20 寄り添う霊たち
雪月の護衛と言っていい霊達には、蛍と手を繋いでいると見える事を、話していなかったらしい。
部屋に入るなり、各々腰をおろして雪月に事情を聞く。彼ら彼女らは、それぞれ表情に違いがあるものの、共通して少しだけ安心したような、嬉しそうな顔を見せた。
きっと明日には他の霊達にも知れ渡るだろう。
何せ、護衛の中のトップらしいキーちゃんが、ウキウキしているのだ。
死者に壁を感じると雪月は言った。しかし、この様子を見ていればそこまで気にする必要はないんじゃないかと思う。
何と言っても、キーちゃん達は我がことのように嬉しそうにしているのだから。
キーちゃんの後ろで控えていた二人の霊も、ホッとしたように顔を穏やかにしている。
「明日、大倉さんの所へ行きましょう。そうじゃないと、愛川さんが危ないです」
もう、ペンダントはない。今は店に居るから安全なものの、一歩外に出れば、追われる身になる。確かに、早い方がいい。
「朝イチで行くか」
呟いて、天井を仰いだ。彼女を大倉に会わせて、しっかりと対面させる。そうすることで、彼女の生前の記憶が戻って、正気を取り戻すきっかけとなる、と言ったのは美代だったか。
果たして本当にそんな適当なやり方で上手くいくのか心配だが、ここまで来たのだ。もう従うほかないだろう。
「キーちゃん達は、美弥さんが暴走しないように、止めてくれないかな」
『ふ……簡単に言う。あのレベルだ、一筋縄じゃいかないだろう』
キーちゃんが顎に手を当てて、考え込んでいる横で、男性の霊がそう言う。短い髪を結んで、つなぎを着たその人は、確かヨウと呼ばれていたか。
ヨウはしかし、嫌がる素振りは一切見せなかった。逆に、悪霊相手にわくわくしているように見える。
『……ヨウの言う通り、ね。でも雪月のためよ。明日は私達総動員で、彼女が蛍に襲わないように誘導しましょう』
もう一人、着物姿の女性が凛とした声で言う。長い髪を鬱陶しそうに触りながら誇らしげにしている彼女は確か、ミト、といったはずだ。
『それでいいわね?キーちゃん』
『……まあ、不本意だけど。いいよ、そうしよう。雪月のためだ』
「俺のためじゃないのか」
『死者に安寧を与えるのはこの店の方針で、それは雪月の目指すものだ。だからやる。それだけ』
毅然と言い放ったキーちゃんは、予想通りの答えを出した。そうか、と蛍も慣れた口調で返す。彼女に嫌われている事は既に知っている。いちいち反応していたらキリがない。
『でも、蛍に感謝はしてるんじゃないのか?』
『そうね。だって、さっきからとても嬉しそう』
ヨウとミトの言葉にキーちゃんは目を向いた。こら、と怒気のこもった声で叱るも、二人は知らぬ顔で話を続ける。
『雪月はずっと見えない生活をしてたんだ。だけど、蛍が居ればちょっとは見えるだろう?』
『それでキーちゃんが、感謝しないはずないわ』
「……そうなのか?」
キーちゃんに顔を向けて、問いかけると、彼女は顔を真っ赤にしていた。どうやら図星だったらしい。もしやツンデレか。ははあーん、と声をあげればうるさい!と返って来た。
『いくら気に入らなくてもそれくらい感謝する!私だって人でなしじゃない!』
「そうか。そりゃどうも」
『ふ、ふん……ありがたく思いなさい』
ツンデレの定型文を幽霊から聞けるなんて思わなかった。雪月も可笑しそうに笑っている。こんなキーちゃんの姿は滅多にないのだろう。
『雪月は、元々見えなかったわけじゃないんだ。少しでも視界に色が取り戻せたら、そりゃ私だって嬉しい』
そうなのか。では何かの拍子に視力を失ってしまったのか。だがそれを聞いていいのか分からず、戸惑っていると、たいして気にしているわけじゃないのか、雪月も頷いて、そうなんです、と笑い話のように言う。
「幼い頃に交通事故で視力を失って、それ以来、皆に助けてもらう生活に」
「へえ」
それなら尚更盲目の生活は辛かっただろう。何せ、輝かしい見える世界を、幼い頃に知ってしまっているのだ。何も知らずにそのまま成長して焦がれるより、失ってしまったものを焦がれ続ける方が、苦しい気がした。
少なくとも、蛍はそうだった。
『ああ、そうだ。アンタがこれから雪月の目になってくれるなら、アンタの事認めてやっても良いよ』
『あら、それは名案』
「え、で、でも……」
雪月の目になる。
それは即ち、キーちゃん達の代わりになれということか。そして、手を繋いで、一生彼女に色鮮やかな世界を与え続けろと。
別にキーちゃんに認められたいわけじゃない。この件が片付いたら、もう雪月と関わる事もそうないだろう。
それに。
「はは……考えておくよ」
それが本当に自分の人生を捧げる事になると、蛍は知っていた。




