかった。


地球で生き残った人類は巨大な衛星を作った。そしてこの火星の軌道に到達させた。火星の月となったそこから、地球の生き残り、ムーはやってくる。この火星を支配しようと。


「コマンダーよりロシュテン少尉へ。ブリッジに」艦内放送が響いた。


「また呼び出しだよ。今日で2回目だ」チアはしょげた。


「ご褒美かもしれないぜ」左門が笑って言う。


それはない。モーガン艦長はけっして人を褒めたりしないのだ。


「へっくし」

「どうしました、艦長?風邪ですか」

「いや、何でもない」


戦闘詳報のパネルを見ながらモーガンはため息をついた。これほどの腕を持つパイロットが、火星に何人いるのか、と。たぶん、いない。しかも彼女はシスターズなのだ。本来であれば、われわれも垣間見ることのない高みにいる存在なのだ。


シスターズは謎だ。何人いるか、さえわからない。そして彼女たちはこの広い火星を、一手に支配している。しかも完全な支配者として。


配属されたとき、自分の運命を呪った。シスターズに関わることは、常に自らの命が無防備にさらされるということなのだ。彼女たちが気に入らなければ殺されてしまう。火星人類はそう思っている。


だがチアは、そうではなかった。ふつうの女の子なのだ。ただし、パイロットとしての資質を除けば。


「戦務長。戦果の詳細は?」

「は、ベガ級飛行巡洋母艦2隻、薩摩級飛行戦艦1隻。戦闘機200機余りを墜としています」

「チアは何機墜とした?」

「聞きたいですか」呆れたように戦務長は言った。

「いや、こちらの損害は?」

「デルタ52機。ファルコン21機です」

「デルタの損害が多いな」

「早急に改修もしくは機種転換が必要かと」

「性能向上もいいが、パイロットが追い付かない。チアみたいなのは何人もいないんだぞ」

「クレティリア様がブリッジに」

「お通ししろ」


青い目、青い髪の美しい女性が武骨な計器類に囲まれた部屋にやってきた。


「モーガン少佐、お礼を言います。もう少しで死ぬところでしたわ」

「クレティリア様のご運の良さです。われわれの力ではありません」

「シスターズの力では、ないと?」

「失言しました。シスターズ、チア様の力もございました」

「冗談じゃ。チアを褒めたくて変な言い方をした。謝罪する」


モーガンはたまげた。シスターズに謝られたのだ。失言だけで首が飛んだのに、だ。


「ロシュテン少尉、入りまーす」


金色の髪、紺碧の瞳の少女が入ってきた。飛行服姿に誰もが見とれた。


「久しぶりね、チア」

「クレティリアねえさん、なんで、ここに?」

「ふふ、あなたに助けられた」

「え?あのパイパーに?」

やっべー、あれ墜とされてたらシスターズにどやされるどころじゃなかった。空飛べなくなってた。

チアはいまさらビビった。


「なにビビってんの、いまさら」

お見通しかよ。


「そ、それよりなんでこんなとこに?」

「お客さんをお迎えしにきたのよ。ちょっと訳ありの。あいにく先方さんにバレちゃって。あなたが近くにいてよかったわ」

「わざわざわれわれの近く、ではないかと」モーガン大佐が口をはさんだ。皮肉たっぷり。

「犠牲は申し訳なく思っているわ。しかしこれは火星人類の未来がかかっていることなの。許してください、艦長」

モーガンは黙った。


「2時の方向より戦艦級2隻、駆逐級2隻が来ます。友軍です」

「せめてものお詫び。サラトガとティラミスをつけるわ。小さいのはゆきかぜとゆうなぎ」

「ゆうなぎ?」

「そうよ、チア。あなたの妹、ファラが艦長の」

「行っていい?」

「まだよ。まちなさい」

「えーー」

「紹介するわ。火星の月の使者。っていうか、亡命者の、ムーの第4皇子ギア・ソリウス」

「げ」

ブリッジのみなが凍りついた。チア以外。


「ちょっと、なにやってんのよ。もうちょっとあっちのブリッジに近づけなさいよ」

「これ以上はムリです、艦長。一級戦闘配備中ですよ。いくら僚艦でも撃ち落とされます」

「そこを何とかすんのが操舵手でしょ」

「無茶言わんでください。ほら、砲門向けられてますよ」

「気持ちのちっちゃなやつらねー。あたしが舷側ぶつけるとでも思っているのかしらね」

「ぶつけてんじゃないですか、何回も」

「おだまり」

「停船命令きました」

「だれよそんな命令あたしに出してんのは」

「通信きました。えと、クレティリア様と」

「停船しなさい。早く。あたしはまだ死にたくない」

「やれやれ。機関室、出力切れ。逆噴射。なに?反動で飯が吹っ飛ぶ?ばかもん、今夜は飯抜きだ」


駆逐級飛空艦ゆうなぎは停止した。乗員全員の夕飯を犠牲にして。


「ゆうなぎが停船しました」

「まったくもう、なにやってんだか」

「あ、ファラがいる」いち早くチアがゆうなぎの艦橋のファラを見つける。

「やほー、あれ。あー、べーっ、バーカ」

どうやらふたりでじゃれてるらしい。


「あーっ、あいつなにやってんのよ、きーっバーカ、バーカバーカ、ベーっ」

「艦長、やめて」


「チア、やめなさい」

「ちぇっ」

「うふふふ、あはははは」


いきなり少年が笑いだした。


ギア・ソリウスと呼ばれた少年だった。

火星の月からの使者。そして亡命者。この少年は果たして?火星人類と滅亡した地球の人類との覇権をかけた戦いの行方を決める、彼はいったい、何をしに来たのか。

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