ロールケーキ
ロールケーキというと、薄くクリームが塗られた生地がぐるぐると巻かれた、スポンジがメインのもの、クリームとフルーツがぐるりとスポンジで巻かれた、フルーツがメインのもの、クリームだけをたっぷりとスポンジで巻かれた、クリームがメインのものがある。
クリームよりもスポンジが好きな俺は一番目のスポンジがメインのものが好きだ。
ロールケーキといえば、なかなか思い出深いものがある。
俺が小学三年生、陽菜が一年生の秋の事、お袋が通う料理教室についていった時。俺たちはパン作り体験で、お袋はモンブランのロールケーキを作っていた。パン作りの合間にその様子をのぞきに行くと、お袋はプレーン生地、隣の生徒さんはココア生地が焼きあがったところだった。「どうしてウチのもココア生地にしなかったの?」と二人でたずねたら、モンブランにはプレーン生地の方が合うと思ってね、という答えだったが、それを聞いた隣の生徒さんがココア生地の切れ端を分けてくれて、すごく嬉しかったな。
俺たちのパンが焼き上がるまでの間、クリームを塗って巻き、デコレーションする工程をずっと見ていて、「ケーキ屋さんみたい!」とすごくワクワクした。どの生徒さんのケーキも先生のアドバイスを聞きながらキレイにできていく様子は、感動モノだった。
そんなある日、陽菜と留守番をしていた時に二人でロールケーキを作ってみることにした。家にたくさんあるお菓子作りの本を調べたら、ロールケーキのページを発見。お袋が帰ってきたらびっくりさせたかったんだ。しかし、出来上がったスポンジは失敗したチュイールのようだった。
「あーあ…。卵も一所懸命に泡立てたのにね。」
二人でがっかりしていた時に帰ってきたお袋に話したら、泡立てが足りない事が判明。ハンドミキサーがどこにあるかわからずに泡立て器でガシャガシャやって、少し気泡が混ざった状態でやめてしまったんだ。卵を6個も無駄にしたにも関わらず、お袋は「もったいなかったね。」と言っただけだった。そして翌日のこと。俺たちはキッチンに呼ばれた。
「リベンジしよう!ココア生地にしよう!」
そう言って材料を用意して作業が始まった。
「ハンドミキサーは、ここにしまってあるから。」
とハンドミキサーを出して、ドキドキの泡立てが始まった。せがむとハンドミキサーを俺たちに代わる代わるもたせてくれた。ボウルの中で全卵がどんどん白っぽくなっていく。
「よし、あと少しだよ。泡立てはしっかりね。」
「じゃあ、泡をつぶさないように混ぜて。」
お袋のアドバイスを受けて作業が進んでいく。昨日のとは全く別のものが天板に流し込まれた。
焼き上がった時は切れ端を三人で味見して、思わず笑みがこぼれた。
「さて、巻くよー。」
また少ししてから呼ばれてキッチンに入ると、クリームが2種類用意されていた。生地を冷ましているうちに用意してくれていたんだ。一つは溶かしたチョコを多めに入れた生チョコ風。もう一つは、庭で採れたブラックベリーの自家製ジャムを混ぜたピンクのクリーム。
「ちょっときつめに巻いてね。」
俺がチョコの方、陽菜がピンクのクリームでそれぞれ中心にクリームが多めになるように巻いた。ラップの上から、きつく、しかしスポンジをつぶさないように。お袋が「少し冷蔵庫で休ませてからね」と冷蔵庫に入れる。余ったクリームを味わったり、ゲームをしながら待ったが、いつもならゲームの1時間なんてあっという間なのに、この時はもういてもたってもいられない気分で、珍しくゲームに集中できず、長い1時間だった。
長い1時間ののち、ご対面したロールケーキは2種類とも絶品だった。チョコクリームはお袋の好みでブラックチョコを使ったのも良かったと思った。ベリーのクリームも甘すぎず、普段はベリーものを食べない俺も、これは美味いと思った。
そして気づいたら三人で完食していたので、親父には秘密にしようと後片付けをしながらクスクスと笑ったことは今も懐かしい思い出だ。
そうだ。生チョコ風ロールケーキだけでも店に出してみようかな。今度は親父に真っ先におすそ分けしてやるか。