青春って怖いんです。
私の名前は湯浅涼子、今警察の事情聴取を受けている。
「で、君があの男に閉じ込められて、乱暴されたことは間違いないんだね?」
中年で、白髪の、少し怖い顔つきをした警察官のおじさんが私に聞いてくる。
「だから、違うんです。私が無理矢理、ヒロ君の家に入り込んで、それで興奮した私がなかなかに奇天烈なことを言ったもんだから、あの人動揺しちゃって……。」
私がヒロ君に暴行された原因は、完全に私自身にある。ヒロ君を一方的に好きだった私は勝手に彼の家に浸入し、そこで想いの全てを伝えた。突然のことで訳がわからなくなってしまった彼は思わず私の頭部を殴ってしまったのだった。だから、私はヒロ君のことを微塵も恨んでなどいない。
だって彼は……私に……告白もしてくれたし……。
「それで、思わずあなたの頭をバーベルで殴ってしまったと。」
「はい。だから、彼を許してあげてください。彼は何も悪くないんです。それに、私、結果的には彼に殴られて血だらけで倒れてたんですけど、実はその前に彼に付き合いたいって告白されてるんです。だから、ここを出たらもう一度彼のもとへ行って、お付き合いをしようかと。」
警察官は頭を軽く掻いている。そして、怪しむような視線を私に向けてきた。
「付き合いたいって言われた……?殴られる前に?なら、普通殴らないだろ。それに彼、中村広の事情聴取をやったとき、中村は君が家に突然押しかけてきて、意味不明なことを言い出したから怖くなって、床にあったバーベルで殴ったと供述していた。君に告白したなんて、一度も言ってなかったんだが。君の勘違いじゃないか?」
私は、その警察官の言葉を聞いて激怒した。
「は?何言ってるんですか?あなたに、ヒロ君の何がわかるって言うの?そりゃ言わないでしょうよ。なんであなたに言わなきゃいけないのよ。ヒロ君は、私だけに言ってくれたんです。付き合いたいって。いい加減にしてくださいよ!」
「そ、そうか。それは悪かったな‥‥。まあ、今回は男女のいざこざが原因ということだから、中村弘は釈放という形にするよ。何よりも、被害者であるはずの君が一番否定しているわけだしね。」
警察官のおじさんは自分の言動を少し反省したようだ。とりあえず、状況を把握してくれたみたいなので、私は安心した。これでまた明日からヒロ君と会える。
「ただ‥‥少し問題があってな。」
「なんですか?」
まだ何かあるのかと、私は少し不機嫌そうに答えた。警察官のおじさんはどうにも罰が悪そうだ。
「君、確かに被害者だよ。被害者なんだけどさー。どうも被害者っぽくないというか……。」
「はあ?私が加害者だとでも言うんですか?」
警察官のおじさんは少し苦笑いしながら。問いに答える。
「いや、加害者であるはずの中村広がね。もう君に二度と会いたくないって言うんだよ。警察に君から守ってほしいってさ。」
「はあああ!!?」
「まあ、落ち着いて!……だって君、中村広の家に無理矢理入り込んだんだろ。全くの他人だったのに。その時点で住居不法侵入だよ。それに何より、中村広はあのとき複数の怪我を負っていたんだ。怪我の内容は、頭部の打撲と両足の一時的な麻痺だ。普通に考えれば、君が中村の家に侵入し、監禁しようとしていたんじゃないかって推測がつくんだよ。……だが、中村はそれについて、決して答えようとはしないんだ。たぶん、君を庇ってるんだと思う。」
私は警察官の言葉を反芻させ、状況を思い出してみた。確かに私は、ヒロ君の後をつけて家に一緒に入ろうとしたとき、あまりにも拒絶されたため、思わず鞄の中にあったゴム製のバーベルでヒロ君を殴って気絶させてしまった。そして、ヒロ君をベットに寝かせた後、たまたま鞄の中にあった麻酔薬を注射器でヒロ君の両脚に投与し、ヒロ君の安静を図っていたのだ。
「そうか……よく考えたらヤバイことしてましたね。じゃあなんで……。なんで、ヒロ君……私を庇って……。」
私は、ヒロ君の優しさが心に染みて涙が出そうになる。しかしそんな私の顔を見ようともせず、警察官のおじさんは即答する。
「君が怖いんだろ。」
「……は?」
おじさんが何を言っているのか、私には理解できない。
「君やっぱり、話聞いてても異常だよ。自分で認識した方がいい。で、そんな君に出会って中村広は考えたわけだ。君と二度と関わりたくないって。それで、一番いいのは、君を訴えて刑務所に入れるってことなんだろうけど、学生の君を刑事裁判で訴えたとしても、少年法ですぐ釈放されるのは想像がつくからね。そんな君の恨みを買うことより、事態を穏便に済ませて、警察に守ってもらいながら、君と一切関わりなく生きる方がよっぽど安全だって考えたんだろうさ。だから、私達もこの事件を深くは追求しないよ。君も今回ので少しは反省をして、もう中村広と関わるのはやめておくんだね。これは、中村広から君に対してのメッセージでもあるんだから。」
「そ、そうだったんですか……。でも。」
私は警察官のおじさんを真っ正面から見据える。
「でも、それってあなたの想像ですよね?」
「えっ。いや、中村広の……。」
大丈夫。私は決して揺るがない。そんな適当な予想に、私の恋路を邪魔されてたまるか。
「ヒロ君がそんなこと言いましたか?」
「いや、言ってはいないが……」
「じゃあ、ただの想像でしかない!!」
警察官のおじさんは目を見開いて呆然としている。
「いいですか。確かに私はやりましたよ。ええやりましたとも。でもね、あのときの私達には、そんなこと関係無くなるぐらいの深い絆が芽生えたんです。私に二度と会いたくない、警察に守ってほしい、とヒロ君が言うのは、私に罪悪感があるからですよ。」
「えっ。どういうことだ?」
警察官のおじさんはどうやら、かなり察しの悪い人間らしい。
「もうっ。いいですか。彼、私に告白した後、訳がわからなくなって、私の頭を血だらけになるまで殴りましたよね?」
「ああ、それは間違いないな……。」
「でしょ?そりゃ、私に会うのは気まずいでしょうよ。血だらけになるまで殴ったんですよ?自分が人生で初めて暴行を加えた相手ですよ?そんな相手に、あなた会えますか?」
「えっ。……いや、会えないな……。」
警察官のおじさんは私のヒロ君への思い圧倒されたのか、どこか腑抜けた表情をしている。
「そうですよね。暴行を加えてしまった私になんて、気まずくて会えないでしょう。つまり、私に会いたくないんじゃなくて、会えないんです。気まずくて、私のことを思って、会えないんですよ。私を怖がってるんじゃなくて、私に申し訳なさを感じているんです。」
「ああ。……」
「それと!」
「まだあるのか!?」
警察官のおじさんが今度は精気を取り戻したかのように、反応を示す。
「ヒロ君が、警察官に守ってほしいと頼んだ理由は、私から守ってほしいのではなく、今後出てくるかもしれない、ヒロ君を狙う危険な人間から守ってほしいと言ったんです。ヒロ君は、私との出来事があったおかげで、初めて命の危険を感じたんです。そして、今後、もう二度とこんな目に会いたくないと思った。だから、警察に今後出てくるであろう新たな危険な人間から自分を守ってほしいとお願いしたんです。」
「う、うーん。」
警察のおじさんは首を大きく傾げる。
「なんですか。その態度?」
「いや、なんでもありません……。」
「つまり、私から守ってほしいわけではないんですよ。私を避けているわけではない。本当は会いたくてしょうがないんです。当然ですよね。だって!ヒロ君は私に会って、謝りたいと考えてるぐらいですから。さらに言えば!」
「はあ……。仕方ないから、最後まで聞こう。」
警察官のおじさんは、なぜだか少し呆れた感じだ。自分自身の推測力の無さにほとほと嫌気がさしたんだろうか。
「警察官に守ってほしいっていうのは、あっこれはちょっと予想になっちゃうんですけど……。ヒロ君が私と仲直りして、付き合うことになった後で、私とヒロ君の二人を!……他の悪い奴等から守ってほしいってことだと思うんです。まっまあ、これは予想ですからね……。たぶん合ってる気はしますけど!アハハハハハ!」
私は思わず甲高い声で笑ってしまった。その後の警察官は、「そうか……。」とだけ呟いて、そのまま事情聴取は終わった。
最後に私が部屋から出るとき、警察官のおじさんがぽろっと溢した独り言が、少しだけ印象に残っている。
「……青春って怖いなー。」
そうです。おじさん、青春って怖いんです。
私の青春はまだ始まったばかりだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この小説は「なんだこいつ。」という作品の続きを書いたものです。もしよかったら、そちらも読んでみてください。