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現代魔女には情がない。

作者: 若狭紫苑


『助けて』


あの時、彼女は確かにそう言った。目に涙を浮かべながら、全身を真っ赤に染めながら、彼女は私を見つめてそう言った。

でも私は、助けなかった。


これは、優しさを捨てたひとりの魔女の物語。



今時、私は魔女で魔法が使えるなんて言ったら速攻でいじめの対象になるようなこのご時世の中、私という魔女は確かに存在していた。別にどこかの森の奥深くに住んでいるとか、人を食べてしまうとかそういったことは全くせず、ただひとりの人間として普通のアパートに住み、普通に電車に乗り、普通の食事を取り、普通の女子高生として日々を過ごしていた。


「水無月さん、プリント回収するね。」


「あ、うん、ありがとう」


このように、人との会話も普通にするし


「水無月さん!ボールこっちにパス!」


「はーい」


普通に運動もする。でも、あえて人との違いを上げるのならば


「ね、水無月さん?あの子笑わないよね。」


「あー、確かに。なんかいつもボーッとしてるし、なに、クールキャラ?でも演じてるのかな。」


「なにそれっ、あんたテレビの見すぎじゃない?」


「ちょっとヤダ、そんなこと言わないでよもぉ!!」


例えば、たまたま立ち寄ったトイレでこんな話を聞いたとしても、私はなんとも思わない。何故なら、私には『悲しい』という情が無いから。


例えば、図書室で少し高い所にある本を取ろうと背伸びをしていたらよろけてしまって、たまたまそこにいた男子生徒にぶつかってしまって受け止めてもらった時


「あっ、すみません...」


「あ、いや...。その、君、大丈夫?」


「あ、大丈夫です...」


「ええと...、君、学年は?」


「三年、ですけど...」


「あぁ、そうなんだ!じゃあ同級生なんだね。良かったら名前教えてくれない?」


「水無月といいます」


「そっか、水無月ちゃん、たまに話しかけてもいいかな?」


「あ、構いませんが...」


「ありがとう!俺一組の風野。よろしくね!」


なんて、いかにもなシチュエーションでも、私は特になにも感じない。何故なら、私には『嬉しい』とか『好意』の感情が無いから。

じゃあ、なんの感情があるのかというと、その答えは至って簡単でとても難しい。私には感情が無い。魔法を使えるようになる対価として私は感情を手放した。それは、他でもなく親友を助けるために得た魔法だった。つまり、私は親友のために感情を捨てた。


それなのに、私はその得た魔法で彼女を助けることは無かった。


「ごめんね」


とひとつ呟き、その場を後にした。

その後彼女がどうなったのかは知らない。気が付いたら私は家にいて、なんだかとても不思議な気分だった。ただ、それだけだった。先程まであれだけ助けたいと思っていた親友のこともなんとも思わなくて、ああ、本当に感情が無いんだなと実感した。



「ね、サクラ。私もうすぐ卒業なんだ」


私が魔法を手にした少し後、何故か校庭の片隅に突然桜の木が生えたと話題になった。そんな馬鹿な話があるのかと最初は疑った私も、実際にそれを見たら驚きを隠せなかった。その木確かにそこにあって、まるでずっと生えていたかのような出で立ちで、一夜にして現れただなんて到底思えないような立派な木だった。その日は春のよく晴れた日で、周りの桜の木のようにその木もピンク色の花を咲かせていた。枝が風になびく度に散っていく花びらがとても綺麗だったのを覚えている。

そんな噂の桜の木も所詮はただの桜で、一ヶ月もすれば木の下からは生徒の姿は見えなくなっていた。丁度その頃親友を失って昼食を取る場所に困っていた私はここぞとばかりに桜の木の下で昼食を取るようになって、その桜の木をサクラと名付け、たまに話しかけるようになった。


彼女がいなくなったことは周囲には知られていない。そもそも、最初からいないことになっている。それも、私の魔法の力でやったことだった。彼女がいなくなって数日、今まで無遅刻無欠席だった彼女が無断欠席を繰り返すということが大問題になりかけたのだ。流石になんだか申し訳ないなぁと思って、彼女をいなかったことにした。もちろん、その翌日からは誰も彼女を覚えていなくて、覚えているのは私一人になった。

私がサクラの元で昼食を取るようになってから数週間が経つと、私の中からも徐々に親友の姿は薄れていって、今ではもう名前すら思い出せない。魔法の副作用かなぁとサクラにも少し相談してみたけど、相変わらずサクラは静かに枝を揺らすだけで、緑色の葉を私の周りに注ぐだけだった。


それから、サクラには色々な相談も愚痴も聞いてもらった。進路のことや、隣の男子が授業中うるさいからどうにかならないかということ、よくトイレで私の話をしている女子たちは他人に気を向けるほど人生に暇をしているのかということ...。全てがどうでもいいことだったけれど、サクラに聞いてもらうだけでなんだか少しだけ、失ったはずの『嬉しい』という感情を感じることが出来るような気がした。



サクラが生えて、一年が経とうという頃。私は卒業を間近にしていた。今日もサクラの元で昼食を取りながらサクラとの会話に勤しんでいた。


「私が卒業して悲しい?...私には悲しいなんていうのはよく分かんないから、もし悲しいって思ってくれてるならそれを言葉にして教えて欲しいんだけど」


私がもう葉も花もない枝を見上げながらそう言うと、そんなこと出来るわけないだろとでも言いだけにサクラは少しだけ枝を揺らした。

ふと名前も分からない私の親友のことを思い出して、私はぽつりと呟く。


「ねぇサクラ、あの子、元気かな」


サクラは答えなかった。


「そうだよね、サクラはあの子のこと知らないよね。あの子っていうのは、私の親友でね、とっても良い子だったんだけどね、もう死んじゃってね


......私が助けなかったから、死んじゃってね」


よく考えれば分かることだった。持ちかけられた話は簡単で、彼女を助けたいのならば魔法が必要だということ。その魔法を得るためには私の感情との引き換えだということ。彼女はそれを嫌がった。だったら死んだ方がマシだとも言ってくれた。あなたが感情を失って私を助けても、その後には絶対楽しい思い出なんて出来ないから。せめて、今のままで私がいなくても楽しい思い出をたくさんつくってくれと、泣きながらそう言っていた。でも私は彼女を救うことを選んだ。感情を失ってもなんでもいい。彼女と一緒にいたかった。ただ、それだけだった。

ただ、それだけだったから。私は見事に魔法を手にし、彼女を助けたいという感情をも失った。私に魔法を与えた存在は既にそこから姿を消し、彼女は虚ろな目をした私をひたすらに見つめていた。


『助けてよ...。もう、こんなの嫌だよ...。サクが無事なら、それで良かったのに...。私のせいで、ごめんね...。』


泣きながらそう言う彼女を尻目に、感情を失った私は静かにそこから去り、ひたすらに歩いた。



「...ごめんね」


サクラを見上げながら、何故かその言葉が私の口からこぼれ落ちた。その時


「...えっ?」


急に目も開けられないほどの風が吹き、目を開くとそこには


「サク」


「...サクラ?」


私の親友がいた。


「サク、やっと会えたね。」


「サクラ、?」


見渡すと、そこは一面の白い世界。まるで、雲の上にいるかのような、そんな感じがした。


「覚えてる?私たちが初めて会ったのは、桜の木の下だったよね。私が朔良、あなたは咲久。同じサクの文字を持つふたりが桜の木の下で会ったなんて、ほんとに運命だったよね。」


覚えていないわけがなかった。否、きっとそれは今、突如思い出したかのような錯覚に陥った。彼女と共に忘れていった彼女との思い出全てが、私の中に入り込んでくる。入学して出来た初めての友達が同じクラスだったこと。一緒に遊びに行ったこと。くだらないことで笑いあったり、どうでもいいことで喧嘩したり...。忘れていたはずの記憶が、一瞬にして私の中へと戻って来た。


「サク、やっと思い出してくれたんだもの。会えなくてさみしかった。」


「ちょっと、待ってよサクラ。そんな、だって、サクラは、ずっと...。」


「うん。だってこうしなきゃ、ずっとサクと一緒にいられなかったんだもの。」


私がずっとサクラと呼んでいた桜の木。それは、他でもなく私の親友サクラだった。


私はサクラに抱きついた。


「ごめん、サクラ、私、ずっとサクラのこと忘れてて...!」


「ううん、サク、ちがう。サクはずっと私のこと覚えててくれてたよ。」


「そんなことない、だって私、今の今までサクラの顔も名前だって忘れてて...!」


ひたすらにしてごめん、と続ける私に、サクラはこう言った。


「だからサク、話聞いて。その人の話を聞かない癖いい加減直しなってあれだけ言ったでしょ?もぅ...。」


「だってサクラ、私...。」


「良いから。あのね、サクは桜の私のことをサクラだって、ずっと呼んでくれていたでしょう。」


「あ...。」


無意識に私が付けた桜の名前。何故、私の頭の中では桜ではなくサクラと変換されていたのか。


「ね?私のこと、忘れていなかったでしょう?」


それは、忘れたと思っていたサクラの記憶を、私が無意識に引き出していたから。


「ずっと会いたかったよ、サク。」


「ごめんね、サクラ。ずっと私のそばに居てくれてたのに。」


「ほんと、気付くの遅すぎよ。」


馬鹿。


そう呟いた彼女の目には、涙が溢れていた。


「でもね、もう時間。もう行かなきゃ。」


「え...?待って、サクラ。行かないで。ずっと一緒にいよう。ね?」


「...うん、ごめんねサク。今の私にはこれが精一杯だったみたい。私が今こうしていれるのは、多分桜の奇跡なの。ここは、私のいるところとサクのいる世界との狭間なんだ。そのふたつがたまたま巡り合わせで重なって、今私はここにいれるの。」


桜の奇跡。昔から、桜には奇跡が宿ると言われていた。桜の木の下で出会った私たちはまさに奇跡だとふたりで笑いあったこともあった。


「だから、また奇跡が溜まったら会いに来るから、ね。その時まで少しだけ待ってて。」


「でも、サクラ、私、卒業しちゃうのに、サクラに会えないの、嫌...!」


「大丈夫よ。サクが遊びに来てくれればいいでしょ?私、ずっと待ってるからね。」


「待って、サクラ!!」


薄れていくその世界の中で、サクラは確かに言った。


『今度は、私のこと忘れないでよね。』


「サクラ!」


ーーーーー暗転。



目を開くとそこは、いつもの校庭だった。上を見上げても、彼女はもうそこには居なかった。


「サクラ...、なんで、待ってるって、言ったのに...。」


そこでふと、手に違和感を覚えた。


「...?」


手を開くと、そこには一枚の桜の花びらがあった。


「サクラ...。そんなんじゃ、足りないよ...。」


つう、と私の頬に一筋の涙が走った。


「?!」


悲しい。悲しい。とても、悲しい。切なくて、やりきれなくて、大切なナニカを失ったのがとても悲しかった。


「はは、サクラ...。」


止まらない涙を流しながら、私は花びらに向かって笑いかける。


「サクラ。私、感情、戻ったみたい...。」


とても寒い、冬の日だった。



次の日から、桜の木があった場所にはまた活気が戻っていた。何故か、前日の夕方頃から桜の木が突然姿を消したと、そういうことらしい。いつもそこにいた私は速攻で先生たちからの呼び出しを受けたが、ただの女子高生が一人で木を根こそぎ抜くなんてことはありえない、という結論に至り、私にはなんの疑いもかけられることは無かった。職員室を出る私の後ろで一人の先生が


「まるで魔法かなにかだよな...。」


と呟いたのを今でも覚えている。


あの日の桜の花びらは押し花にして今でも持ち歩いている。あの日以降感情が戻った私は少しでも残りの学校生活を楽しもうと、積極的に友達をつくるようになった。残り数週間というとても短い学校生活の中で十人以上の友達が出来たことはほとんど奇跡のようなものだが、それでもサクラ以上の親友は出来なかった。

大学に進学しても連絡を取り合い頻繁に会うのはその中でもたった二人だけだったけれど、友達が少なくても私はそれなりに楽しくやっている。

サクラのおかげで感じられるこの感情を少しでも多く感じようと毎日の散歩を日課にしているそんな私の隣を、数人の小学生たちが走って通り過ぎて行った。その過ぎ去り際


「なぁ!近くの公園に急にケヤキが生えたんだって!」


「なんだよそれ!こわっ!」


「なぁ行ってみようぜ!」


彼らは楽しそうに駆けていき、その背中はすぐに見えなくなった。


「サクラ、今度はケヤキ?」


私はクスリと笑い、鞄に入れてある押し花の挟んである栞を取り出した。

案の定そこにはもう花びらは無くて、代わりにまだ青い葉っぱが挟まっていた。


「じゃ、また会いに行くかなっ。」


感情が戻ってきたことによってほとんど失った魔法も、なんの奇跡かほんの少しだけは使えるままになっていた。私はその魔法を駆使し場所を突き止めると、噂の親友の元へと駆け出した。


昔からの言い伝えに、欅の木には奇跡が宿ると、そう言われていた。



これは、ひとりの魔女の奇跡の物語。

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