厄介ごとを持ち込んでくるなー!
さて、そんなこんなで人生部に強制入部させられてからそろそろ一週間が経過する。
一体何を活動目的とした部活なのかはさっぱり見当もつかず、入部当初は何をさせられてしまうのかとさぞ不気味ではあったのだが、ふたを開けてみれば、部室でただひたすら時間をつぶしているだけであった。
佐藤はずーっと本を読んでいるし、やかましい小林も、委員会などとの掛け持ちで忙しいらしくたまにしか来ないし、先生も部室には来ないし、基本的に静かに時を過ごすことができていたので、そこまで苦痛の時間というわけではなかった。
でも、だらだらするだけならぶっちゃけ家にいても変わらないですよね。なら、やっぱり帰りたいんですけれども、などという、退部理由を思いついたが、言えば、面倒くさい活動をさせられてしまうかもしれないのでそれはそっと心の奥にしまっておくことにした。
部室で今日出された宿題をこなしていると、不意にドアが開けられた。
げ、今日は小林が来る日かよ。面倒くさいなー、と落胆していると、入ってきたのは小林ではなかった。
見慣れた茶髪のショートに陽気な笑顔。そう、佐久間加奈である。意外な人物の登場で少し驚いてしまった。
「こ、こんにちはー」
「こんにちは」
佐藤は読んでいた本を閉じ、顔を上げて挨拶を返す。
ってゆうか佐藤さん、僕の時は挨拶どころか、顔さえ向けませんでしたよね。これって人種差別ですか。日本は人種差別撤廃条約批准してるんですけど……。
佐久間は軽くお辞儀をしたのち、部屋の中の様子を窺うように首をきょろきょろとさせていた。
「どうしたんだ、佐久間、こんなとこらに」
「いやー、小林君から人生部の話を聞いてね、面白そうだなーと思って見に来たの」
「へー」
佐久間は相変わらず笑顔のまま陽気に答える。
別に見学するほど大した活動なんてこれっぽっちもやっていないんだけど。
「なんかさー、人生部って、楽しいことをする部活なんでしょう。だって、人生を楽しむ訓練をする部活らしいじゃん」
別に特別楽しいことをしているわけではないと思うんですけどねー。
大体、人生部なんて、そんなたいそうな名前付けちゃうから、こんな夢見ちゃう子を作り出してしまうんだよ。活動内容から考えれば、『ダラダラ部』に改名したほうが絶対いいと俺は思う。
「まあ、表向きの活動目的はそうなんだが。やってることといえばなー」
そう、この部活、俺が基本家でやってることしかやっていない。マンガ読んだり、それに飽きたら宿題したり。佐藤だって同じようなものだ。
希望に満ちた新入部員が失望して退部していく様なんて見たくない。しっかりと今現実を見せておいたほうがいい。
そう思った俺は、佐久間に人生部の実態を突き付けようとしたのだが、その時、扉が突然開かれたので、タイミングを失ってしまった。
「やあ、みんな、今日はゲストを連れてきたよ」
小林が入り、さらにその後ろにもう一人の小柄な少年がたっていた。
来たよ。紹介しよう、人生部騒音担当の小林新である。それにしても短期間に二人もつれてくるとは、
そんなに友達ほしいのかよ。愛と勇気だけが友達のア○パ○マ○先輩見習えよ。
「我が名は、ジョーカー。死神と契約し、いずれ世界を手中におさめる男である!」
また、面倒くさそうなやつ連れてきやがって。こんな奴、人生部以外でもお引き取り願うこと間違いなしである。
佐久間はまだかろうじて笑顔でやり過ごしてはいるが、佐藤なんて俺の時同様こちらをガン無視で本を読んでいる。てゆうか、佐藤視点ではこいつと俺は同レベルなのかよ……。
「で、本名は何よ」
「ふ、そんなに我の存在が信じられないか。まあいい、もう一度行ってやろう、我が名はジョ」
「佐伯翔太というらしいよ」
また、ジョーカーとか言い出すつもりらしく、いい加減イラっとしていたのだが、珍しく小林が空気を読んで話を進めてくれた。
「うん、話が早くて助かる。何なら今から全部お前が代わりにしゃべってくれ」
「ふふ、この私とじかに話すのは恐れ多いというわけか、ふふふ……」
ジョーカーさんは目に片手を当て、笑いながらそうつぶやいた。いわゆる『右目がうずくぜ』ポーズである。
しかし、ここまで重度の厨二病なんて、フィクションでしか存在しえないと思っていたがほんとにいるものなんだなーと、世界の広大さに俺は感心した。
「で、なんでこんなやつ連れてきたんだよ」
「それがね、彼、実はクラスに気になる人がいるみたいでね」
なるほど、健全な男子高校生ならば女子に行為を抱くなんてことはごく自然なことである。しかし、女子もこんなのと組まされるのは罰ゲームでも拒否してしまうことだろう。
「へー、で、それが人生部と何の関係があるんだ?」
「だからさ、俺らでそれを手伝おうってわけよ」
「は?」
「あ、そういうのなんか素敵じゃん」
俺の反応とは真逆に佐久間は目をキラキラと輝かせ始めた。
しかし、やっぱり、この年頃の男女は他人の恋バナを好むものである。自分のに真剣になるのはまだしも他人のに首を突っ込むのは無粋ではないか。むろん、佐藤の方はガン無視である。
「ふ、我も世界を支配するには背中を預ける相棒が必要になってくる。その大役を貴様たちにも手伝わせてやろう」
「いや、僕は結構です。お前もそうだよな、佐藤」
上から目線にイラっと来たので、依頼をはっきりと拒否してくれそうな佐藤にバトンパスすることにした。
「葛西君に賛成するのは気が引けるけれども、この依頼、私はパスさせてもらうわ。やりたい人だけでやればいいんじゃないかしら」
佐藤は本を閉じ、みんなの方を向いて自分の意見を述べる。よし、少し傷ついたが、佐藤の性格をよんだ俺の作戦勝ちってことだな。
「そういうことだ、じゃ、頑張ってな」
「え、いや、ちょっと」
「え、ちょっと待ってよ、典明」
「そうだよ」
小林と佐久間は俺を引き留めにかかる。まあ、味方陣営に佐藤がいる時点で手伝うことはないはずだけどな。
「人生部は、人生を楽しむための訓練をする部活だよ」
「まあ、そうだな」
「これを手伝うことが僕たちの人生を豊かにする糧になる可能性がゼロだとだれが証明できるっていうんだい」
ち、へらへらしてるくせに意外と面倒くさい論法を使ってくるぜ。んー、どうやって反論したものか。そうやってぐずぐずしているうちに、小林は勢いを増して畳みかけてきた。
「だからさ、可能性がある以上、これは人生部の活動の範疇なわけなんだよ。これは部長命令ってことでさ、彼を手伝おうよ、ね、二人とも」
「私からもお願いするよ」
小林と佐久間に頼み込まれた俺は、なかなか断る道を見いだせなかったが、ここではっきり拒否しておかないと、後々同じような面倒くさい依頼が来そうな予感がする。
今後のためにも、前例を作ってしまうのは悪手であると思い至った俺は、相手に乗せられまいと口を開くことにする。
「いや、でも俺こいつなんかきら……」
「僕からもお願いしますー! ものを頼んでるのは僕なのに上から目線ですみませんでしたー! ただ、カッコつけたかっただけなんですー! どうか手伝ってくだしゃいー!」
突然ジョーカーさんが泣きついてきたのでひどく面食らってしまった。てゆうか上から目線自覚してたんなら最初から丁寧に頼めよ。あと完全にキャラ崩壊してんぞ。
「……、そこまで言ってるのなら、手伝ってあげたら?」
「お、おう」
佐藤もこれには圧倒されたのか、気を変えたようである。俺の方もジョーカーさんの気迫に圧倒されすぎてつい受けてしまった。
ったく、ここは万事屋じゃないっつうの。