ある男と強そうな刀
俺はそのまま夢見がちなお姫様に詰め寄る。
話を聞いて俺を呼び出したのはこいつらだと分かった。
難聴女神も大概癪に触ったが、それ以前にこいつらが異世界人なんざ召喚しなけりゃ良かったのだ。
自分の世界のことくらい自分らでなんとかしろと声を大にして言いたい。
他の転生者は様子見を決め込んで動かなかったり狼狽えていたり眠そうにしていたりと反応は様々、王国側の人間は俺が圧倒的な力を有していると信じ込んでいるようで恐怖に体を震わせている。
俺はお姫様の元へ容易に辿り着く。
実際こいつらの言い分は俺からすりゃ納得できるものではないし、あの情緒不安定ちゃんがどうこう言おうと知ったことではない。
端的にいうと果てしなくめんどくさい。
「俺がこの世界で暇しない分の金と娯楽を寄越せ、それでなかったことにしてやる」
不敵に口角を上げた後、こう続けた。
「渡さなかった場合は…」
「エルザちゃんに近寄らないで!!」
背後から可愛らしい声とともに思い切り鉄の棒でも振り回したかのような風を切る音が聞こえてくる。
と同時に、後頭部にえげつない衝撃が走り、俺の視界はブレた。
湧いてくる力はただの勘違いだったらしいですねはい。
数秒後俺は死んだ。
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死んでませんでした。
ピンピンしています。
そして今俺がどこにいるかというと、
思いっ切り地下牢です。
恐らくここは城の地下かな、鉄格子の向こうの通路の方の窓から差し込む光はまだ眩しくて、俺が倒れてから大して時間がたっていないことがわかる。
流石に1日ぶっ倒れて別の拘置所に、とは考えにくい。
俺があまりにも呆気なく倒れたからといって、流石にそれだけで警戒を解く訳にはいかないだろう。
何をしでかすかわからない以上、身柄は目の届く範囲で拘束しておきたいはずだ。
……本当に弱いんだな、俺。
思考をどうずらそうとやはり考えてしまうのがそのことで、少しだけ思案に耽ってみたりしたがどうにもならない。
淡い期待を込めて手にかけられた手錠を外そうと思い切り力を込めるが、ビクともしない。
「そういえばあの情緒ちゃん、武器くれるとか言ってたな。
どんな武器なんだろ」
別に使うかどうかは別として、気になるものは気になるのである。
「結局貰わなかったのかな?どこにもないぞ」
そこで初めて自分の格好を見返してみた。
ポケットのついた茶色いイージーパンツのようなもので下半身は覆われている。
上は薄汚れた白Tシャツ。
パーカーを一枚羽織っていた。
……初期装備おかしくね?
と考えた刹那、どろんと音がして周囲を煙が覆う。
「ちょ、なにこれっ!」
いきなり出てきた煙が煙たくてつい咳き込んでしまう。
今のは咳は結構可愛い声出てたと思う。
しょうもないことを考えているうちに煙は晴れたようで凛とした声が耳を木霊した。
「呼んだかの?」
呼んでねえよ。
声のする方を見ると、身長が高く鼻筋の通った美しい女性が立っていた。
身に纏う和服には黒い背景の上にアサガオの刺繍が刻まれており、いかにも妖艶という言葉が似合いそうな美女だった。
「滑稽よのう、先刻の立ち回り見せて貰ったがどう考えても素人ではないか。
なぜ妾ともあろうものがこんな年端もいかない小童の武器になど……」
なにやらぶつぶつと文句を垂れ流しているようですね。
決めた、武器だかなんだか知らねえがこいつ牢屋出たら絶対捨てる。
そう決意してから俺は今は我慢と自分に言い聞かせて、彼女に問うた。
「お前、武器じゃねえの?」
「武器じゃが、妖刀というやつじゃ。
妾ともなれば人の姿に化けることもできる」
「つか結局武器って押し付けられたんだな、毒舌の切れ味だけは一流と認めてもいいぞ俺は」
彼女の傲慢な態度が気に食わないので軽く皮肉ってやる。
……自制は?とかいうツッコミは無しにしてもらいたい。
するとそれだけで彼女は額に青筋を浮かべ、食い気味に言い返してくる。
「小僧、立場が分かっておらんようなら教えてやろう」
前言は撤回。
彼女は言い返してくるだけでなく、に携えた刃を向けて袈裟に一振り。
手首の手錠はスッパリと切断され、手首にも一筋の血が伝う。
同時に殺気を放つ彼女。
ひょええ……流石にこいつキレるには早すぎる。
カルシウム足りてないんだろうか?
妖刀だけあって血で鉄分だけ吸いまくってたとか考えられそうだ。
……ちょっと待って殺気留まるところ知らないんですけどこの人。
あれ?ちょっとやばいかな?
俺は泡吹いて倒れた。
……絶対捨てる
つか俺妖刀形態見てない……
「流石にこの程度で泡を吹いて倒れるとは思っても…」
なんて焦った声がが聞こえて来たところで彼女を捨てる決意を新たにする。
そして俺も意識を闇に捨てた。