ある……少女?と過去系少女2
「お姉ちゃん、私狩り行ってくるわ」
セーラはもう17歳になっていた。
少し吊り上がった双眸と薄い唇、高く通った鼻。
髪は丁寧に切り添えられたショートヘア。
可愛いというよりかは美人の部類に入る。
「はぁい、頑張ってねぇ」
私は座って読んでいた本を畳んで彼女に返事を返す。
セーラが17歳になってしまったので私はもう210歳ほど。
エルフの里では210歳ともなると、独身は行き遅れの部類に入る。
……入ってしまうのだ。
一度本を畳めば、現実に引き戻されたような気がしてくる。
悲しいような虚しいような、そんな不思議な感覚。
暑いなぁ。
現実に引き戻されたことによって、神経が気温を思い出していく。
夏は終わって暑さのピークは過ぎたものの、残暑はまだまだ続きそうで、ギラギラと照る太陽が家の中まで熱気を運んできていた。
「変わらないなぁ……ここも」
熱気に当てられて本を読む気が失せたので、それを膝の上に置いて思い出してみる。
2人で食べるには少し大きいテーブル、素朴な木の香りを漂わせる2つの丸椅子、木目調の床はあいも変わらず健在だ。
遠い日の記憶、セーラに始めてきのこのスープを食べさせてやって号泣するほど美味いと言いながら食い漁っていたあの時と殆ど変わっていない風景。
いや、違うところが一つあったな。
あの時はセーラが泥んこで入ってくるもんだから、床が黒ずんでたっけ。
私は感傷的になってしまう自分を少し可笑しく思って、1人でに笑みをこぼしてしまう。
さて、今日はセーラの大好きなきのこスープでも作ってやりますか!
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「お姉ちゃん、私やっぱり王都に出ることにする」
迷いを吹っ切った双眸で私を正面に見据えてそう言ったセーラちゃん。
……いや、もうちゃん付けはできないかな。
私たちが居るのはいつものリビング、座るのは古ぼけた丸椅子、隔てるのはあの頃より少しだけ傷がついた机。
あの頃と違うところなんて机の傷の数くらいだろうな。
今年でセーラは21歳。
身長は優に私を超えて、狩りばっかしていたあの頃よりも大人びた雰囲気を醸す。
それでもやっぱりちょっとドジなところは変わっていない。
思えば彼女は結構昔から狩猟師になりたいとか言ってた気がする。
私と里長は最後まで反対していたのだが、この瞳を見てしまえば否定の言葉は頭から去った。
「……いくんだねぇ?本当に」
私は今どんな顔をしているのだろうか?
どんな声をしているのだろうか。
いつもの軽い笑みを浮かべてられてるのかな?
……そんなこと有り得ないとは自分でも分かってる。
美しいとか可愛いとかばっか思ってた自分の顔も声も、今ばかりは誰にもお見せできないようなぐしゃぐしゃになっているんだろうな。
「……いってらっしゃい!頑張ってね!」
自分ではそう言ったつもりだった。
でも実際聞いてみれば何を言っているかなんて殆ど理解できないと思う。
目から流れ続ける塩水も、止め処なく流れる鼻水も、歪な線を描く唇も、紅潮した頬も。
私の言葉が彼女に届くのを阻めるように邪魔してくる。
「……はい!行ってきます」
顔立ちは全然違うけど鏡でも見てるみたいだ。
ボロボロのぐしゃぐしゃになった端正な顔で、何を言っているか分からないはずなのに私は聞き取れた。
女の涙なんて美化されるほど綺麗なもんじゃない。
分かっていてもセーラを見て思ってしまう。
……ひっどい顔!
何がツボにハマったのか私は今まで生きてきた中で1番大きな声で笑う。
釣られてセーラも見たこともないような顔で大きな笑い声をあげた。
彼女が来た時に買った机。
既にそれは、私達の涙と鼻水で傷まで隠れてしまっていた。