ある男と天の翼
ぼんやりとして働かない頭、白昼夢でも見ているかのようなほんわかとした感覚。
彼は辺りの状況を把握するために目を開けようとと奮闘してみるが、混濁した意識とふわふわした暖かさが相まって彼の瞼を充分押し上げるに到らせない。
少し間抜けな半開きな目で見たのは、一面の白だった。
どこを見ても白、影もない為か地面があるのかどうかすら不安になってきそうなほどの純白。
彼も不思議に思ったようで立ち上がって寝惚け眼で周囲に目を走らせるが、どこもかしこも白色。
上も下も右も左も。
灯もないのに明るくてどこか優しい場所。
とじっぱなしの目にはほんの少し眩しいと感じさせるくらいの光量でここを満たす光は、どこか物悲しくて、嬉しそうで、切なそうで、なぜだか知らないが少しだけ……
懐かしかった……
彼は僅かながらにそう感じた。
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「やっと起きましたか?ねぼすけさんですね」
そんな声とともにくすくすと微笑むような笑い声が聞こえてくる。
彼は心底驚いた様子で声の聞こえるほうに目をやる。
そこには大人びた女の人が木製の椅子に腰掛けて読みかけの本にしおりを挟んでいた。
彼女が読んでいる本は見たことのある文字で書かれているはずなのに何故か読めない。
その事を不可解に思う彼だったが、夢を見ているような感覚だった故、それに対して言及するようなことはしなかった。
彼を呼びかけた彼女の容姿はこの世のものとは思えないほどに端麗。
ボブカットの金髪と大きい目、小ぶりな唇。
日本人が欧米人の美女を見て美しいとは思うがなんか違うと思ったりすることは少なくない。
しかし彼女は、どんな人種が見ても見惚れるであろうレベルの顔立ちをしていた。
それでも彼はそんな彼女を見ても別に何か思った様子もないようで、訝しげな表情を隠すこともせずにこう返した。
「お前どこから現れたんだよ、さっきいなかっただろ?というかどちら様ですか?」
彼女は一瞬少しだけ残念そうな顔をしたようにも見えたが、それは気のせいか否か。
そんな気配は微塵も見せずに座っていた木製の椅子から腰を上げて話し始めた。
「ここって私固有の世界的なものなんですよね、だからここの物は私が自由に出したりしまったりできるんです。
さっきは随分と気持ちよさそうに寝てましたがベッドとか出してあげたほうがよかったですか?」
「つまんねえ冗句はいいから早く話せって」
彼は間髪入れずそう返すと、むすっとした顔で続きを話す。
「えぇとなんでしたっけ?私が誰かでしたっけ。
私の名前は……これは別に言わなくてもいいですよね」
「言えよ」
彼は頭をぼりぼりかきながらそう漏らす。
「私は実は、
神様なんです!」
「そうですかそりゃよかった」
またもや間髪入れずに返された神さまかもしれない誰かは、がっくりと肩を落とすのだった。
……自称神さまがたったの数瞬哀しそうな表情をしたのを彼は見逃していなかった。
目を細めて訝しげにした様子の彼だが、すぐに気のすることでもないと考え直したのだろう。
最低限の質問をし始めた。
「で、本題は?」
心底興味のないといったオーラを全開、隠す気もなく神さまにそう問いかけた。
さっきの表情は気のせいだったのかなんなのか、こほんとひとつ咳払いを漏らして話し始める神さま。
「実はあなたには今から違う世界へ転生してもらいます」
「訳わかんねえよやだよめんどくさい」
「世界では、謎の化け物に世界を殆ど支配されてしまいました。
残された人類は小さな島に集まって抗戦を続けていますが、徐々にその均衡は崩れ始め、このままではすぐに人類は住む場所を失ってしまうでしょう。
そこである大国の王は数多ある異世界の中から圧倒的な力を持つ者を12人連れてきて人類の危機に立ち向かおうとしました」
若干の御伽噺口調を混ぜて話す彼女に対して彼は言葉を遮るように返す。
「だからいやだって……」
「その中の1人が貴方ですよ、志乃 優沙さん」
「いや話聞けよやだって言ってんだろ」
彼、志乃 優沙は
心底嫌そうな顔をしながらそう言ってみせた。
それを知ってか知らずか、彼女は歯切り悪そうに切り出してみせる。
「しかしながらそれにあたって1つ問題がありまして……」
「お前さんの耳に深刻な問題があると思うんだけど……」
「……」
一瞬彼女は押し黙る。
彼はやっと話を聞いてくれるのかと思ったがそんな甘い話ではなかったようだ
仕切り直しと言わんばかりにこほんと1つ咳払いをした彼女は、意を決したように口を開いた。
「貴方って実はめちゃくちゃ弱いんですよね」
「あ?」
鳩がポンプアクションショットガンを食ったような間抜け面で小さく声を漏らす彼。
明らかに矛盾している。
誰もがそう思うだろう。
彼もまた例外ではなく、神さまに問い詰める。
「いやお前今最強の一角的なこと言ってただろ。
なんで最強が最弱なんだよ」
「知りませんよ、私に聞かないでください」
彼の方は内心、そこは答えるのかよ……とうんざりしていたようだが拒否権どころかろくに発言権すら無さそうなので諦めて話を進めることにしたようだ。
「いやお前神様じゃ」
「神さまにもわからないことはあるのです」
なぜか胸を張った神さまを見て彼は、神さま万能すぎだろ、と心の中で愚痴た。
「とまあそんな貴方が異世界の環境で生き抜くには辛いと思い、心優しい神さまは貴方に1つの武器を授けます」
「いらねえよ」
若干食い気味に切り捨てた彼を見て神さまはぽかんとしている。
「いやいやなぜですか!!貴方死にますよ!?多分3秒ほどで!!」
「アリでも転生後3秒は生き延びるわ」
「じゃあ貴方アリ以下です」
「思考回路が読めねえよ」
「神様ですしね」
「神様ってなんだっけ」
「神様です」
自らを神と名乗る女性は側から見るとどこか浮かれているようにも見える。
「あんた、どうでもいいけどなんか楽しそうだな」
から笑いしながら告げた彼はあることに気付く。
まあ、あることと言えどもそれほど重要なことでもない素朴な疑問、というやつなのだが。
「俺、お前とどっかであったことあったっけ?」
神さまはそれを聞くと、彼に背を向けてしまう。
「え?ちょっとどうしたんだよ」
そう言って彼女に歩み寄ると、彼女は彼に背を向けたまま怒鳴り散らす。
「うるさいですね!!もうとっとと行ってください!!」
「えっ?待てっておい!
つか誰もまだ行くとか言ってねえよ!?」
言うが遅く彼の足元には魔法陣的ななにかが描かれていた。
「おいお前情緒不安定かよ!餅つけよ!」
「つかないですよ!餅なんて!あとアリをナメないでください!」
「そこだけ答えんなって!つかアリはもういいよ!?」
時すでに遅し、彼の足元では魔法陣が煌めいて彼を異界へと連れ去る。
書き溜めが貯まっておりますので、それが尽きるまでは1日2話更新にします。