ベリーのムース
「店長、ベリーのムース、ホールで予約が入りました。今夜のお渡しです。」
「そうか。時間は大丈夫?」
「大丈夫です。」
正午過ぎのこと。店先でのお客様との打合せを終えた副店長の陽菜からの報告に返事をする。陽菜は店では俺を店長と呼び、敬語で話すことを徹底している。
そして人当たりが良いので、オーダー品の打ち合わせは陽菜が担当することが多い。
ベリー類は俺は生のイチゴしか食べないが、陽菜はベリー類のスイーツがやたら好きだ。なのでベリー類は陽菜に任せてある。お袋もベリーのスイーツがやたら好きで、ケーキを買うときは、俺だけチョコレート系のケーキで二人は濃いピンクのケーキを買うということが多かった。
ここトゥールヌソルでは、ブルーベリーは、レアチーズのタルトの上にどっさりと盛ったレアチーズタルトや、ブルーベリーのムースをスポンジで巻いて、ホイップとともに生のものをトッピングしたブルーベリーのロールケーキを出している。
ストロベリーは、何よりイチゴショート。そして季節によってはムースも登場する。
そして今日のオーダー品はミックスベリーのムースのホールだ。ハートの形にして、トッピングは一任してくれたそうだ。
夕方までにまだ出そうなものを準備したり、明日の分の仕込みをしながら陽菜の様子にちらりと目をやる。作り置きしてあった、ラズベリーがメインのミックスベリーのソースがムースの生地を染めていく。見事なピンク色の生地が、底にスポンジを敷き詰めたハートの型に流し込まれていく。いかにも女性の喜びそうなケーキだ。なんでもサラリーマン風のスーツ姿の若い男性がプレゼントにオーダーしていったんだとか。恋人にでも贈るのだろう。
焼き菓子の仕上げを始める頃、ムースが型から外された。陽菜が上から横からチェックをしたのち、中央にふんわりとホイップをしぼり、色とりどりのベリーとアラザンが飾られた。ホールのケーキというと等分に切り分けやすいようにトッピングを配置することが多いが、今回のはサイズが小さめという事、お客様の話から、大勢で分けることはないという事で対照的になる配置をしなかったのだとか。
「店長、チェックお願いします。」
陽菜に呼ばれて足を運ぶと、まるでギフトボックスのようなピンク色のケーキが完成していた。光を放つアラザンに思わず笑みがこぼれる。さすが陽菜だ。
「いいね。お客様が喜んでくれるといいね。」
「ありがとうございます!」
陽菜は満足げにギフトボックスのようなそれを冷蔵庫に移動させた。悔しい事に、陽菜はなかなかのセンス持ち主なので副店長になってからケーキのデザインを一部変えたところ、そういうものは以前より売れるようになっているのだ。
「すみません。できてますか?」
夕方になり、例の男性客がやってきた。陽菜は、お待ちください、と声をかけ、オーダー品を厨房から運んできて男性客の目の前に運んできた。
「こちらでよろしいですか?」
「うわー。素敵だなあ。ありがとうございます!」
「では、お包みしますね。」
陽菜は男性客の笑顔にホッとした様子で箱に入れ、さらに持ち手付きのバッグに入れたものを手渡した。
「ありがとうございます!うまくいきそうです。…実は今日、彼女の誕生日で、プロポーズしようと思っているんです。」
「そうですか。喜んでくれるといいですね。」
彼は照れ臭そうに微笑むと深々とお辞儀をして店を出て行った。
「いいなー。ケーキのプロポーズ。」
夜になり、片付けをしていると陽菜が呟いた。もうスタッフが帰った後なので、普通の口調だ。
「嫁に行く気にでもなったのか?」
ちょっと複雑な気持ちで聞いてみる。
「なってない。ケーキのプロポーズが羨ましいだけ。」
「なんだよ、それ。お前、オトコできたらちゃんと会わせろよ。」
「お兄ちゃんこそ早くお嫁さん探しなよ。」
そんな事を言い合いながらも、本当に連れてきたらどうしようかと考えてしまった。まあ、こいつがお嫁さんというのも想像つかないが。
ピンクのハートが色々な思いをかきたてた夜だった。




