空をゆくもの 銀翼のウェヌス
ムーの戦闘機体は手ごわい。新型が投入され、ますます手ごわくなってくる。チアはナビゲーターの左門とともに火星の空を駆け巡っている。
それはフェニキアからのいいつたえ。
空を支配する神は、ある日降りてくる
穀物を求め、家畜を求め
戸惑う人をよそに、神は光と火を放つ
なんじら、あらがうなかれ
死は生へのいしずえ
こころして、祈りをささげよ、と
「左門、上空はクリア」
「はいよ、右に旋回」
「スロットル全開。左に流されてるぞ」
「ちっ、右エンジンか。チア、これまでだ、引き返す」
「シスターズにどやされるな」
「その前にエンジンから火が出るぜ」
「空力制御。惰性で飛行。左門、もたせろ」
「あいよ、ひめさまっ」
空に白い筋が走る。西に向かっている。燃料を捨てているのだ。
「指令より通達。レイデンが着艦する。レベル3。繰り返す。レベル3」
「ち、コマンダーめ、いちいちエマージェンシーコードかけやがる」
「そいうなよロッキ。船ぶっ壊されたらたまらんからな」
「チアのレイデンだぜ。心配ねえよ、ブルコス」
「ま、そうだけどよ」
白い雲に隠れて、その巨大な船は浮いていた。銀色の船体は、すべてが金属で覆われ、小さなライトがいくつも点滅していた。
「左門、見えた」
「着艦ブースター始動」
「上昇かける。左門、バラスト落とせ」
「ギアは出さんのか?」
「まだだ。いま出したら失速する。このまま行く」
「おいおい」
「心配するな。怖きゃ目をつぶってろ」
「昼寝しとけ、だろ」
「言ってろ」
レイデンとよばれた小型の複座式戦闘攻撃機。全天候型だが、操縦は難しい。乗りこなせるパイロットはそれほどいない。機体の割にエンジンが大きすぎるのだ。それはム-の戦闘機と互角に戦うためだ。
「ちっ、やっぱり右エンジンが吹きゃあがった。チア、どうする?」
チアとよばれた少女は、数少ないレイデンのパイロットなのだ。
「手前の雲につっこむ」
「なんですとー?」
「火さえ吹かなきゃどってことない」
「どうやって甲板に降りんだよ?」
「つっこんでエンメルマンターンだ」
「降ろしてくれ」
「ははっ」
機体が雲につっこんだ。すぐに上空に飛び出すと機体をひねりながら回転をかける。発着ウイングちょうどで正姿勢に戻すと、そのまますうっと吸いこまれて行った。
「ギア出せ。補助パラシュート展開。テイクダウン」
「確認。いい腕だ、あいかわらず。銀翼のウェヌス」
「その名はよせ」
ギッっという音をさせ機体が止まった。エンジン音はしない。驚いたことに惰性でターンをこなしたのだ。
消火剤が両エンジンに浴びせられている。コクピットからしばらく出られないみたいだ。
整備士たちが手を振っている。ふたりが応えているようだ。
「ブリッジに来るよう、つたえろ」
窓から見ていた長身の男が控えていた下士官に言った。
「はっ」
「チア・ロシュテン少尉。ブリッジまで」
「あーあ、呼び出しくらっちゃったよ。かわり行ってくれない、左門?」
「いやですよ、少尉」
「ち、こんなときだけ」
「じょうちゃん、よく機体ぶっ壊さなかったな」
「うるせーロッキ」
少女はエレベーターで上階へ昇って行く。
「こいつは派手にやられたもんだ」整備士のブルコスがため息をついた。
「今夜は徹夜だぞ」ロッキがうなだれる。整備主任だ。
「ひめさんじゃなかったら、墜とされてたよ。やつら性能をかなりあげてきてやがる」
「見込みはあるのか、左門」
「シスターズ次第だね」
「左ウイング開けろ。デルタが発進する」
「何機かな?」
「5機出る」
「いや、戻ってこれるやつだ」
船内を前方に進むと左右に巨大な機械が並んでいる。クラッチといわれるところで、ブリッジはその先にある。歩哨が2名、立っていた。
ビ、ビと短いブザーが鳴りドアが開く。
「ロシュテン少尉、入ります」チアは軽くめくばせした。航空士長の森多がウインクする。
「なにがあった」長身の男は艦長のフライム・モーガン大佐だ。切れ長の目でじっとチアを睨む。
「クムとベアそれぞれ3機づつと交戦、クムは3機、ベア1機を仕留めましたが、右エンジンに粒子弾をくらいました」
「めずらしいな、きさまが」
「新型です」
「そうか。わかった。休みたまえ」
「失礼します」敬礼をして踵を返す。
「あ、少尉」
呼びとめられた。いつもと違う?
「なにか」
「バルロスの改良が終わっている。見ておけ」
「名前はなんと?」
「好きにつけろ」
「はっ」
チアは勢いよく飛び出していった。
「ひゃっほーーーっ」
周りの航空兵が驚いて振り返る。
「艦長、地上より通信。シスターズです」
「つなげ」
「モーガン大佐、お元気?」
「は」
「ムーはどう?」
「戦力を増しています。近いうち、われわれだけでは手に負えなくなるかと」
「めずらしいわね、大佐が弱音なんて」
「ロシュテン少尉が墜とされそうに」
「まあ、あのじゃじゃ馬が、ねえ」
「例の機体を」
「あの子に?まあいいわ。ちょうどいい。そこから300クルス先で街が襲われそうなの。ディゴンよ。援護してやってちょうだい」
「あんな辺境地区に、ですか?」
「しょうがないの。VIPが隠れてるのよ」
「人、ですか?」
「これ以上は言えないわ。まあ、頑張ってね。あなたたちの船、アゾレアには期待してるわよ。そうそう、チアにもよろしく言っておいて。愛してるわ、わたしの大事な妹。銀翼のウェヌスさんって」
「通信、切れました」
「ちっ」艦長は舌打ちをした。
整備場では忙しく兵が動いていた。
書類を抱えた女性士官がチアを見つける。
「チア。少尉」
「何か用?モンティーヌ」
「一応中尉、なんですけれど」
「失礼しました、モンティーヌ中尉どの」
「うふっ、もう。食事したの?」
「まだだよ。あれが出来たんだってー」
どたどたと走り去ってしまった。
「まだ子供ね」呆れたようにモンティーヌはつぶやいた。
第4格納庫。新型がいる。バルロス―単座複合戦闘機―改良型というが、まったく別の機体になっている。
単座は複座に変更され、単機のエンジン出力はレイデンの2倍になった。武装も大幅に強化され、30ミリ粒子銃3門と60ミリ高速陽子砲が2門が備えられた。そして空力性能を増すため極端までウイングを削った。そのため可変サブシルダ―という羽がついている。操作性の向上をねらったものだが、並みの腕では飛ばせないだろう。
航空主任のハインダ-少佐がいる。呆れたように機体を眺めている。
「少佐、できたの?」
「チア。壊すなよ」
「失礼な」
「はは。名前はどうする?」
「もう決めている」
「へえ」
「ハデス、だ」
「冥王ねえ」
お似合いかも、とハインダ-は思った。
「全乗組員につぐ。これより本艦はディゴンに向かう。到着時間14:00。各員戦闘配備のまま」
「航空戦機は順次発進。デルタリーダー。左翼より。ファルコンリーダーは右翼より発進せよ」
「じょうちゃん、出番だぜ」ハインダ-少佐は、こんな少女に戦いの行方を託さなければならない自分たちの、その不甲斐なさを呪った。
「左門、遅れるな」
「帰ってきたばかりじゃねえか」
「文句を言うな。帰ったらラムソーダおごってやる」
「酒にしろよ」
「お前は3か月禁酒だろ」
「あーあ。飲まねえうちに死んじまうのか」
「ばか言ってろ。圧搾空気まわせ」
「チア。ベント閉じてくれ」
「ギリギリまで入れろ」
「むちゃなやつだな」
「最初が肝心なんだよ。だれがご主人様か、こいつに教えてやんのさ」
「犬じゃねえよ」
「似たようなもんだ」
「まあね。チア、準備出来たぜ」
「システム、オールグリーン。ブレーキ解除。点火」
「いい吹きあがりだ」
「コントロール、発信許可を」
「コントロール了解。あー、機体名は?」
「ハデスだ」
「オーケー。ハデス、発信許可。フライト、オールクリア」
「テイクオフ」
ドン、と音がした。すでに音速に達している。対Gスーツでなければぺしゃんこになる。
「なんだよ、化けもんじゃねえか、ありゃあ」皆が口を揃えた。
ディゴンではすでに戦闘になっていた。大型の飛行船団が襲来していた。無数の小型戦闘機が飛び交っている。すでに防空部隊は壊滅しているようだ。
小型のパイパーが3機の戦闘機に追われている。
2機のデルタが追いついてきた。空戦になった。
まだ追われている。もう追いつかれる。パイパーは高度を下げ始めた。
「だめだ。高度を保て」
「だれだ?見慣れない機体だが。所属と姓名を名乗れ」
「余裕だな、やつら。ケツに火がついてんのにな」
「名乗ってやれ、左門」
「アゾレアのハデス。新型機だ。パイロットはロシュテン少尉。またの名をシスターズのチア。またの名を銀翼のウェヌス」
「それやめて左門」
「その名は聞いている。助かった。あとをたのむ」
「ほらな」
「ウエポンシステム、セーフティ解除」
「ぞんぶんにやんな、ひめさま」
「舌噛むよ」
白い空跡が赤い空に一筋、突き刺さる。火星の空に死をばらまくために。
ムーの戦闘機に追われる小型旅客機パイパー。いったい誰が搭乗しているのか。シスターズとは?さまざまな謎が火星にあった。