ある男と闘技場
俺は、やっとこさ宿屋【ヤドリギ】を出て闘技場の方へ向かう。
闘技場は高さが60メートル近くあり、徒歩で数分程度離れたここでも一応その姿が確認できる。
闘技場に行く途中に迷ったとか言ってたお猿さんは一体どのようにして迷ったのだろうか?
この謎は永劫に解けることはないだろう。
強いて言わずともサルだからだな。
解けたわ。
しかし永劫に解けなそうな謎はまだあった。
石で舗装された通路を一歩一歩踏みしめて歩く。
その動作におかしなところなどないはずだ。
なのに何故か道行く人の視線は俺に集まる。
これは難題だ……
強いて言わずとも超絶美少年だからだな。
解けたわ。
して、さっきから妙に頭が重いような……
いつものように下らないことを思考している内に、闘技場に辿り着くことができた。
目前に広がるは人の群れ、日の位置と人数以外は朝と変わったところもない。
恐らく今の方が賑わっている。
闘技場でなにかやるのだろうか?それだったら是非見ていきたい。
因みに俺たちが乗ってきたキャリッジははもうそこにはなかった。
恐らく厩舎にでも止まっているんだろう。
そして俺は、途轍もない大きさの円形ドームを目にして、本日2度目の感嘆の声を漏らす。
「はぁ、すっげ」
「だよねぇ、本当に!」
後ろからそんな声が聞こえて振り向くと、目まで掛かった髪をかきあげて闘技場の方を眩しそうに見つめるシュリアの姿。
「おま、来てたのかよ……びっくりさせんなって」
俺は人の良さそうな笑みを浮かべる彼女に向かって、若干苦い笑いを零しながら答える。
「んにゃ、ゆーさ君が宿から出てくとこ見てたんだよ」
「何故ついてきたし」
如何にも不機嫌ですオーラを出しながらノータイムでそう言い返すと、彼女は浮かべた笑みを消してこう述べる。
「最近ゆーさ君成分が足りない」
「俺はシュリアたん成分の過剰摂取でいましがた致死量を超えた」
「ちょっ、酷すぎ」
けらけらと笑いながらそう返した彼女は、そのまま一頻り笑った後俺に尋ねる。
「いやいや、冗句だよ?
本当の話するとそんなんじゃなくて普通にゆーさ君がどうやって闘技場で勝つのか気になってさぁ」
成る程ね、うんうん。
そりゃまぁ俺の弱さ分からないほど序列2位は落魄れてねえよな。
「うん、今からそれを考えに行くんだよ」
彼女は瞠目を隠しきれない様子で俺を見たが、その後に一つ咳払いをして紡いだ。
「こほんっ、その前にとりあえず頭のたんこぶをなんとかしましょうねぇ」
何故かあやすように放たれた言葉に驚きを隠せない。
「……えっ」
「……えっ、じゃなくてさぁ、さっきからゆーさ君すっごく目立ってるよぉ?」
おいおい、冗談はよしてくれ。
まさかね、そんなはずが……
そんなこんなで頭に触れると、そこにはキングスライムがいた。
正式名称はたんこぶだが……
いや普通に怖いよ……
「ままぁー、あの人頭に変なもの乗っけてるよー」
「しっ!見ちゃいけません!」
道を歩いていた親子は俺のことを指差す。
長年生きてきたけどこの会話リアルで初めて聞いたぞ……
どこからともなく聞こえてきた親子の声を聞いてこっちにジト目を飛ばしてきたシュリアは、やれやれといった風に口を開く。
「全く、仕方ないねぇゆーさ君は……
ほら、ちょっと屈んで!」
「えっ、ちょ?屈む?」
屈むって……?
「いいから」
若干気圧されながらも彼女に言われた通り足を折って腰を屈め、彼女の目の位置くらいに頭をやる。
すれば彼女は俺の頭へ右手を翳し、1秒も経たないうちにその右手を下ろした。
「ほら、治ったよぉ」
彼女が少しぶっきらぼうに言えば、確認して見たくなるのは人の性。
また頭をさすってみると、先ほどまで居たはずのキングスライムは綺麗さっぱり消えて無くなっている。
「これ魔法かぁ、悪いね、助かった助かった」
俺が驚きながら感謝を述べれば、彼女は何を思ったのか待ってましたと言わんばかりのにやけた表情を見せる。
直後、腰に両手を当てて身体を傾け、左下に視線を走らせながら言った。
「べ、別にあなたの為にやったんじゃないんだからねっ!ふんっ!」
「お前あれか、それがやりたかっただけか」
間髪入れずにツッコミを入れれば、彼女ははにかみながら後頭部を掻いて言う。
「いやぁ、お恥ずかしい限りで……」
「っかぁぁ、何おちゃらけてんだ……
でもまぁマジで助かったわ、早く闘技場ん中入ろうぜ。
お前と話してると日が沈むっての」
そうなのだ。
シュリアが牢に配膳してくる際、大体話が途切れない所為で結局毎回侍女が牢屋の前まで来て彼女を呼び戻す羽目になっている。
これではもう救世主に俺の管理任せてる意味ないのではないだろうか?
結局シュリアしか来ねえし。
3分の1程度の確率で俺のご飯が彼女の腹の中で配膳されてくるのは本当になんとかしてもらいたい限りではあるが。
「んふふ、そうですかそうですかぁ、私と話してると日が沈みますかぁ。
ゆーさ君私のこと好きすぎだよぉ」
そう笑うシュリアは照れ顔を隠すこともしない。
はぁ……
「置いてくよ?」
俺は既に闘技場の方へ足を進めている。
それを形作る大理石は距離が近付けば近付く程に迫力を増し、俺はその空気に呑まれていった。
故に、
「そんな殺生な……!待ってよぉ」
後ろに恥ずかしげもなく大声を出す黒髪美少女がいてもあまり気にならないのだ。
「うわすっげ」
「だねぇ」
時は進んで数分後。
俺たちはあの後すぐ入ろうとしたものの、入り口が見つからずに闘技場の周りをぐるぐると歩く羽目になっていた。
結果、受付の最後尾はこちらですと看板を掲げた少年を見つけたのでそこに並んでいるというわけだ。
だがこれがとんでもない長蛇の列。
下手したらこの列だけでも100人くらいいるのではないだろうか?
この列だけというのはまぁそのままだ。
流石にこの混雑が毎回起きているなら運営側も対応を取る。
列は全部で3つあった。
……足りねえだろ。
正直ここからでは混雑のせいで入り口が見えない。
これはいつまで並ぶ羽目になるんだ?
はぁ、と溜息をついていると、最後尾の看板を持っていた青年が大きく声をあげる。
「受付始まりましたー!」
……今始まんのかよ。




