ある男と鍛冶屋さん2
俺はエルメス・ローグ。
基本的に訳の分からない師匠の言いつけで店番をするように頼まれ、基本的に訳の分からない地域に建てられたしがない武器屋を切り盛りしている。
武器屋の内装は簡素極まりなく、石の壁と木目調の床、必要最低限の鍛治道具が鉄板に乗っている。
カウンターを隔てた向こう側には椅子と扉以外特筆するものは何もない。
この内装だ。
客が殆ど常連しか来ないので切るも盛るもないっちゃないのだが……
いつものことながらやることなどないので、俺は今も鍛冶場で本を読みふけっている。
因みに題名は、【俺の干妹がこんなに可愛いけど愛さえあれば関係ないよね】という古文である。
……古文である。
……いや無理があるとか知らないです。
とかなんとか思いながらも怠惰を貪っている今日この頃。
「すいません、誰か居ませんか?」
ノックの音とともにその声が聞こえてきたのは玄関の方。
イケメンの匂いがする……リア充撲滅協会最高幹部の俺としては今すぐにでも滅したい気持ちはあるが、客だから仕方がない。
そう思いながら重い腰を上げ、カウンターの方まで行って言い放つ。
「あっ、それ引き戸です!」
数瞬遅れて入ってきたのは声に違わぬ灰髪美青年。
顔の良さなら緋色さんより上なんじゃないか?
しかし、彼が纏うオーラが退廃的な上に眉はひん曲がってるし爽やかさのかけらも感じられない。
加えて謎の三枚目感と不良っぽい佇まいが相まって、第一印象としては柄の悪い方に片寄った身嗜みの緩いチャラ男って感じか。
せっかくのイケメンが台無しだ。
続いて入ってきたのは黒い前髪を揺らしたショートヘアの美少女。
やけに長い耳が特徴的だ。
だが、こっちはこっちで歪だ。
彼女のことを見ているだけでどこか見透かされているかのような変な気分になる。
まぁこいつらがリア充な時点で俺の任務は男の方の抹殺又は虐殺のみなんだけどね。
と、思って殺気立った刹那のことだった。
灰髪気味の少年が土下座してきたのだ。
「お願いします!譲ってもらいたいものがあるんです!
貰えないと何も悪いことはしていないのに牢屋にぶち込まれることになるんです!」
正直身動きも取れなかった。
直後、彼が面を上げる。
彼は自らの境遇の深刻さを表情で伝えたかったのだろうが……
……うん、側から見ると土下座の完成度に心酔してドヤ顔かましてるようにしか見えない。
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決まった……
悦楽と言っても過言でないほどの達成感に酔い痴れながら、俺は彼に視線を送った。
スルトより少し低いくらいの身長に、短髪の黒髪を切り揃えた少年。
顔立ちは格好いいっちゃ格好いいが不細工と言われればそうも見える。
通った鼻筋と少し目立つ雀斑、特徴として上げる程でもなく、目立たない一重の三白眼。
カウンターの向こう側に座って机に肘を立てた体制のまま、こっちを凝視して固まっている。
最近思った。
俺はバカなのかもしれない。
「あ、ああ……お客さん?
いや流石に商品をタダで渡す訳にはいかないんですよ」
頬を引攣らせながも頑張って営業スマイルを浮かべる彼。
でもまぁこのセリフを待ってた。
「違うんです……商品を譲って貰いたい訳ではないんです。
私は貴方が首に掛けているタオルと同じものをある程度の数譲って貰いたいだけなんです!
いえ、貰いたいなんて言いません!
貸して頂くだけで結構です」
どこの物語の中のセリフ?
なんて自分でツッコミを入れたくなるほどのわざとらしさ。
俺はもうなんだか自分が何を言っているか分からなくなってきた。
当初は武器を譲って欲しいと言って断られた後、タオルを貸して下さいと言うことによって譲ってもらえる確率を上げる作戦だったのだがうまくいかない。
人生なんてこんなもんなのだ。
俺が人生のスパイスを味わっていると、それをどう勘違いしたのか、店員の青年が俺に歩み寄った。
「あ、あぁ……うん。
タオルなんてなにに使うのかは分からないけど……なんかとっても困ってる様子ですし少しなら大丈夫ですけど」
俺はその言葉を聞くとすぐさま立ち上がりけろっとした顔で言い放つ。
「あっ、じゃあそれと同じ長さのもの20枚……いや念の為30枚ほどお願いします。
ありがとうございました、助かりますよ本当」
いやあ、有難いな。
助かった助かった、世知辛い世の中とは思ったが捨てたもんじゃないなぁ。
店員の青年は、人間がペットフードでも出されたかのような表情をしているが知ったことではない。
一度言ったことは取り消せぬのだよ若人よ、諦めて俺にその首に掛けた白いタオルを献上したまえ。
「ゆーさ君」
なんだねシュリアくん、この商談の成功を2人で分かち合おうではないか!
「自重して?」
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時は流れて、俺がシュリアにボッコにされてから数分後。
「じゃあ失礼すぎるゆーさ君、洗いざらい話して貰おうか!」
ノリノリで俺の前に仁王立ちして人差し指を突き立ててくる彼女。
その隣には先程までカウンターの向こう側に居た店員さんもいる。
「……白いタオルは闘技大会優勝への保険なんですよ」
ボッコにされた上に目の前に立つ2人からの総スカンを食らい、心身ともに疲弊してしまった俺はいつもの減らず口など叩く気力もない。
因みに今関係はないが俺の辞書に自業自得という言葉は存在しない。
今関係はないがな!
「闘技大会?」
俺のセリフに疑問符を貼るのは勿論店員さん。
そりゃあそうだろう。
だって何も話してないもの。
因みに今関係はないが俺の辞書に失礼という言葉は載っていない。
今関係はないがな!
「本当ごめんね、今ちゃんと話すよ」
と言って申し訳なさそうな顔をしながら話し始めたシュリア。
やめろシュリア!君は悪くない!悪いのは全てタオルを30枚ほども譲って貰おうとしたどこぞのバカだ!
因みに今関係はないが俺の辞書に俺という言葉はない。
今関係はないがな。
……なんか凄い矛盾が生じた気がするが気の所為だろう。
これっぽちも反省せずにバカなことを思考するのに時間を割いていると、あっちはあっちで説明が終わったようだった。
「シュリアさん、助かったよ。で君、闘技場優勝への保険がタオルってどういうこと?」
犯罪者に話しかけるような口調で話し出す店員の少年。
……ああ、正直これ成功するか分かんないからあんま言いたくはないんだよなぁ。
暫く続いた俺の説明を聞いたシュリアと店員さんは目を輝かせている。
「面白いこと考えつきますね!!」
店員さんはその三白眼を煌々と輝かせて言う。
シュリアも同様だ。
「そんなことしちゃっていいのぉ?」
「知らない」
俺の髪色のようにグレーゾーンなのだ。
……黒に近いってことね。
因みに俺が店員さんに要求したのは首に巻けるほどの長さのタオルで結構分厚い部類に入るだろう。
「分かりました、協力しますよ!」
そう言った店員の彼は、おもちゃを前に待てをされている赤子のようにすら見える。
まあこれで了解は取れたことだし、戦利品を持って【ヤドリギ】に戻るとしよう。
「もう日が暮れてる」
呟いたのはシュリア。
武器屋の引き戸を開き外に出たが、既にお外は真っ暗である。
月明かり照る道を先に行き、まだ着いてきていない様子のシュリアに向かってそう声を張る。
「おーい、早く帰んねえと騎士子ちゃんにど突かれるぞ」
貰った持ちきれない程のタオルの一枚を凄い勢いで振り回しながらだったので突っ込んで来るとは思ったが彼女の目線はこちらに向いていない。
「……あれ、綺麗だね」
俺の言葉を無視して指差したのは……
月、か。
今宵は満月、宵闇穿つは白月の光。
俺の昔の知り合いが詩的表現にはまったとかほざいて満月見るたびにこう言ってたのを思い出す。
「月見て感慨に耽るとかお前はどこの詩人だよ」
おちゃらけて返す俺。
そこに深い意味などない。
故に直ぐに彼女の先を行った。
だから聞こえなかったのだ。
別に聞こえてたとてどうこうと言う話でもないが……
「……、月……言……」
最後の意味深な台詞あるじゃないですか、あれ俺なんて言おうとしてたのか完璧に忘れましたわ。
はい、そんだけです。
ああ!思い出した!!
うわ、これは……よく思い付いた一年前の俺!




