マカロン
マカロンをウチの店でも置くことにした。俺としては手がいっぱいだから気が気が進まなかったのだが、副店長の陽菜たっての願いで、毎日は無理かもしれないが、責任を持つという事だったので、店長の俺が折れた。
マカロンは好きだ。あの食感がたまらない。俺はチョコ味が一番好きで、子供の頃はチョコ味しか食べなかった。それでよくお袋に「チョコ味しか食べないなら、チョコレートを食べたほうがいいんじゃないの?」と笑われた。ケーキを選ぶ時も、マカロンがトッピングされているものがあれば迷わずそれを選んだ。チョコレートケーキの上にマカロン、などというケーキは俺にとっては神だった。いや、今もそうだ。
今はチョコ味以外のフレーバーも食べるようになったが、一番好きなのは、今でも変わらずチョコ味。
お袋がマカロンが好きだったので、時々ネットで取り寄せていた。いつも同じ店のものを取り寄せていたので、俺たちもすぐにそのショップの名前やパッケージを覚えてしまった。お袋宛の荷物がそこから届くともう、居ても立っても居られない。一個でも多く分けて欲しくて、その日だけは皿洗いをしてみたり、怒らせないように頑張っていた。
そんなある日のこと。いつもより大きな箱が届いた。いつものよりたくさん入っているのか?期待に胸が高鳴った。そしてお袋は手があくと、箱の前に張り付いている俺たちに言った。
「さてと。今回はたくさん買ったから、5個ずつ取っていいよ。」
「やったあ!」
いつも俺たちがもめないように最初に数を決めて、好きなフレーバーを選ばせてくれる。ただし特にこういうたくさんもらえる時は、俺がチョコ味ばかり取るのはご法度。「普段からチョコ味を優先しているのだから、陽菜もチョコ味が食べられるようにしてね。」と。そんなわけで、いつもより大きな箱の中から好きなフレーバーを5個選ぶ。それでも5個のうち3個をチョコ味、あとはコーヒーと抹茶、といった具合にチョコを多めに選ばせてもらえた。
「俺にも一個くれ。食べてみたい。」
俺たちがワイワイやっていたら親父が言った。親父は甘いものを食べないのだが、俺たちが夢中になっているので、食べてみたくなったらしい。
「はい。どうぞ。」
お袋が、どのフレーバーでも良いと言う親父の手にバニラのものを乗せた。
「これがマカロンか。」
手の上でしばし眺め、頬張る親父を三人で見つめる。きっと気に入るはず。いや、ちょっと甘いとか言うかな。しかし、数秒後に親父が発した一言は、あまりにも意外だった。
「モナカじゃん。」
「…。」
三人とも固まったのは言うまでもなく。…モナカって、以来、我が家では親父に誰一人としてマカロンをすすめることはなかった。
そんな思い出に浸っていたら、店の方から聞き覚えのある声がした。
「陽菜、朝日いるか?」
「あらお父さん。いるわよ。」
モナカ発言をした親父である。スイーツこそ食べないが、喫茶スペースでコーヒーを飲むために時々やってくる。お袋が死んで、一人暮らしなので、こうして顔を見せてくれるのは、俺たちとしても助かる。
慣れた足取りで空いている席に座った親父のところに水を運ぶ。
「いらっしゃい。コーヒーで良かった?」
「ああ。最近どうだ?」
「まあまあだな。ガトーショコラは変わらずよく出ているよ。」
「そうか。」
短いやり取りのあとは、ゆっくりとコーヒーを飲んでくつろいで行くのもお決まりだ。時々、帰りがけに知り合いへの手土産を買っていくこともある。
「朝日、持ち帰り用に頼みたいんだが。」
コーヒーを運んだ時に親父が言う。
「何が良い?」
「アレ、母さんの好きだったやつ。」
「ああ、マ…。」
「モナカ。」
「何個?」
ふざけて言っているようにも思えない様子に思わず苦笑する。まだまだ頭は元気なようだが、スイーツの名前を覚えるのは昔から得意ではない。
「いい加減覚えろよ。マカロン!」
「ハッハッハ!どうにも覚えられなくてな。母さんの好きそうなのを、5個くらい包んでくれ。」
「ハイハイ。かしこまりました。」
お袋に供えるためのマカロンを包みながら、コーヒーを飲む親父の姿をそっと盗み見る。
今日も元気そうで良かった。