すっかりうまく丸め込まれたものだ
昨日は、人の恋愛に介入するという何とも無粋な行為を部活動とすることに決定してしまった。
なぜこんな面倒なことになってしまったのかと原因をさかのぼってみたら、結局は最後の最後に断り切れなかった俺の甘さが原因だという結論に至りそうだったので、俺はそこで考えることをストップした。
俺たち人生部と佐久間は、今日からジョーカーこと佐伯を手伝うということで話がついたので、ようやく人生部の活動が本性を現してきたかのようでなんだか今後が不安である。
俺たちは放課後第三教室に集まり、作戦会議を開こうとのことだった。
この時、小林は委員会の用事があるらしく来れないとのことであった。面倒ごとを持ち込んだ張本人のくせに無責任な輩である。
「それで、俺らは何をすればいいんだ」
「ふふふ、あ、いえ、皆さんはこの人に不良のごとく絡んでください。僕がそれを助けるんで。これで彼女のハートは鷲掴みっすね!」
俺が聞くと、佐伯は笑顔で自信満々に答える。
ふ、古い。言葉のはじめから若干厨二が漏れてるくせに、厨二病らしからぬだっさいプランである。おしゃれさのかけらも感じられない。
なにがださいって、不良役を人に頼んでるのが最高にださい。佐久間もこれには苦笑いである。
佐藤に至ってはその計画の穴の多さと佐伯の自信という理解不能なコンビネーションに困惑しているようで、こめかみを抑えてため息をついていた。
俺としてもばかばかしく、現実的ではないだろうと思うが、成功、失敗にかかわらず手っ取り早く終わりそうな気がしたし、新たな策を提案しろと言われると少し面倒なので素直にイエスマンに甘んじることを俺は決意した。
世の中ではイエスマンはさぞ悪の権化のように言われているが、イエスマンは相手を肯定することで人間関係を円滑にする魔法使いである。
もし世の中ノーマンばかりであったなら、戦争が頻発している社会が目に見えているのは読者の皆様にも明白であろう。え、ぼっちのお前に言われても説得力ないって? それでは話を戻そう。
「よし、じゃあそれでいこう」
「えー、もっといい方法がきっとあるよー」
「じゃあ、お前なんかあるか?」
佐久間がふてくされたように言うので俺は代案があるのか尋ねてみた。
まあ、佐久間の気持ちは大いにわかる。佐伯の提案は俺たちが汚れ役を引き受けることが前提であるわけだ。こんな計画をのりのりで進める奴はジョーカーさんを差し置いていないだろう。
もっと素晴らしいプランがあるならば、ぜひそっちに乗り換えたいものである。
「えっとー、いざ言われてみると分かんないかな。えへへ」
ないんかい。こんな時こそ、わが校の誇る天才美少女、佐藤瀬奈の出番である。彼女ならば、きっと、目から鱗のようなとてつもない作戦を持っているに違いない。
「え、じゃあ、佐藤なんかないか?」
「そうねー、では、諦めるっていうのはどうかしら」
持っている分厚い本を閉じ、天才少女、佐藤瀬奈は自信たっぷりの、してやったりといったような笑顔でこちらを見てくる。
さすがは天才、最も労力をつぎ込む必要のない、まさに目から鱗といったような作戦である。
俺としては彼女の案にすぐにでも飛びついていきたいのだが、残念ながら、依頼を受けた以上はこの案は実行できない。
しかし、佐藤、しらっとえげつねえこと言うな。こえーよ。ほら見て、死神と契約したジョーカーさんもこれには涙目だよ。
「よし、ならば仕方がない。不良大作戦で行こう」
「ええー、でも、私、不良役とかできないよー」
かくして、不良大作戦の決行が決定したが、佐久間がいちゃもんをつけてきた。だが俺に抜かりはない。
不良役をだれにするか、俺には最適な人選がすでに浮かんでいる。こみあげてくる笑いを必死に抑えながら俺は平静を装って答える。
「不良役は佐藤がうまくやってくれるよ」
「はい?」
佐藤が俺の発言に反応を示し、俺の目をじっと見つめてくる。いや、そんなに無表情でじろじろ見つめられると怖いんですけど。
もしかしてこの子、実は俺のこと好きなの? などと自分を必死に鼓舞しながら、恐怖に耐えつつ平静を装って俺は口を開く。
「いやー、だってこの人、何気にすごく怖いでしょ、何なら今から不良にイメチェンを……」
言ってる途中でやはり無表情な佐藤が怖くなってしまったので、言葉が詰まってしまったので、俺は、会話のバトンをパスすることに決めた。
「ね、ねー、君も怖いと思うよね~、さ、佐伯ジョーカー君」
「い、いえ、じ、じ、自分はちっとも怖がってないっす、はい!」
佐藤の方に体を向けて、背筋をピンと伸ばして佐伯は大日本帝国の軍の上官と話すときの兵士のようにふるまう。
う、裏切りやがったー! さっき涙目になってたくせにー! しかもさー、態度口調からしてめっちゃビビってんじゃねえか。
まあ、俺も途中から声が震えだしてたから人のこと言えないけどさー。
「葛西君、怖いと思っているのはあなただけのようよ。仕方ないわ、普段人と接していないから私のようなか弱い女の子にもビビってしまうのね」
佐藤は俺に情けをかけているかのような何とも言えない笑顔でそう言う。
「おい、言葉の暴力って知ってるか」
「『なら言葉の警察を呼びなさいよ』とでも言ってほしかったのかしら」
無表情で俺に返してくる佐藤。おいおい、のり良すぎないか。もしかしてあなたが持ってるその分厚い本は、『化○語』ですか。
なるほど、天才は古文で扱う源氏物語だけでは飽き足らず、ついに物語シリーズにまで手を出していたのか。なんと好奇心旺盛なことかー!
などと至極くだらないことを考えていた俺ではあるが、読書経験豊富だからこそできた反応であるという見方もできるのではないかと思い至った俺は自分に自信を持った。
「葛西君、人に不良とかいうの、そういうのよくないよ。ほら、謝って」
「わ、悪い。言い過ぎたよ」
「お、おっと」
佐久間が笑顔で俺の背中を佐藤の方へ押し出すものだから、そのはずみで佐藤と至近距離で目がばったりと合った。
ここは素直に謝っておくのが人間として美徳というものだろう。そう、俺も言いすぎてしまったのだ。雨降って地固まる。これをきっかけに佐藤とは友達に……。
「気にすることないわ。じゃあ、不良役は葛西君で決定ね」
「ああ、もうそれでいいよ」
佐藤はさらっと俺に不良役を押し付けたが俺はもう気にしなかった。
俺も人に散々不良役を押し付けていたので今更拒否権などないし、するつもりも失せた。
やれやれ、俺もうまく丸め込まれてしまったものである。佐藤、佐久間、そして、人生部に。