やっぱ無難に書いたほうがいいな
「すみません、昨日宿題忘れたもので。持ってきました」
「初日から忘れ物か、感心せんなー」
「じゃ、僕はこれで」
「まあ、待て、読んですぐ返すから」
俺は、忘れた宿題を手に今職員室で椅子に座っている岸田先生の前に立っている。
職員室というのは生徒は少ないくせに先生だらけという完全アウェーな状態なので俺たち生徒にとってはずいぶんと居心地が悪い。
例の作文を提出して中身を見られる前にさっさと帰ってしまおうという目測だったのだが、見事に外れ、引き止められてしまった。
そう、俺は結局あの後作文を書き直すことなくそのまま持ってきたのだ。自分の信念を曲げることなく、堂々としてこその俺だ、そう言って聞かせて勇気をもってこの職員室に殴り込み、というわけだ。
先生は、俺の書いた作文に目を通し終えたようで、視線を俺の方に向けてくる。
「君はそんなに集団行動に恨みがあるのかね」
「いえ、違います。そこにも書いてあるように僕は少数派の人たちのことも考えて……」
「君の学校生活は、楽しいかね」
先生は俺の言葉を遮って尋ねてきた。ちょっと先生、まるで僕をその少数派にカテゴライズしたことを前提とした質問やめてくれませんかねー。
少しショックを受けた俺だが、それを悟られぬようあくまでも優等生らしく答える。
「いえ、楽しむ云々よりも、僕は学校は学ぶために存在するものだと認識しております」
「ならば、人間関係を生徒に学ばせるのも学校の教育の範疇でしょうが」
「げ、それは」
思わぬ反論につい言葉が詰まってしまった。そのことによって、会話の主導権があちらにわたってしまったらしく、先生は続ける。
「君、葛西君だっけ、部活は入っているの?」
「いえ、家でいろいろ勉強しないといけないので、そんな遊んでいる暇はありません」
「なるほど、家でだらだらしているだけね。ならちょうどいいわ。ちょっとこっちに来なさい」
なんでみんな、帰宅部というと家でだらだらしている印象しか持ってないかなー。誰だよそんな印象持たせた過去の帰宅部は。
俺も一般人の持つ帰宅部のイメージを壊さないために日々だらだらしなくちゃいけないじゃないか、もう、困ったなー。俺って、超人思い。
「ほら行くよ」
「え、あ、はあ」
そんなことを考えてボーっとしていると、先生に腕を引っ張られて、帰路とは別方向へ歩かされる。
「えっと、どこ連れていかれるんすかね。僕もう帰らないと。幼い妹が腹をすかして待ってるんで」
「まだ、四時にもなってないだろう。くだらない嘘ついてないでさっさと歩く」
あきれたように先生から軽くあしらわれて俺はしぶしぶ歩く。すると先生は第三教室の前で立ち止まった。
「ここだ、さ、入りなさい」
「は、はあ」
ドアを開け、部屋に入る。すると突然ある男が話しかけてきた。
「やあ、典明、どうしたんだい、入部希望かい?」
「え、あ、なんだお前か」
あまりにも突然の出来事で一瞬頭が混乱してしまった。その部屋には長机が一台置いてあり、そばにはいすが二脚置いてあった。そして、教室の隅には机やいすが複数積まれてある。
そして、長机の近くのいすに腰掛けてこちらにも動じずに本を読んでいる少女がいる。
背中にまでかかる長い黒髪に、孤高を感じさせるような雰囲気をまとった美少女。
俺は、この少女を知っている。中学入学当初から学年一の才女の名をほしいままにし、その美貌も相まって生徒の間から高嶺の花とあがめられていた。名前は……、覚えてないな。
「なんでお前ごときが、この少女と一緒にこの部屋にいたんだ?」
「相変わらずひどいなー、典明」
笑顔で典明は返してくる。なかなか強靭なメンタルの持ち主であり、それゆえになかなか追い払い難く、面倒くさいやつである。
「んんー、いいですか、あなたには今日から毎日この教室に来て、下校時刻の六時まで人生部としての活動をしてもらいます。」
先生からさらっと宣言され、小林もなんだかうれしそうに話しかけてきたが、ちょっと意味不明だったので小林を無視して、先生に突っかかってみた。
「え、ちょっとおっしゃってる意味が分かんないんですけど」
「学校生活だけでなく、その後の人生を充実に過ごすために訓練する部活、人生部。昨日、小林君に提案されてね」
小林はにやにやしながらこっちを向いてくる。おのれ小林め、厄介ごとばっかりもってきおって……!
「それで、彼女も人生部の部員ってわけですか。ってゆうか僕は入りませんよ。じゃ、もう帰るんで、あとは頑張ってください」
「まてまて」
「うえっ」
予想はしていたがやはりうまく帰れるはずもなく、襟を引っ張られて首が閉まった。く、苦しい。なので、いったん立ち止まることにする。
「君をこのまま社会に出してしまうのは教育者として無責任というもの。だから、私がいいというまでここで人生部の活動を通して自分を磨きなさい。これは命令です」
「今の俺はそんなにも社会不適合者ですか……」
いやー、先生の心配は伝わってきてありがたいといえばありがたいがそこまで言われると傷つくなー。ほら、俺って、ピュアな心の持ち主だからさっ!
「分かりましたよ、命令ならしゃーないっすね。これからよろしくお願いします」
「うん、素直でよろしい」
しぶしぶ承諾してしまったがまあいい。決まってしまったことをネガティブに考えても仕方がない。
そうだ! ここでは、あの高嶺の花、名前は知らんが、天才美少女とつながりを持つことができるじゃないか。そうそう、人間ポジティブに考えないと。
あっ、そういえば……
「あのー、入部したばかりで非常に申し上げにくいのですが」
「なんだ? 遠慮せず言ってみ」
先生が笑顔で上機嫌に答える。よし、この調子ならいけるかも。
「今日五時から放送される、パンダム、録画してないんで観に帰ってもいいですか」
「だめだ」
即答かよ……。先生はさっきまでの上機嫌が嘘のように変わり、真顔で俺の頼みをバッサリと切り捨てた。おいおい、さっきまでの上機嫌はどこに行きましたか……
「あ、じゃあ僕退部しまーす」
「……」
結局この後、強制入部させられ、退部も認められず俺は起動天使パンダムを見ることはかなわなかった。やっぱり、作文書き直しとけばよかったかも……。