俺の自己紹介は完成されている
学校に着いて、俺たち銀城高校の生徒は始業式に出席する。中高一貫校では、高校の入学式なんてその中で行われる軽い程度のものでしかない。まあ、そのほうがずっと楽なので俺的には好都合なのだが。
式を終えた俺たちは新たに配属されたクラスの教室へと向かう。
A組からE組まである中で俺の所属はE組だった。ちなみに、クラス分けが成績順に決められたりだとか、エンドのE組だとかそんなことは断じてない。
「はい、皆さん、席について静かにしてください」
一人の女教師が教室に入ってくる。
年は二十代後半といったところだろうが、金髪にツインテールと背の低さから年よりも若い、というかどこか子供らしい印象を第一に感じられる。
先生が入ってきたことによって、仲良し同士でざわついていた生徒は自分の席に戻り始める。教室全体が静かになるまで少し時間がかかっていた。
初めから席に座って一人で静かにしていた俺って、超優秀。
「このクラスの担任となった、岸田エリカです。一年間よろしくお願いします」
教卓に立って、先生が話し始める。よろしくーだとか、調子のいい男子生徒数名がふざけたように返事をした。はいそこ、そういうところで存在感アピールしない。
「私の自己紹介はこの辺にして、ここからは皆さんの自己紹介をお願いします。名前と一言」
「ええー、先生の自己紹介短くないっすかー」
そう、先生に陽気にかみついたのは尾崎翔太である。この男、中学のころからもこんな風で、クラス内からは人気だったものだ。
まあ、世の中のリーダーになっていくのは人に支持され、皆の先陣切って積極的に行動できる人間なのだろう。ちなみに俺はこういうタイプは嫌いだ。
だって、世の中のトップって、なんか根拠はないけどうさんくさいイメージあるじゃん。
それにしても、自己紹介。これは、ある人種には非常に苦痛なイベントだろう。
クラスの人気者、すなわちカースト上位者はたとえ下らんことを言ったとしてもクラスの皆からは反応してもらえる反面、俺のような、三年間で皆にぼっちと固く認識されている実績のある人間は、何か張り切って面白いことを言っても微妙な反応になり、場がかえって気まずくなってしまうのだ。
だが、この俺に関してはそれを乗り越えるすべを持っている。
そう、あれは、友達作りに中一で失敗し、それを取り戻そうとした中二の自己紹介の時……
尾崎『ええー、尾崎翔太っす。最近は、かっこいい俺なのになぜか彼女ができないことに悩んでるっす。一年間よろしくっす』
A『なんだよー、ナルシか、お前は』
B『自分でかっこいいとかないぞー』
C『そんなんじゃ、彼女一生できないぞー』
(よし、これなら俺も……)
俺『か、葛西典明です。え、えと、最近は、ぼ、僕って結構面白いほうだと思うんですけど、なかなか友達ができないのが悩みです。み、皆さん、これからよろしくお願いします。あは、あははは……』
A『……』
B『……』
C『……』
パちパチパチパチ 了
てか、少しくらい反応しろよABC。人によって態度変えるとか差別主義者かよ。
ま、とにかく、一度ついたイメージを覆すことなんてできやしないということだ。大事なのは分相応な行動。
わずか中学二年にして世の中の真理を知っちまった。まったく、俺って罪な男だぜ。
お、次俺の番か。尾崎はまたもやクラスの注目を集めているようだ。さすがだ。だがそれをまねしようとうぬぼれてはいけない。ここは無難に乗り切るべし。
「葛西典明です。一年間よろしくお願いします」
そう、俺はもう、皆にこびへつらってヘラヘラなどしない。真顔で堂々と。目立たない。これこそ、ぼっちに与えられた唯一の安全なレールなのである。
自己紹介は全員分終わった。別に中学のころとほとんど顔ぶれの変わらないメンツなのでさして変わったことはなかった。
しかし、この学校では内部進学するものに加えて、ごく少数ながら高校から編入してくる連中がいる。今年は十人編入してきて、E組には二人が入ることになった。その二人の番には盛り上がったものである。
一人は想像がつくだろう。そう、口先の魔術師、小林新である。もう一人は佐久間加奈という女子だった。
あんまりじろじろ見るとあれなのであんまり顔は覚えていないが、自己紹介を聞いていた限りでは、陽気そうで人が寄ってきやすそうな人当たりの良い印象を受ける。
小林の方はともかく、こっちのほうは特にかかわることはないだろう。
「典明、同じクラスだねー、よろしくー」
さっそく小林が話しかけてきた。まあ、優しい俺は、編入直後で心細いであろう小林に対して、会話くらい許可してやろうではないかー。
「よー、まさか同じクラスだったとはな」
「あれ、新君、もう友達できたのー、はやいなー」
茶髪のショートに整った顔立ち、笑顔でこっちに向ってくるその少女は佐久間加奈である。さすが小林、転校初日にしてもうファーストネームで呼ばれるまでになるとは。口先の魔術師、恐るべし。
「いえ、別に友達じゃないんで……。今朝バスで偶然知り合っただけで」
「もー、相変わらずひどいなー、典明は。あ、こちらは葛西典明君。自己紹介では印象に残らなかっただろうから、改めて僕から紹介するよ」
「おい、なんだその人を傷つけるだけの気遣いは」
なに俺の自己紹介さりげなくディスってんの。しかもちゃっかり俺のこと紹介しちゃってるし、お前は俺の母ちゃんかっつうの。
「あはは、面白いね、二人とも。あ、私、佐久間加奈、よろしくね、葛西君」
「お、おう、よろしく」
あまりにも久しぶりに笑顔で同い年の女の子に話しかけられたものだから俺としたことが動揺してしまった。いや、もしかしたら初めてかな。
しかし、この俺にはわかる。小林はどうか知らんが、佐久間に関しては優しさで俺たちに合わせているだけなのだ。決して本気にしたり、ましてや変な希望を抱いたりしてはいけない。
「ところで、二人は部活何に入るか決めた? てゆうかここ、何部があるのかな?」
「知らないなー」
「葛西君、中学のころからここにいるんだから知ってるんじゃないの?」
「佐久間さん、そんなこと聞いちゃだめだよ。典明は、帰宅部だったんだから、ね!?」
なんでお前は俺の過去を知ってんだよ。超能力者かお前は。
「俺は家でもっと有意義なことしてるからいいんだよ。ゲーム業界、テレビ業界など、日本の誇るべき文化を勉強してるから部活に入って遊んでる暇ないんだよ」
「それって、家でただゲームしたりテレビ見てるだけなんじゃ……。あ、いや、ごめん、何でもない」
佐久間はぼそぼそとあきれたように小声でつぶやいた後、両手を胸の前でぶんぶんと振って慌てて否定する。
聞こえてますよ、佐久間さん。まあ、その通りなんで反論するつもりないですし、謝れるのは美徳なんでどうぞ今後も大切にしてください。
「まあ、それはともかく、宿題回収だとよ」
持ってきたのは俺の自信作だ。妹からも特に具体的な批判もなかった非の打ちどころのない論文である。
「あれ?」
「どーしたの」
佐久間がカバンの中を探している俺を横から不思議そうにのぞいてくる。
「宿題の論文忘れた」
しまったー! 明日先生に直接もっていかんと行けないじゃないかー! 面と向かって感想言われるのか……。無難なものに書き直しとこっかなー……。