飛び込み自殺
朝、通学途中の駅のホーム。
人気のない一番端で電車を待ちながら、わたしは死ぬことを考えていた。やって来た電車に向って飛び込めば、わたしはそれだけで死ねる。あっけなく。
それは、その時のわたしにとって、とても魅力的な提案に思えた。
飛び込み自殺で電車を停めると、家族は損害賠償を払わなくてはいけないらしい。そこが特にいい。
そう。
その日、わたしは家で家族と喧嘩をしたのだ。だから、できるだけ家族を困らせる死に方をしてやろうと思っていた。
あと少しで電車が来る。
そこに飛び込めば……
「やぁ、おはよう」
不意に話しかけられた。
驚いて横を見てみると、そこには隣のクラスの男生徒がいた。少しくらいは話した事があるけれど、友人ってほどじゃない。どうして話しかけて来たのだろうと不思議に思っている間にも、彼は色々と話しを振って来た。わたしは乗り気になれない。そんな気分じゃなかったから。
ところが、彼はある時、こんな事を言ったのだ。
「ほら、よく聞くだろう? 飛び込み自殺をして電車を止めると、損害賠償をしなくちゃならないって。
あれって、嘘らしいよ」
わたしは思わず聞き返してしまう。
「嘘?」
「うん。実際は、そんな気の毒な遺族に賠償請求なんてできないから、やらないんだって」
――それを聞いた途端、わたしは死ぬのがバカバカしくなった。
家族を困らせられないと思った訳じゃない。逆だ。家族が困らないで済むと思って、わたしは安心を感じていたのだ。
良かった、と。
彼の話を信じた訳じゃないのだけど。
これじゃ、何の為に死ぬのか分からない。
「ふふ」
そう笑ったわたしに、彼は「どうしたの?」と尋ねて来た。「別に」とわたしは返す。
……まさか、わたしの気分を察して、こんな話をしてくれた訳じゃないだろうけど、それでも、彼には感謝をしなくてはならないかもしれない。
損害賠償を遺族に請求しない
という噂を聞いた事はありますが、本当かどうかは分かりません。
多分、嘘じゃないかと思っています。




