赤黒き血
黒き闇の中に男がいる。
目の前にあるのはネズミの死体、しかしそれはよく見ると赤と黒だけでは無い事に気付いて思わず踏み潰した。
ホコリが積もり、思わずむせ返る程にカビの匂いが漂うこの空間にネズミの臓物臭を新たに追加した彼は、赤黒い塊になったネズミだったものを手に持った瓶ですくう様にして詰め始めた。
すると、背後から1人の女が彼を呼んだ。
「…それは……無いんじゃない…?…ネズミの腐った死体をインクにするくらいなら人でも殺った方がまだマシよ…」
そんな言葉を無視して黙々と瓶にネズミの死体を詰め込み終わった彼は、振り向き女に対して言い返した。
「分かっていないな…今の警察なら人なんて殺ればすぐに見付けだしてくる。何より君はこのネズミがどんな悲しみを背負いこんな所で野垂れ死んだと思う…?きっと想像を絶する黒き……」
延々と話し始めそうな男の言葉を、中半聞き流しながら女は近くに置いてあった斧を手に持った。
「でも…貴方が居ない所では他の共感者が殺戮を行い赤き贄を捧げ続けているのよ…勿論人を殺してね………こんな風にッ…!!」
女は突然手に持った斧を男に対して投げ付けた。それは勢い良く男の胸に刺さり赤い血が飛び散る。
「……はぁ…突然…過ぎない…か……?」
男は苦しそうに女の方を見ながら笑顔で手を振り、後ろにあったソファーへ座り込んだ。
「本当……貴方は最初からそうだった…分かっていてもあえてそれを避けずにいるから…最後もこんな終わり方なのよ…」
男は女の悲しげな言葉を聞いて手を振るのをやめると、ネズミの死体を詰めた瓶を女に向けて差し出した。
「…別に…良いさ……ちょっと…だけ一足…先に帰還…するだけ……まぁ君も…かな……ははッ…」
「まさか…」…と女の言葉をかき消す程の大きな銃声が、避ける事もできぬ程の近距離から鳴り響き、弾丸は女の頭をいとも容易く貫いて男の左胸にまで届いた。
それは2人がいる埃まみれの小屋に唯一ある窓の外から放たれたものだという事を、女は命尽きる寸前に確認すると不敵に笑いながら膝から崩れ落ちる。
斧の一撃からの左胸に弾丸を受けても未だに息がある男は、頭を撃ち抜かれ動かなくなった女をそっと抱き寄せると満面の笑みで窓の外に対して叫んだ。
「私達は贄かッッッ…!!!! ごほッッ…赤き血と黒き負の感情をッッ…愛し合うッ…私達が捧げ続けてッッ…今まさに帰還の時が来たという事だろうッッ…どうかッ…我らを赤黒き混色のッ……がッ…」
男は言い終わる前に命尽きた様だが、表情は確かな安心感に包まれし満面の笑みであった。
銃弾を放った主は「赤と黒の共感者に加護あれ…」と1人呟くと、赤き血と黒き闇の中で幸せそうに眠る男と女を横目にどこかへと去っていったのでした。
彼等は…
赤と黒の共感者…
時代に合わせて赤黒き贄を捧げる狂いし信者達の集まりである…
彼等は赤と黒を愛する…
故に彼等は……
時に共感者という名の仲間であっても殺戮の対象とするのだ…