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終 幽霊雑貨店へようこそ

 フレグランス。天使の置物。折り紙で造った、鶴の立体フィギュア。何だかよく分からない形をした、サボテン。

 一つ一つ、商品として、不備がないか、確認をする。いくらいわくつきといえども、お客様にお渡しするものであり、丁重に扱わなければならない。

 ……とは思ってみたものの、蛍は早々にその考えを取り払った。

「美代さん、帰っていいですか」

「だーめ。大板が来るまで、ダメ。ていうか、話があるって言ったでしょー?」

 午後十一時。幽霊雑貨店が開店するまで、後一時間。

 そんな中、蛍は、朝方終えた美弥の件について、報告がてら、店にやって来た。

 雪月はあの後こっぴどくやられたキーちゃん達を心配して、店に帰り、大学には出席しなかった。幽霊は、悪霊に攻撃されると存在が消えかかってしまう、というのは初めて見た。蛍も一応の心配をしつつ、講師室を後にして、講義に参加。

 昼食時に見かけた大倉に付き添う美弥の姿は、すっかりクリアで、普通の女性だった。

 悪霊だった面影は、完全に消えていて、今まで苦労して来たこちらとしては拍子抜けの結果。それでも、二人が幸せなら、それでいいかと自己満足に浸った。

「大板さん、いつ頃来るんですか。気付いたら大学に居なくて……」

「元々あいつ部外者だし、昼間は他の仕事してるから、急いでたんじゃない?木製の指輪、届けに行っただけだし」

 そうだ、あの木製の指輪について、後々雪月に聞いてみた。あれは一時的に霊感がない人でも幽霊が見えるようになるものだそうだ。なかなか便利な世の中だと、少し老人じみた考えをしてしまうのは、仕方ない。

「一〇時半には来るって言ってたけどね……遅い」

「遅すぎですよ。大板さんって、いつも遅れてませんか?」

「だって遅刻魔だもん。絶対守らないから、覚悟しな」

ドヤッと音がしそうなほど得意げに言われても困る。遅刻魔って、それは大人としてどうなんだ。

「ごめーん、遅れちゃった」

 噂をすれば、何とやら。

 鈴の音と共にやってきた大板は、申し訳なさそうに、そして笑いながらのこのこ入ってくる。美代も慣れたのか、遅い!と一言怒鳴るものの、その後は普通に話を始めた。

 本当にこんな人達がこの店を経営していて大丈夫なのか、不安になってしまう。時間ってものは、もっと気にした方がいいのでは。

 そんな中、だいぶ回復したのか、キーちゃんが一人で雪月を連れて階段を降りてくる。ゆっくりとした足取りは、どこか優雅で、ちょっとだけ見惚れた。

「よし、雪月も揃ったし、開店前のミーティングね」

「……帰っていいですか?」

「ダメ」

 その一言に、蛍は項垂れた。何故だ。自分は従業員じゃないぞ。しかも即答って。

「あのね、アンタ今日何したと思う?」

「……はあ?何をしたと言われても、普通に生活しました」

「アホか!してないよ!大板も、それどころか雪月も見たんだからね!」

 その言葉に首を傾げる。はて、何か目立つ事でもしただろうか。彼は目立たない一生を貫いているはずなのだが。

「どうも、アンタが雪月と手を繋いだまま、大倉と手を繋いだらそいつと美弥の過去を映しだしたそうじゃないか。しかも、その場に居る全員に」

「……ああ。あれ。確かにおかしいとは思ってましたが」

 そういえば、気にはなっていた。いきなりセピア色の景色が流れ込んできて、映像が始まる。B級映画のようなシーンは、大倉の過去で、蛍は彼になった気分だった。

「あの時、どうして手を繋いだんだい?」

「あれは……、何故か、そうしなきゃって、思って。雪月の手を離して向かうとか、まずそういう事も考えられなくて、衝動的に」

 そう、この場にいる三人のように、何かが出来る気がして。なんとなく、だった。

「……なるほどね。この店が、導いた結果、か」

「運命、です」

 追従する雪月にまさか、と否定した。運命なんて、そんな、あるものか。この店がおかしくて、不思議な所だとは、知っているけれども。

「まあ、この店がインチキじゃない事は分かりました。ありがとうございます」

「いやいや、それは全然。こっちとしても、見事な情報が得られたし」

 うんうん頷く大板を余所に、蛍は首を傾げた。情報、とは、どういう事だろう。

「盲目に視界を与える。周囲に記憶を見せる……ううん……」

 美代は一人で頭を抱えるように唸っている。彼女は割とあっさりした性格ゆえに、悩んでいる姿は意外だった。良くも悪くも、能天気に見えるからだ。

 そして、しばらく美代が悩む姿を四人で見守る。雪月が膝の上に手を置いて、ぼーとしているのを、キーちゃんが慈しむような目で見ていたのに気付いたのは、きっと蛍だけのはずだ。

 消えかけたというのに、それでも元気そうに、そしてやはり雪月を過保護にしている彼女は、一体どんな経緯で雪月と知り合ったのだろうか。聞いてはいけないようなその疑問に思いを馳せていたら、そうだ、と大板が声をあげた。真っ先に話をする美代が黙っていて、その場の空気に耐えられなかったに違いない。

「美弥さんはどうだった?僕、すぐ帰っちゃったから様子が分かんなくてさ」

「ああ、それならあの後普通の浮幽霊に戻ってました。瓶の色も赤に変わってて、もう大丈夫そうですよ」

「へえ。それは良かった」

 ホッとしたように言う大板に、蛍は深く頷く。そうだ。あのまま美弥を悪霊のままにしていたら、どう なっていた事か。真っ先に殺されていたのは蛍なのだから、大板が助けに来てくれて、助かった。

 美弥も幸せそうな顔をしていたし、大倉も憑き物が落ちたように穏やかさを湛えていた。これで、この件は万事解決、ということか。

 だが、蛍には気になっている事がいくつかある。そして、そのいくつかは、ここに居る従業員達が知っているはずの事だった。

「成仏は、しないんですね」

 ぽつり、呟いた言葉に場の空気が冷え切った気がした。目を閉じて考え込んでいた美代でさえ、片目を開けて、訝しげにしていた。そんな当たり前の事を、今更、とでも言うように。

 だが、それでも聞かずにはいられなかった。霊感と十年以上付き合い続けた彼には、幽霊の常識をある程度掴んでいる。だというのに、その常識から外れた結果になっているのは、一目瞭然だった。

 そう、幽霊はふつう未練がなくなれば、成仏するはずなのだ。それは、霊感あるなしに関わらず、世間一般でそうだろうと認識されている事である。

 だが、どうしてか美弥は、消えなかった。クリアになって、大倉と共に居た。

「私、愛川さんに何度も言いましたよ。死者には、死よりも安寧を与えなければならないと」

「その通り。それはこの店の方針だって、何度も言ったはずだ。だから成仏はしない。いや、させない」

「死者には、生きていた時よりも幸せなライフを送らせる、そういうことなんだよ」

 三人が口々に言うから、蛍は少しだけ戦いた。いつも和気あいあいとしている人達だが、何故か店の方針の事になると、怖いくらいに口をそろえて揺るぎないものを示す。それには、何処か狂気染みたものを感じてしまう。そんな時、彼ら彼女らに、何か果てしない壁を感じる。それは、超えようのないものである気がした。

「ま、成仏させないにはちょっとしたコツが居るんだけどね。それは内緒さ」

「企業秘密ってやつですか。それなら、もう一つ聞きたい事が」

「何だい?」

「何故、美弥は俺を選んで取り憑いたんでしょうか。何故、美弥は悪霊になったのでしょうか」

「一つじゃないじゃんか。バカ」

「まあまあ。それは僕が説明しよう」

 大板は苦笑して、美代を宥め、落ち着かせた。優しく響く低い声は、がさつな美代でさえ、効果を発する。やはり彼の正体も気になる一つだ。

「まずね、美弥さんが何故悪霊になったか。それには、随分前に亡くなったのに、何故今現れてこうして動いたのか。そう言う事だね」

「はい。そうですね」

「それは僕の推測でしかないけど、指輪が原因だ」

「……指輪?」

 指輪、と言えば木製のものと、大倉が見つけたものがあったはず。となると、それは後者だろう。

「指輪を大倉先生が見つけて、美弥さんとの約束を思い出した。そして後悔したと言っていました。だから彷徨っていた美弥さんは、それに影響を受けて、悪霊になった。そういうことなんです」

「なるほどな」

 今まで生活の片隅でぼんやりと思い出す存在だったのに、いきなり後悔という重苦しい感情に引きずりまわされるようになった。記憶をしまいこんで彷徨っていた美弥は、それに答えるかのように、生前を思い出して、悪に染まった。

 幽霊ならではの理由に、蛍は短く息を吐いた。そうだ。こんな、なんでもないようなものから、やがて生死に関わる事に発展するのは、死者だろうが、生者だろうが、変わらない。

「それで、蛍くんに取り憑いた理由ね」

「はい。気になっていたんです。朝方話していた口ぶりからして、何か知っているんじゃないかって」

「単純な話だよ。君が“視える”人で、最初に美弥さんと目を合わせてしまったからだ」

「……は?いや、そんな、単純な」

「幽霊ってのは、単純なものなんだよ?それはよく視える君が知っているだろう」

 そう言われて、口を閉じた。大板は、何も間違った事を言っていない。

 そう、幽霊の行動は、あまりにも単純である。それは、視えていて、何度か悪霊に取り憑かれた経験がある彼ならば当然身をもって知っている事だった。

 盲目的であるが故に、極端。

 周りが見えていないのに、目的だけはしっかり覚えるているものだから、無関係の人を巻き込む。

 そんなの。

「知ってますけど……」

 もごもごと言いようのない感情を口の中で転がす。違う。確かに言っている事は正しいはずなのだけれど、もっと、決定的な理由がある気がした。

「納得してないみたいだけど……、世の中なんて、そんなものだよ。いつでも自分が納得して理解できるものばかりではない。特に幽霊という、不確定な存在の前では」

「ええ。そうでしょうけど、どうにももやもやするというか、」

「なら納得できるような理由をあげようか」

「理由を?」

 いきなり何を言い出すのだろう。訳が分からず、自然と美代と雪月に視線を向ければ、二人は思い思いに頷いて、そうしてやりな、とでも言いたそうだった。これでは言い下がらない自分が子供のようではないか。

「これもまた、僕の推測にしかすぎないけど。きっと、君は昔の大倉さんに似ていたんじゃないかな」

「俺が?あの先生に?」

「そう。君に見せてもらった過去で、思ったんだよね。今でこそあんなに人好きのするような雰囲気の人だけど、昔はかなり澄ました表情で歩いてたんだなって。そっくりじゃない?君に」

 穏やかな顔して結構きつい事を言うんだな、という感想は置いて、蛍は頷く。まあ、確かに自分は淡白で、年齢に似つかわしくないくらい、澄ました表情で歩いているという自覚はある。

 言われてみれば、昔の大倉もそんな風だった気がする。ぼんやりと記憶を辿っていたら、まあそんなものか、と自然と納得している事に気づいて、苦笑した。

 まんまと大板の口車に乗せられた。それこそ本当に子供のようだ。

 だが、すっきりしないよりかはマシだろう。

「だいたい分かりました。ありがとうございます」

「ふふん、理解したところで蛍にいい事を教えてやろう。店長命令だ、よく聞きな」

 椅子に座っていたはずの美代が、立ち上がって胸を張る。何か嫌な予感がして、聞きたくないです、と答えれば完全に無視された。少しくらい人の話は聞いてほしい。

「アンタは、今日からここで働く事になりました」

「却下で」

 即答すれば、頬をぷくーっと膨らませたリス顔の店長が返って来た。子供か。

「こっちも却下!もう決めたんだから」

「自分勝手すぎます!俺は依頼者であって、従業員になるために来たんじゃないんですよ!」

「でもアンタは雪月にかけがえのない存在となるよ?そして、死者と生者に繋がりを持たせるきっかけを持っている気がするんだ」

「根拠は」

「その能力だ。霊感に限った事じゃない。この数日間で、雪月の事を含めて発揮した、原因不明の数々。それは、この店にとって、必要な事となる」

 雪月と、幽霊の人生を共有すること。雪月に視界を与えること。そして、生者の過去を、映しだしたこと。

 その不可解な現象は、全て雪月が居てこそのものだった。だから、彼女にとっても、店にとっても、蛍は必要不可欠な存在と成り得る。

 だから美代は、この雑貨店で働けというのだ。

「でも、俺にも断る権利はありますよね?だからナシにしてください」

「それが出来ないんだなー」

「はあ?」

 してやったり、とでも言うような顔で美代は、ビシッと指をさす。その方向は、蛍の胸元を刺しており、一体何の事か見当がつかなかった。

「ペンダント、本当は貸すだけのつもりだったけど、壊れただろう?だからお買い上げなんだ」

「ああ、そういうことですか。いくらですか?それくらい、払いますよ」

「千円。もちろん霊界の通貨でヨロシク」

「なるほど。それくらいなら……って、霊界の通貨?」

 待て。そんなもの、持っているわけない。額から冷や汗がたらりと垂れるのも気にせず、蛍は、それは?と恐る恐る聞いた。

「これが見本。どう?持ってるの?」

 いつの間に出したのか、美代がひらひらと薄っぺらい紙を取り出していた。

 それは、半透明の、紙幣だった。ほとんど現世の紙幣と変わらず、千円の文字の隣には、野口英世が映っている。しかし、端の方に、霊界銀行と印字されている。訳が分からない。そんなもの、普通に生活していて持っているわけないだろう。昔の紙幣を持っている方が、余程可能性がある。

「持ってない……です」

「だろう?じゃ、決定ね」

「そんな、強引すぎませんか」

「問答無用。元々アンタにはここの従業員に向いているなって思ってたんだ。願ったりかなったりで良かったよ」

「俺は働く気なんて……」

「でも、千円とはいえ借金は返さなきゃ、だろう?」

 手に持った半透明の紙幣を、美代が頬にぐりぐり押し付けていた。目の前でちらつかせるそれに、横目で見ながら胸の内は確かに罪悪感が溢れていた。

「……分かりました。働いて返します」

「よく言った。まあ、次の給料まで一カ月くらいは働いてもらおうかな。私たちはそれまでに蛍を一生働かせて下さいって言わせる理由を作るよ」

 大板と雪月に呼びかけるようにして、美代は不敵に笑った。何だこのブラックな店は。絶対に一カ月で辞めてやる、と蛍も早々に決めた。

 二人は嬉しそうに頷いていて、まあ、職場環境は悪くないんじゃないかな、と思ってしまっている自分が居るから、少しだけ不安になった。この店に取り込まれてはいけない。元の生活に戻るんだ、と意気込んだ彼は、早速店のエプロンを渡される。

「さ、これ着て開店準備しな。あー、今日から楽になるぅー」

「……はいはい、分かりましたよ」

 ドカッとレジカウンターの上に座って偉そうにしている美代を横目で見ながら、蛍はため息をつきつつも、渡されたエプロンを着た。大板が手伝うよ、と言って、掃除道具を持ってくる。

 雪月は階段の隅でまた座り込んで、キーちゃんと話をしている。

 何もしないのかこの女は、と少しだけ苛立たせて見つめると、雪月は見えていないのに気がついたようで、蛍にこう言うのだ。

「今日から、よろしくお願いします」

 照れ臭そうに、だけど嬉しそうに。笑いかけた彼女に度肝を抜かれた蛍は、渋々と言った様子で、返す。

「ああ、よろしく」


 深夜、十二時を過ぎた頃、酉蓮町の薄暗いトンネルを抜けた先に、ぼんやりと光を放つ場所がある。住宅街の中に、ひっそりと建っているその店は、見える人にしか見えず、入れる人は少ないだろう。

 だが、入れたのならば、それは良い事に他ならない。

 何故ならその店は、死者も生者も関係なく、困っていれば助けてくれるからだ。

 清潔感漂う真っ白なレンガ作りの建物に釣られて、小ぢんまりとしたドアノブを回せば、中にはきっと、想像もつかない世界が広がっているはずだ。

 多くの幽霊を連れ添った盲目の少女に、金髪の破天荒な女店主。店の管理をしている優しげな男性は、運が良ければ会える。

 そして、ぎこちない笑みを浮かべる、新しい従業員。

 彼ら彼女に優しく出迎えられれば、その後の人生はきっと、安泰に違いない。

 そう、何たってそこは。

「「「「幽霊雑貨店にようこそ!」」」」

 死者と生者に繋がりをもたらすのだから。


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