21 信じる
翌日は、生憎の雨だった。しかも、大雨というほどでもなく、傘を差すべきか迷うような空模様で、正直しんどい。
寝不足のおかげもあって、その日の彼の機嫌は最高潮に悪かった。
「……あ、あの」
「…………なに」
ドスの効いた声は、意識しているわけではない。これでも蛍は、なるべく愛想よくしようとしているのだ。しかし悲しいかな、身体は馬鹿正直だった。
昨夜外に出れば、美弥に襲われると美代に忠告され、ならば店で寝泊まりしようという話になってから、大変だった。
じゃあ明日に響くから、と寝ようとしたら店の手伝いをさせられ、ヤスさんに慰められるわ、寝る場所が雪月の部屋で安心して寝れないわでてんやわんやだった。
おかげで非常に寝不足な蛍は、雪月の手を引いて大学を歩くものの、全く会話をしようとしなかった。
「ど、何処に向かってるか、教えてください……、ここ、何処ですか?」
「……目、開ければいい。今大学。大倉の所向かってる」
言われた通りにゆっくりと目を開いた雪月は素直なんだと思う。無愛想に返したのに、雪月はそれに苦笑して、気にする様子もなく、ホントだ、と漏らした。
「……待って。オロナミンC飲む」
食堂の横に備え付けられた自販機を見つけるなり、オロナミンCのボタンを連打し、出てきた瞬間、蓋を取る。眠くて身体が言う事をきかないくせに、こういう時は素早い。
「眠気、取れますか?」
「ああ。もうちょっと待って。そしたら全回復する」
エナジードリンクの凄い所は、すぐに効果が出る所だと思う。数分すれば、身体は軽くなって、眠気も吹っ飛び、あり得ないテンションになる。淡白男の蛍もびっくりの、うざいテンションがもうすぐ出てくるだろう。それこそ太一並みに。
「キーちゃん達、大丈夫でしょうか」
「ん……、多分」
キーちゃん達は現在、大学の外で美弥の足止めをしている。今朝店を出た途端、彼女の悪霊化は顕著に現れ、あの小瓶は既に真っ青に染まっていた。
そこで昨夜の打ち合わせ通り、キーちゃん達は雪月の護衛の霊達を総動員して、美弥の暴走を引きとめている。七人の力でも敵わないほどに、美弥は蛍を狙って襲いかかろうと必死だった。
だがしかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。蛍は彼女達の実力を知らないがゆえに、希望を持つしかなかった。
だからだろうか。彼は口をもごもごと動かした末に、酷く小さな声で雪月に放った。
「信じてやれば」
出来れば、自分も信じたい。それに雪月はずっと身近に居たのだ。彼女達の事をよく知っていて、だから信じてあげて欲しい。そうすることで、何だか、死んでもずっとこの世に居る彼女達が報われる気がした。
「愛川さん……!」
驚いたように、けれど嬉しそうに。口を開いて、肩を震わせ、首を激しく振る彼女は、犬のようだ。
「……おかしいな。こんな事言うようなキャラじゃないのに」
「ほんと。私、愛川さんってもっとドライな人だと思ってました」
ふふ、と笑う彼女に悪気はない。勿論、蛍も傷つかない。彼自身もそうだと思っているし、太一や講師など、周りに居る人だってそう評価している。
だから、予想以上に自分でも驚いていた。
「きっとオロナミンCのせいだ」
気付けば眠気も吹っ飛んで、いつもの調子に戻っている。幾分か気分もいい。多分そのはずだ。素面でこんな事が言えたら、恥ずかしすぎる。
「さ、行くぞ」
半ば誤魔化すように雪月の腕を取って、歩きだす。ついでに空になった瓶をぽい、とゴミ箱に捨てた。カラカラ、と音がして、雪月はその音を追っていたが、構わず歩き続ける。
やがて二階に繋がる階段を目の前に、緊張しているのか、繋いだ手が震えていた。
「緊張してるのか?何で?」
「ち、ちが……」
そう言うなり、後ろを振り向く。その行為に首を傾げて、後を追ってみるものの、別に何もない。訳が分からなくて、とりあえず進もうと一歩踏み出すと、不意に雪月が呟いた。
「キーちゃん達を、信じます」
「……ああ。今なら特別講師室に大倉が居るはずだ」
それ以降、黙ってゆっくりと階段を上る。やけに長く感じたそれを上り終えた時に只ならぬ寒気を感じて、先ほど雪月が震えている理由が分かった。
美弥が、近づいてきている。




