人間界に行け!
魔界の王子
二百歳の誕生日を祝す盛大なパーティーが終わった4日後、゛マコト ゛は父親に呼び出されていた。
時刻は既に深夜を回っていたが壁を挟んだ向こう側からは無数の騒ぎ声が聞こえてくる。連日連夜に続く宴会は終わる気配がない。
ぐぅ~……
マコトのお腹から寂しげな音が響いた。腹が減った…。
マコトはこの4日間何も口にしていなかった。
緊張で物が喉を通らなかったわけではなく、父親から命じられていたからだ。
二百と言う数字は魔王の一族には特別な意味を持つらしく、誕生日後から4日間断食するという何の役に立つのか全く分からない伝統が存在する。
伝統、と言う言葉には何か底知れない力があるらしい。
こんな無意味なことを数千年も続けているのだから。
十分程長廊下を歩いたマコトは目的の部屋の前で一度足を止めた。でかい扉だ。漆黒の石に王家の紋様が刻まれている。
中に入り、扉を閉めると、辺りの喧騒が嘘のように消えた。
防音とかではなく、存在そのものが消えた感覚だった。
特殊な結界でも張ってあるのだろう。
部屋の中には魔王ヴォン・ヴァイアただ一人がおり、部屋の中央で腕を背中で組んで立っていた。
「何の用?もう断食は良いの?」
「ああ、これが終わったら好きに食うといい」
何時になく真剣な顔付きだ。
こんな顔もできるのか、と思った。
「マコト、今何歳だったか?」
阿呆なことを言う。二百の誕生日を祝ったのは自分ではないか。
「二百だけど」
「そうか…。やはりな…。では、魔王になるつもりはあるか?」
「ある。」
即答だった。マコトには魔王になって果たさねばならない約束があった。
例え、兄達と争ったとしても。
「あるのか」
父親は溜め息を付いた。
どうやら期待していた言葉では無かったらしいが、
「権利は誰にでもある。ーーーー」
自分に言い聞かせるような言葉だった。
「少し待っていろ。」
そう言うと、父親は手を前にかざし呪文を唱えだした。
瞬間空間が割れ、割れ間から青が現れる。
覗き込んでみると下に雲があり、その遥か下に緑があった。
どこかの上空らしい。
どこなのかは分からない。
「人間界だ。」
「人間界?」
「人間と呼ばれる種族が住む世界だ。ゴミにも等しき弱者も居れば、我と同等に闘える怪物もいる。」
そんな馬鹿な。
「それは凄いね。」
本当に居ればだが。
「事実だ。よく聞け、マコト。」
父親はマコトの目をまっすぐ見据えた。
マコトは彼が急に大きくなったような錯覚を受けた。
「お前が魔王になりたいと言うのであれば、我はお前を試さねばならない。お前が魔王になる器があるのか無いのかをだ」
「それと人間界が何の関係があるの?」
「魔王になるには人間界に行き魔王の試練をやらなければならない。それが伝統だからだ。 試練の内容は追って伝令の者に伝えさせる。途中で辞めることはできない。また、試練の期間中は王家としての権利全てが剥奪される。つまり、マコトがどこでの垂れ死のうが我は何もしてやれないと言うことだ。」
だいたい分かってきた。
だから俺に辞退して欲しいのだろう。でも、「辞める理由にはならない。」何かを言われる前に、それを言い切った。
「仕方がない。誰にでも権利はある。」
父親は惜しむような溜め息を付き、一通りマコトの頭を撫で回すと、突然その手で服の襟を首の後ろから持ち上げた。
「え?」
急に感じる浮遊感。下を向くと広大な雲がある。ゾッとした。
こんな高さから落ちたら原形を留めないくらいにぐちゃぐちゃになるだろう。
「な、何するつもり……ですか?」
父親に助けをも止めるが、彼は慈愛の目を向けるだけ。
覚悟を決めろ、と言われてるようだった。
いや、ふざけるな。
「第一の試練は魔王直々に言うのが伝統だ。」
は?……試煉?
「生きて人間界に辿り着け!」