ある男と恋する乙女
「んで、これはどこに行けばいいのかなぁ?」
いつもの語尾の伸びた声で俺に話しかけるシュリア。
「そいえばな、どこに行けばいいとか聞いてねえし……不親切だよなぁ」
俺はかったるそうに切り返し、人混みの中を掻き分けようとする。
「あっ!見てゆーさ君!あそこにプラカード持ってる人がいるよ!」
そう言って一方に指を指すシュリア。
「え、どこ?」
彼女の指差した方向を見ると、如何にも日雇いっぽい男性がプラカードを掲げている。
しかし身長2メートル超えてる人も中にはいるようなこの人口密集地の中では見つけるのも一苦労だ。
プラカードには
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とだけ記されている。
列が作られているようには見えないので、プラカードを持っている男性の所はもうごっちゃごちゃで訳がわからないことになっている。
具体的に言うと、喧嘩が起きていたり痴漢が起きていたりだ。
珍妙なところでいくと全身が青かったり狸だったり足が地から5ミリほど浮いていたりだな。
正直意味がわからないが混ぜるな危険だということだけは分かる。
「えぇ……あんなん気付くか?」
俺が苦々しげに零すと、シュリアが満面の笑みで言う。
「気付いたからいいじゃん、早く行こうよぉ」
そう言って俺の手を取り人混みを通り抜けるシュリア。
……あんなとこに自ら突っ込んできたくねえ。
「なぁ……これどこで見ればいいんだ?」
俺は眼前に広がる景色に圧巻されながらもシュリアに尋ねる。
闘技場の受付からプラカードを持った青年の方についていった結果、視界を支配したのは外からでは見られなかった闘技場の内部。
観客席は闘技場を囲むように立ち並んでいる。
恐らく20段があるであろう故、そこに入る観客の数は計り知れない。
一段一段背もたれが付いていて、座れるようになっている。
観客席の他にきちんと階段もあるようで、俺たちが今いるのも移動専用の階段だ。
中には特等席のような役割を果たす席もあるようで、そこだけ他の席と比べて闘技場側に飛び出ているのでよく目立つ。
眼下に広がるのは砂塵で隠れた円形の地面。
とにかくデカイ円形の大地には今はまだ何もないが、もうすぐあそこで死合いが行われるのであろう。
あそこで戦いが繰り広げられると考えて間違いはないな。
俺がそんなことを考えながらぼけーっと突っ立っていると、下の方から声が聞こえてくる。
「お兄さんたち、ちょっと邪魔っすよ」
俺が下へと目を向けると、そこには身長145あるか無いかぐらいの小柄な少女。
肩にかかる程度の金髪を右側だけ団子で結び、服装はスラム街にでも居そうなボロ布で済ませられている。
でもまぁこの場所ではあまり目立たない。
周りもみんなそんな感じだ。
目元の小さな黒子と大きな目。
客観的に見て相当な美少女。
「え、ごめんねぇ。
でも私達どこに行けばいいかわかんないんだよぉ」
いつもの間延びボイスで尋ねるシュリア。
すると少女は少し驚いた様子で答えてくれる。
「あっとっすね……受付で配られた紙あるじゃないですか?あの紙の番号のところに行けばいいんすよ。
席に番号が書いてあると思いますし、その列のプラカード持った人が1番上にいると思うんで」
そう言って指差したのは観客席の1番上。
そこには彼女の言う通りプラカードを持った人がそれぞれの列の番号を掲げている。
列の番号は階段で区切られているようだ。
「そういうことね……正直真下しか見えてなかったから全然気付かなかったわ」
俺は納得の意を示し、[500~599]のプラカードを持っている人の方へと向かう。
付いて来た右側お団子少女ですが、現在シュリアの隣に座っています。
俺が567、シュリアが568、右側お団子少女が569番だ。
「いやぁ、こんな偶然もあるんすねぇ」
若干笑いを引攣らせながら言う右側お団子少女。
それに倒してシュリアが微笑みながら返す。
「これも何かの縁だよ!
名前聞いてなかったね、教えてくれる?」
右側お団子少女は笑顔を咲かせて言った。
「私はカレラ・クロームっす!
14歳っすけど転生はまだしてないっす」
へぇ、この世界では転生回数を名乗るのが礼儀なのね。
「よろしくカレラちゃん、私はシュリア・クロムヴェルだよ!
転生回数は1回しかないけどよろしくね」
シュリアは転生回数を一回と偽る。
まあ当たり前か、こんなところで私達救世主ですなんて言ったら大騒ぎになる。
つかこのご長寿地味に年齢伏せてやがる……
「俺も転生回数は一回。
志乃優沙って名前でファミリーネームが志乃だ」
俺が自己紹介をすると、カレラは驚愕を隠すこともなく聞いてくる。
「それ!東都の方の名前っすよね!東都から来たんすか!?」
俺はシュリアに目配せし、話を合わせる意思を伝える。
「あぁうん、そうだよ。
そんな珍しいか?」
探りを入れたのを悟られないように聞き出そうとすると、カレラは若干顔を赤らめながら言った。
「い、いや、そうじゃないんすよ……今から試合に出る人と知り合いなんすけど、その人が東都の出なんです。
まぁ、相手の方はその人の妹さんなんですけど」
こりゃ完全にほの字か。
最近のガキはマセてんなぁ……
しかし俺は、その人の妹さんのことを話す時のカレラの声のトーンが少し落ち込んだのに違和感を覚える。
それはシュリアも同じだったようで、訝しげな目をカレラに向けた。
意外とそういうのには敏感なのか、カレラは少し間を置いてから話し始める。
「……鋭いっすねシュリアさん達。
まあ別に話しちゃいけないってわけでもないんで話しちまいますが……
シュリアさんと志乃さんはこの試合がどんな試合か知ってますか?」
彼女のその問いに俺らは揃えて首を傾げる。
彼女はそれに勘付いたようで、少し瞠目したようにも見えたがすぐに落ち着いた声色で話し始めた。
「この試合っていうのは、表向きは明日から始まる救世主を交えた闘技大会の前哨戦なんです。
対戦カードは、
【東都の姫騎士】こと芳賀美舟
対、その兄、芳賀緋色。
因縁の兄妹対決と託けているんすけど、これには裏事情がありましてね……
兄の方の緋色さんはこの試合に負けたら家を出なければいけないっつー話っす。
いくら緋色さんでもあの化け物を相手に勝てるわけないのに……」
ん?これはあれか?
キャリッジの中でカールが言ってた奴か?
兄をどうこうしてた妹……真っ先に思いつくのはそのワードだ。
俺が頭の中で思考を走らせていると、シュリアが口を開く。
「なるほどねぇ、カレラちゃんはその緋色さんって人のこと大好きなんだね!」
「にゃ!なにを言っているんるか!!証拠はあるんへすか!?」
言ってやるなよ……
カレラさん混乱状態で訳もわからず自分にオーバーヒート仕掛けちゃってるから……
「証拠?そんなものはないさ、けど愛って……そういうもんだろ?」
そう言って右手を顔に翳し、少し顔を傾けて言うシュリア。
おい、口調変えすぎだお前は……
というか誰の真似だ……?
「愛……!」
シュリアのゴルゴンゾーラよりも臭いセリフを聞いてその大きな黒眼を目一杯輝かせるカレラ。
子供に悪影響を及ぼすようなことはやめなさい……
なんて考えていると、周りが大声を出し始める。
地響きと聞き紛うほどの大歓声大喝采。
それにつられて目を向ければ、闘技場では既に2人の人間が対峙していた。
伝わる緊迫感と緊張感は、新鮮な景色も相まって俺の心を高揚させる。
恐らくシュリアもそうなんだろう。
目線はもう下の闘技場に釘付けだ。
「さぁ!始まりました、明日の救世主を交えた闘技大会の前哨戦!!因縁の兄弟対決!
西方!【東都の姫騎士】の異名を持つ女剣士!芳賀美舟!
東方!その兄で前回大会の成績は3位!芳賀緋色!
両者出揃いました!
そして審判位置につく、どんな闘いを見せてくれるのでしょうか!?」
解説特有のやけに誇張された紹介は、このデカさの闘技場でも隅の隅まで響き渡る。
魔法を応用した拡声器でも使っているのだろう。
この声が聞こえると、さっきまで喧しかった外野は一気に静まり返った。
皆同様に緊張の面持ちで審判を見ている。
因みに解説の座る席はもちろん特等席。
何かあった時の為にも全体の状況を把握しやすい位置にいると考えるのが妥当。
そこまで考えて俺も皆と同じように審判の合図を待つ。




