3 美しい店員
カランカラン、と気持ちよく鈴が鳴る。後ろ手にドアを閉めると、正面にレジを置いたカウンターが見えた。カウンターの横には二階に繋がる小さな階段がある。
そして、そのカウンターに頬杖をついた女性を見かけ、立ち止まる。
女に興味のない蛍でも、ハッと息を呑むような美しい女性だった。
ポニーテールにした金髪は、照明に照らされ、きらきらと輝いている。鼻も唇も薄く、肌は白い。袖をまくった腕の先の指は、細く長かった。
そして、そんな魅力的なパーツを持つ女性は、さもつまらなさそうにあくびをしていた。
清廉な雰囲気を持っているのに、仕草はかったるそうで、ようやく開いた薄茶の瞳は眠そうだった。
「いらっしゃーい」
予想より低い声に会釈すると、初めて彼女と目が合う。すると、驚いたように目を見開かれた。
「なんだ、生者じゃないか。何しに来たんだい」
その言葉にどういう事だと立ち止まっていると、女性はレジを抜けて、カツカツと近づいてくる。足元はヒールで、黒色のシンプルなものだった。
ここの店員なのだろう。どうやら店のものらしいエプロンを上に、ラフなTシャツとジーパンを履いていて、全体的に地味。外見に似合わず、服装は控えめなのが意外だった。
「ふうん、案外良い男じゃないの。顔はそこそこ。背も高いし」
「はあ……?」
距離は僅か五センチほどまでに近づいてきた彼女を見て、首を傾げる。あまり人の事は言えないが、外見で何かを判断されるのは気分的に良くない。それに、蛍はあまり自分の顔を良いと思った事はないのだ。
「力は……、かなり強い方か。ま、そうだろうね、この店に入れたんだし」
一人でうんうんと自己完結する目の前の美人は、よく分からない事をぶつぶつと呟いていた。しかし、その表情は何処か楽しげで、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。
接近して来た女性をどうしていいか分からず、ひとまず一歩引いて店内をぐるりと見まわした。
中はあまり広くない。コンビニより一回り小さいくらいだろうか。しかし、壁の隅に並べられた棚は数多く、品物は豊富に見える。
棚には様々なものが並んでおり、あまり統一感はない。しかし、それぞれの雰囲気は揃っていて、不思議と違和感を感じなかった。ガラスの小瓶の隣に大きな本。ヘアゴムらしきものからペンダントまで、何でも扱っているようだ。
加えて照明がオレンジの温かい光で、商品がそれらに照らされているのを見ると、何故だか心が落ち着く。全体的に雰囲気の良い店だった。
「ここは雑貨屋ですか?色々なものが並んでるみたいですけど」
「ん?ああ、そうだよ。少し変わってるけど、雑貨店さ。アンタも何か欲しいのがあるなら見ていきなよ。結構良いと思うよ」
「そうですね、ちょっと見させてもらいます」
店員に会釈をすると、店内を見て回る。彼女はレジに戻って、先ほどと同じ姿勢であくびをしていた。余程暇なんだろうか。
時折背中からあくび混じりの声と視線を感じながら、店内を堪能する。
そういえば、新しいかごが欲しいと思っていた所だ。自宅のテレビのリモコンを入れているかごが、落とした拍子に割れてしまったのを思い出す。百円ショップよりも壊れにくそうなものを探そうときょろきょろと辺りを見回した。
「……あった」
入口の近くに並べられた小さなかごを見つけ、移動する。
自然と手に取ったそれは、紐が金属で出来ており、中央には月の形をした黄色の石がはめ込まれている。石の周りには、その造りに合わせたシンプルなフレーム。
実にデザインの良いペンダントだった。
「ペンダント……?」
おかしい。自分が近くで見たかったのは隣のかごだ。黒くて、シックで、使いやすそうな、いかにも自分好みのもの。
なのに、今手に取っているのは普段興味を示さないアクセサリーだ。しかも、月。彼は月とかいう神秘的なものよりも丸とか四角とか、ありふれた形の方が好きなのだ。
それなのに、どうしてだろう。
このペンダントに、とても興味を惹かれる。欲しい、と思う。今必要としているものではないのに。普段の彼なら、絶対に欲しがらないものなのに。
「探し物は見つかった?」
いつの間にか、先ほどの店員が後ろに立っていて、営業スマイルを浮かべていた。その笑顔に含みがあるのに気付かず、蛍は手に持ったペンダントを凝視する。
「いや……別に、」
見つかってないです、と言いかけて、口を閉ざす。言えない。むしろ欲しい、これ、いくらですか?と聞きそうになる。
そう、まるで強制的にそうさせられているかのように。
「へえ、それがアンタの探しモノ。ふうん、そういうこと」
店員は頷くと、ニタリ、と笑う。先ほどの営業スマイルとは違った、悪戯をするときのような顔だった。
「はあ、どういうことですか、何かあるんですか」
出会ってから謎の発言ばかりの彼女に問いかけると、そうだねえ、と曖昧な言葉が返って来る。どうにも煮え切らない態度に、ムッとした彼は、ひとまずペンダントを元の場所に戻そうとする。
しかし、次に取った行動は、レジにそのペンダントを持って行くだった。
「何だこれ……!」
そんな事をしようとしたつもりもないのに、身体は勝手に動く。恐ろしくて背後の店員を振り返る。何かしたのか、という視線を投げると、何も知らないというようにわざとらしく口笛を吹いていた。
そんな時だった。
レジの横にある階段から足音がする。それに視線を移すと、誰かが下りてくる途中だった。
「美代さん、お客様が来たの?」
瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われる。随分前に味わったことのあるような体験に、彼は階段を呆然と見つめた。
すると、その人物はようやく姿を現す。
色素の薄い髪を右肩に垂らし、地味なシャツ。夏だというのに長袖のカーディガンを羽織り、ロングのスカートをはいている。女性はきつく目をつむって、それでも背後にいる店員――美代に顔を向ける。
そして、その女性の周りには、七人ほどの幽霊がまとわりついていた。この光景、最近見た気がする。いや、忘れられるわけがない。
三日前、肝試しの日程を決めた帰りに、彼女を見たではないか。
「あんた、こないだ大学に居た人……」
思わず口に出してそう言うと、目をつむった女性はビクッと肩を揺らす。それに合わせて七人の霊達もざわざわと動く。霊達は何か言っているようだが、あまりにも小声で何も聞こえない。
「もしかして、生きてる人……?」
その言葉に、顔を引きつらせる。やはり、彼女も霊感があるようだ。だがしかし、霊よりも生きている人間に怯えるのはどういう訳か。それよりもあんたの周りの霊を怖がったらどうだと言いたくなった。
「そうそう、なかなか見込みのある奴かもね。もしかして、アンタ光矢大学の子かい?」
「ええ、そうですけど……」
頷いて、霊にまとわりつかれている彼女をちら、と見やる。一番前に居る露出の多い服をした女性の霊が、彼女の服の袖を掴んでいる。真後ろに居る顔の見えない霊は、彼女の背にぴったりと寄り添う。他の霊達は彼女を囲むように佇んでいる。時折身体に触れているのを見ると、彼女を哀れに思ってしまう。
おかげで、いつもは放っておくのに、気づくと口に出してしまっていた。
「あの、そんなに霊に取り憑かれて、大丈夫なんですか。さすがにお祓いに行った方が、」
その言葉に真っ先に反応したのは美代だった。蛍の言葉を聞くなり、ぷっと吹き出して女性を見る。すると、周りに居る霊達がこれまで以上にざわめき、それぞれが怒りの表情をしていた。
何か、まずい事でも言ったのかと冷や汗をかいていると、美代が笑いながら違うよ、と否定した。
どうやら、彼女も見える人らしい。
「あれはね、この子を助けているんだよ。あの子達が居なきゃ、雪月は生きていけないの。だからお祓いの必要なし。分かった?」
その言葉に、霊達を見る。
そして、しばらく呆然としていると、彼らしからぬ素っ頓狂な声が出る。
「はあっ!?」
蛍の大きな声と、店のドアに備え付けられた鐘が鳴ったのは、同時だった。