一つのエンディング
シリアス多めの要領を得ない長文が作者を襲う!
正気を疑われかねない発言をしましたが私は元気です。
どうも皆さま、一ノ宮いろはでございます。
今回は「常盤生駒」のことについて話しましょう。
彼女の記憶が私に流れ込んでくるようになったのは私が5歳の頃でした。
ちょうど王族としてのお役目について勉強している最中に、突然頭の裏で映像が再生されるように「常盤生駒」の記憶と、その時の感情が入り込んできたのです。
その時のことは今でも覚えています。
彼女も私と同じ5歳ぐらいのようで、幼稚園で文字の勉強をしているようでした。
知らない言葉に知らない文字、知らない風景が突然頭の中に知識として入ってきたのですから、普通は驚いたりするべきなのでしょう。
ですが、5歳とまだ幼かったからか私は初めて知る知識をどんどんと吸収していきました。
家庭教師から一対一で勉強を教えてもらっている私には、幼稚園という複数の子供が一緒になって勉強をしている光景も物珍しく興味を惹かれるものでした。
他の誰も知らない秘密を得た私は、普通の子供よりも急激に精神を成長させていきました。
そこらの子供の2倍の経験をしているんですから当然ですね。
経験が自我を成長させ、感情が自制心を育む。
身をもって理解しました。
そうして10歳になる頃には、國にいる同じ年頃の誰よりも賢く、自分を理解した振る舞いをしていました。家族などは私を天才だと持て囃していましたが、そんなことは無いと自分自身がよく弁えていました。
私はただずるをしているだけ。
皆が通るであろう道を早くに通っているだけだと。
そして、件の「常盤生駒」の記憶でも変化が起きていました。
「常盤生駒」が倒れたのです。
元々心臓病を患っていた彼女は、何度か発作を起こして入院していましたが今回の発作はそれらの比ではないほどに危険なようです。
彼女から流れてくる光景は、この時を境に変化することを放棄したようです。
奇しくもその日は彼女の誕生日前日でした。
それからの彼女の5年間は、白い病室と数名の看護婦、主治医、週に数度訪れる両親で彩られた味気ないものでした。
自身が死を待つだけの身だと悟った「常盤生駒」は入院するようになって間もなく、願い事を口にしないようになりました。
あれが食べたい、これを飲みたい、あそこに行きたい、これをしたい。
大きな願いも、ささやかな願いも、彼女は口にしませんでした。
しないだけで、確かに願いはあったのです。
口にしなければ何も願ってないのと同じですから。
入院が始まり、一年が過ぎました
――段々と口数が減り、食事も残すようになった
――元気のない私を心配した両親が外に連れ出してくれました。彼女はこうやって景色を見ることもないのだろうかと少し悲しくなりました。
二年が過ぎて――
――ベットの上で一日を終えることが増えてきた 表情を変えることもなかったせいか表情筋の動きが鈍い 最後に笑ったのはいつだっただろうか
――「常盤生駒」が笑わなくなって半年が過ぎました。彼女から流れ込んでくる感情もネガティブなものばかりになっています。「どうにかしてあげたい」という傲慢な願いに気が付いて自己嫌悪する。何様のつもりですか。
三年が過ぎて――
――今日もカウンセラーがやってきて色々と質問してきた 何故私に聞くのだろう 何故私に構うのだろう 何故私なのだろう なんでわたしが……
――「常盤生駒」の感情に引きずられるようにして私もここ数か月部屋に引きこもってしまった。違う、この感情は私じゃない こんなの私じゃない ――違う、それが違う。彼女も私だ。この負の感情も、それを肯定しようとするこの願いも、すべてが私だ。そこを間違えるな。
四年が過ぎて――
――指先を動かすのすら億劫になってきた 声も食道につながるチューブが邪魔で碌に出せない 見ないで こんな私を見ないで こんな醜い私を――
――部屋に引きこもるのを止めてそろそろ一年が経つ。止めた直後は後れを取り戻すようにひたすら勉強や魔法の訓練などをしていた。そうやって考える暇を作らなければ彼女の感情に引きずられることもないから。それも最近は大人しくなり、以前のように彼女の感情がダイレクトに流れてくる。
どうか自分自身を嫌わないで。
この願いがどれだけ傲慢なのか、周りの大人よりはよく分かっているはずだ。
そして五年が過ぎようとしていた――
彼女が横たわるベットの周囲では延命装置が威圧するように存在感を放っていた。
それに囲まれる彼女は、「辛うじて生かされている」という表現が違和感を生まないほどの様だ。
考えることを放棄して、生きるための望みを投げ捨てて、それでも「生きてほしい」という願いを叶えるために「生かされている」彼女は、
それでも一つだけ、たった一つの「願い事」を捨てることは無かった。
だから、今度は一ノ宮いろはが願う。
――どうかその願いを口にして どうかその思いを言葉にして どうかその最期の感情を私にちょうだい
――この願いは私だけのもの この思いは私だけのもの この感情は私だけで終わるべきもの
――どうか私だけでいいから どうか私にだけでいいから 他の誰にもあげないから
――この願いは誰にも知られたくない この思いは誰にも知られたくない この感情を誰かに知って欲しかった
――どうか どうか どうか
ただ、生きていたかった 生きていたかった いきたかった
――――やっとわかった あなたのその想いをやっと理解できた あなたのその嫉妬をやっと受け取ることが出来た
――やっと分かってくれた やっとこのおもいを理解してくれた やっとわたしは嫉妬せずにいられる
ありがとう《私》
ありがとう《わたし》
その日、私は10年来の友人を亡くした。
生まれて初めて流した涙はやっぱりしょっぱかった。
かくして願いは少女に愛される
消えゆく魂に傲慢な幸福を
歩みだす自我に幸福な嫉妬を