クッキー
型抜きクッキーが好きだ。絞り出すタイプのクッキーの方が本格的に見えるのだが、型抜きクッキーの方が食べるのも作るのも好きだ。
キャラクターものから、星やハートの形の大きめのクッキーは、アイシングやチョコペン、アラザンなどで飾り付けたものを個装し、1枚から購入できるようにしてある。
クッキーは、子供の頃よくお袋と妹と三人で焼いた。気がつくとお袋が生地をこね始めていて、こねる段階からやらせてくれとキッチンに乱入しては、お袋を苦笑いさせたものだ。お袋としては毎回、こねた生地を休ませて、型抜きの段階から声をかけるつもりらしかったが、俺も妹も最初から、それこそ計量の段階から一緒にやりたかった。サラサラの小麦粉とバターや卵、砂糖を混ぜるとフレーク状になり、さらにそれがまとまり、こねていくうちに手に付かなくなることが面白かった。
ある日のこと。小学生だった俺が塾から帰ってきたら、夕食を急いで食べろと言われた。何のことかと思いながら急いで食べ終えると、冷蔵庫から型抜き済みのクッキー生地を目いっぱい並べた天板を出してきた。
「さ、デコって焼こうよ!」
「最初から一緒にやりたかったよ…。」
俺のいない間に妹と二人で作業をしたことがなんだかさみしくて口をとがらせながらデコった。デコっているうちにどんどん楽しくなって、俺の機嫌も治ってしまったが。
「ねえねえ!このミッキー、不細工~!」
「そういうのは自分で食べなよ~。」
三人でワイワイとデコるのは、当時転校したばかりで、誰と遊んだら良いのかわからなかった俺達には、ちょっとした楽しみだった。今思えば、塾の宿題が多くて大変だからと、一番楽しいところを準備しておいてくれたのだろう。
バニラ生地、ココア生地、抹茶生地、時には紅茶生地の時もあった。当時は紅茶が苦手だったが、紅茶のクッキーは大好きだった。しかしなんといってもチョコ好きな俺にはココアが一番のお気に入りで、ココアばかり食べてしまって妹に文句を言われたことも数知れず。
うちの店にはバニラ生地、ココア生地がメインで気が向いた時だけ抹茶生地や紅茶生地が登場する。おかげで抹茶生地や紅茶生地は、お客様の間では幻のフレーバーという位置づけになっているらしい。そして今日は紅茶生地を店に出している。
「あ。今日は紅茶のがあるー!二袋買っちゃお!」
「私は三袋。見つけたら買っておいてって頼まれているの。」
などという声が店先から聞こえてくる。紅茶生地や抹茶生地を焼いた日の、耳慣れた会話。
「今日も幻に出会えなかったか〜。」
売り切れた後には、そう言いながらバニラかココアを買っていくお客様がいるのも見慣れた光景になっている。
しかし実は、本当の最後の一袋は俺の手元にある。いつもはこんなことはしないのだが、今日はお袋の月命日だから、お供えに持っていくことにしたから。紅茶が好きで、いつもアールグレイを好んで飲んでいたお袋は、マグカップの湯気の向こうで優しい笑みを浮かべていた。気性の激しい一面のある女性だったが、紅茶を飲むときの優しい笑みが好きだった。
俺は子供に返ってつぶやく。
「クッキー焼いたの。食べてみて。」