ある男と鍛冶屋さん
その後は何かあるという訳でもなく、マニュアル通りに試合は進んでいった。
俺は最初前哨戦って兄妹対決だけなのかな、とも思ったが、時間的に勿論そんなこともなく試合は進められる。
しかしまぁ、兄妹対決の盛り上がりが半端でなかった分後の試合は盛り上がりにかける。
絶対順番違うだろ……
俺的にはここからもう動いて用事を済ませてしまわなければいけないのだが、カレラがとても動ける状態じゃなかった為、途中で席を立つのも忍びない。
時は流れて数刻後……
闘技大会前哨戦終了後、俺達は目を赤く腫らしたカレラの案内で受付まで戻り、そこでカレラとも別れ、帰路につく。
早いもので、闘技場へと入る前は天高く昇っていたお天道様も今では地平線すれすれで夕暮を描く。
闘技場と夕暮れのマッチというのは言葉では表せないものがあり、感傷に浸っているのは俺達だけではないだろう。
「昼飯食いそびれたな」
変な沈黙に気を遣った訳でもないが、俺はシュリアに声をかける。
「そうだねぇ、ゆーさ君この世界来てから一回も昼飯食べてないでしょ?」
「んあ、そいえばな」
そうなのだ。
俺は投獄中昼飯が出なかった。
まぁそんなことはどうでもいいとして、シュリアはどこか元気がないし、俺もカレラのあんな顔見て事情まで聞いちまえば内心穏やかではいられない。
だからといってどうこう出来るようなことでもないのだが。
「十中八九カールが見たっていう妹が兄のことをどうこうしてたっつうのもこれのことだろうな」
出していいものか迷った話題だが、シュリアが何かやらかすのかどうかが気になったので探りを入れてみる。
すれば彼女は何かおかしなものでもみるようにして笑ってみせた。
「ふふっ、心配しなくても何もしないよ」
勘付かれてた……って事ね。
どうにもいけ好かねえなぁ……
「なんのことやら」
そんなに隠す気もないが体裁的にそう返し、俺達は闘技場を後にした。
「じゃ、行くか」
俺は仕切り直しとばかりにシュリアに話しかける。
「そうだね、行こっか」
そう言ってシュリアが向かうのは宿の方向。
俺はそんなシュリアを見て待てをかけた。
「いやそっちじゃねえよ」
それを聞いたシュリアは訝しむように俺を見る。
「ん?宿ってこっちだよねぇ……
ゆーさ君頭大丈夫?おっぱい揉む?」
こいつウブの癖にすぐこういうこと言うから毎回赤くなってるんだよなぁ……
見てるこっちとしてはやりようがない。
しかも若干辛辣だし……
心の中で思うが、それを悟られたら面倒なことになりそうなので言わない。
「悪いな、俺枯れてんだわ。
アホくせえことやってねえでちゃっちゃと行くぞ。
……いや別に強制はしないけどな」
そう言って俺が歩き出すしたのは宿とは真逆の方。
「ちょ、ちょっとぉ、結局何処行くんだよぉ……
あっ、分かった!人混みの少ないところに行ってちょめちょめしようとしてるんでしょぉ!
ゆーさ君ってばえっちぃんだからぁ!」
おま……ちょめちょめて……最早何者だよ……
死語すぎて少し引いていた俺ではあったものの、そんなこと一々突っ込んでたら日が暮れるのは火を見るよりも明らか。
いやつか枯れてるっつってんだろ……
体を何処ぞの妖怪みたいにくねくねとさせている彼女に向かって大声で言い放つのだ。
「違えっての、俺が今から俺が行くのは武器屋だよ。
そう、その名も……
【はじめてのおかいもの!爆笑!異世界大冒険スペシャル!】
だ!」
……
……周りにめっちゃ人いるの忘れてた……
ビシっと擬音がなりそうなほど力強く突き刺した人差し指の先の少女は、あなた今白けてますよと言わんばかりの瞳でこちらを見据えながら吐き捨てる。
「はいはいちゃっちゃと行きましょうねぇ、ゆーさ君。
今相当恥ずかしいことになってるよ?
それと傷口を抉るようで悪いけど何故に爆笑をつけるに至ったんですかぁ?」
フォローするつもりはかけらもないようであった。
……死のう。
「んで?結局お前は来るの?」
ガラスのハートへのダイレクトダメージの威力は凄まじく、今にも泣きそうだが耐え抜く。
ゆうさくんはつよいこですからね!
「うん、暇だし戻り方分かんないし」
ここで俺は今更気付く。
カールが迷ったのは闘技場への行きじゃなくて帰りだったことに……
まぁつまりは、
「んにゃ、安心しな。
俺も分かんねえから」
今何処ぞのお猿さんと同じ状況だってことだ。
「えっ、嘘でしょ!なんでじゃああんなに嬉々として宿屋から歩き始めたのぉ!?
態々頭の上にキングスライムなんて乗せてまでしてぇ」
こいつ地味に言ってることが辛辣なんだよなぁ……
後キングスライムはあれわざとじゃねえから。
「案ずるな、俺達は人間だぞ?」
「なんで自分が迷ったのにお猿さんのことディスっちゃってんの!?」
「あのなぁ、お猿さんとか言ってる時点でお前も同類だかんな……
つか明日の試合への準備も今日しか出来ねえし、俺は武器屋行くけど?」
言えば彼女は少しむくれながらも同行の意を示した。
「むぅ、なんか釈然としないけど私も行くよ。
というか武器屋に行くとか初耳なんですけどぉ」
シュリアは一度迷子になっていて既に前科一犯決め込んじゃってたりするのだが、そんなこと彼女が自分から話す訳ないので俺は知る由もない。
「さいですか、っと。
武器屋の位置はさっきカレラに聞いといたから早く行くぞ」
それを聞いて何かに気付いた様子のシュリアは恐々としながらも訪ねてきた。
「えっ……まさかさっきって試合終わった後……?」
「そりゃそうだろ、他に聞く時間ねえんだから。
あっ、安心しろ、地図ももらっといたぞ。
おっ、【ヤドリギ】も記されてるし、これでどっかの猿と同じ轍を踏むことはねえな」
貰った地図を彼女に向かってぴらぴらさせながらさも当然のように答えた俺を見てシュリアは瞬き。
直後に怒鳴り声が響き渡った。
「デリカシーなさ過ぎじゃろがわれぇ!!」
まず台詞だけ見たら誰だかわからないような言葉で罵られた俺はその後5分程度に渡りシュリアによる説教を食らっていた。
親が子を叱れば何故かそれに乗じて部屋の片付けをさせたり全然関係ないところまで怒り始めると同様に、シュリアの方も酷いものだった。
基本的に口が悪いだの初対面の相手への礼儀が全くなっていないだの鬱陶しくてたまらん、お前は俺のお母ちゃんか?序列2位からジョブチェンジしたのか?明らかに5段階くらいグレード下がってるぞ。
その上最近便秘が辛いだの朝起きると頭痛が酷いだの知ったこっちゃないわ、俺はお前のお医者さんか?遂に何故居座ているのかすら分からない序列1位の座を引きずり降ろされたのか?
挙げ句の果てにはスルト君が最近エルザ様とイチャイチャしていてうざいとかなんとか。
……それに関して完璧に同意だな、リア充撲滅委員会を発足しよう。
提案したらチョークスリーパーかけられて色んな穴から色んなもんが出そうになってたんですけどね。
……実はさっきの闘技場受付のおっさんはセーバ王国内会員人数5000人を超えるリア充撲滅協会副会長だったのだが、恐らく俺は知らないまま生涯を終えるだろう。
濃密過ぎる5分間ではあったがここらでまぁ閑話休題。
現在俺は武器屋の前にいる。
約5分間の説教を食らった後は珍しいことも何もなかった。
俺がカレラから聞いた話と彼女に貰った地図を元に武器屋まで向かっていたってだけだ。
そう、珍しいことなどなかったのだ。
地図を持ちながら歩いているはずの俺が何度も壁にぶつかったとかそんなね、んなアホで滑稽でスカポンタンのくるくるぱーみたいなこと……ねぇ?
来るまでにかかった時間は2分程度。
闘技場が近くにあるだけあって、ここら一帯は武器屋の件数が多いようで、カレラにオススメされたこの武器屋に着くまでにも数件見かけた。
そっちの店でもいいのではないかとは一瞬思いもしたが、なんせここは物騒だ。
脅されたりしたら、か弱い序列1位はこの美しい体を売るしか無くなってしまう。
いやん
…………とまぁそんな訳で辿り着いたのがこの武器屋名前は【武器屋】らしい。
常識的過ぎるツッコミキャラの俺には何ともツッコミに困るこの武器屋【武器屋】。
第一印象は酷いものだった。
まず武器屋の割に建物自体が小さいのだ。
一階建てで、幅も俺が手を伸ばして横に並んで7人くらい入るかどうかぐらいだ。
寂れた雰囲気を出す石壁にノブがぶっこ抜かれているドア。
【武器屋】と書かれた看板はドアの上に取り付けられているようだが、半分取れかかっている。
黒板消しを上から落とすなら未だしもあれは流石に冗談じゃ済まされないぞ……
周りには廃墟としか思えないような建物が立ち並んでいるしここ自体人が来るようには思えないのも相まって武器屋【武器屋】生活感のかけらすら見出せない
「やっぱここ立入禁止区域なんじゃないの?」
と聞いてくるシュリア。
うちの最高戦力もこのザマだ。
「んにゃ、カレラが言ってたんだから合ってるだろ。
どっかの迷子未遂と違ってドジかますとは思えんしな」
言った途端シュリアの肩がビクッと震えた。
どうしてだろう?俺はカールのことを言っただけなのに。
こいつもまさか迷子経験がおありなのか?
まさかな。
「ここに居ても始まんねえよなぁ……とりあえず入ろう。
つかお前結局来たのね」
にやりと笑みを浮かべてみればシュリアの綺麗なおでこに筋が浮かぶ。
「反省してないようだね、もう一遍しゅりあたんスペシャルいっとく?」
「誠に申し訳ございませんでした」
説明しよう、しゅりあたんスペシャルとはただシュリアがコブラツイストをするだけの技である。
さっき怒られる最中にナイスバディなお姉さんのお尻を目で追ってたらかけられた。
正直あれはもうただの臨死体験だ。
俺の頭の上に乗ってたキングスライムと挙動が似てて今は亡き彼のことを想うと胸が痛かっただけだと何度言えば……
「でも大丈夫なの?
闘技場の近くなのに態々こんなとこに店構えちゃってる人って結構癖が強そうな気がするんだけど」
「んにゃ、問題ねえよ。
俺はカレラに無茶苦茶優しい鍛冶屋の人紹介してもらったから」
それを聞いた途端シュリアはゴミでも見たかのような目になった。
俺はそれを無視してノブのないドアをノックする。
「すいません、誰か居ませんか?」
と聞けば、聞こえてきたのは若々しい青年の声。
「あっ、それ引き戸ですよ!」
……ややこしいわ。
隣で口に手を当てて笑いを堪えているシュリアはガン無視、俺は扉を引いた。
「ん?そいえばさ、ゆーさ君って何買うつもりなの?
お金持ってたっけ?」
と声が聞こえてきたが、俺は既に次の行動へのモーションに入っている。
「お願いします!譲ってもらいたいものがあるんです!
貰えないと何も悪いことはしていないのに牢屋にぶち込まれることになるんです!」
角度、誠意、姿勢、全てに於いて誰もが完璧と評価するような美しくも儚げで芸術的とすら考えられる渾身の土下座をかましてやった。
そして面を上げて、目の前で愕然としている青年の顔を上目遣いで見つめる。




