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2 導かれた先

 肝試しは概ね順調だった。

 約束をしてから三日後、予定通り深夜にトンネルを散策するという微妙な肝の試し方で、四人は歩く。

 酉蓮町の端にある光矢大学からこのトンネルは近く、抜けると例の幻の店がある通りに出る。そこは住宅街で、あまり騒ぎたてると迷惑がかかるかもしれない。

 そんな気を回して、蛍は何か見えても黙っている事にした。

 おかげで四人はただ雑談をしながら散歩するという現状。随分と平和な光景だ。

「何だ、なんにも出ないじゃない」

「蛍、ホントに何も見えねえ?」

「いや、全然」

 少しだけ素っ気なく返すと、三人を置いてすたすたと前を歩く。薄暗いトンネルに、黄色の照明灯がぼんやりと蛍達を照らす。

 実際のところ、居ない訳じゃなかった。確かにこのトンネルにはわりと多くの霊達が居るみたいだ。しかし、たいして騒ぎたてるほど害があるようなものではない。

 むしろ、生きている人間がぎゃあぎゃあ騒ぐから、彼ら彼女らは怒り、害をなすのではないか。

 そんな事を考えると、どうにも太一達の言いなりになるのは嫌だった。

 それに、蛍の近くには少しだけ危ない霊が居る。

 悪霊だと言いきれないから難しいが、彼女に刺激を与えるのは少しでも避けたい。

 そう思うと、自然と口をつぐむ事になっていた。

「あーあ、これじゃ意味ないじゃん。ざーんねん」

「まあまあ、深夜にこうやって散歩できるって考えたら、少しは楽しいでしょ」

「ううん、それも確かに。そ、れ、に!」

 後ろでその会話が聞こえていたかと思うと、突然腕を掴まれた。蛍は振り返って、少しだけ冷めた目で何?と問う。

 すると、腕を掴んだ女は更に寄り添って、腕を組んできた。

「愛川くんとこうして過ごせるのは嬉しいかもー!」

 思わず舌打ちをしそうになった。

 名前を覚えてないどころか、二人の顔の見分けもつかないような見た目と性格の女に、何故こうも言い寄られなければならないのか。

 振り返って、太一に視線をやると、もう一人の女と共にぐっ、と指を立ててきた。その反応に口元がひくついた。

「太一の狙いじゃなかったのかよ……」

 誰にも聞こえないくらいの小さな声でぼそっと呟くと、隣の女を見やる。彼女は至極満悦そうな顔をして上機嫌に鼻歌さえ歌い出す。

 振り解こうにも予想以上に力強い腕力に、怒りを通り越して呆れてきた。馬鹿力め、と心の中で罵って、少し早足で歩く。

 すると、目の前に女性が立っている事に気づいた。

「ん~、どうしたの、愛川くん」

 隣から声が聞こえてくるが、それどころではなかった。目の前の女性がゆっくりとこちらに近づいてくる。蛍にまとわりついている霊だと認識した時には、もう遅かった。

 先ほどまでは背後に居たはずなのに、どうして今は目の前なのか。

 いや、それよりも、何故ここまでどす黒い雰囲気をまとっているのか。

『ユル……サナイ、ユ、ル、サ……、ナイ』

 直感的にまずい、と感じ取った。

 隣の女を振り払い、後ろを振り向く。すると、女性は既に後ろに回り込んで、太一達の目の前に立っていた。もちろん、彼らが気づくはずもなく、蛍は正面に向き直って駆けだす。

「おい、蛍!?」

「悪い、腹痛いから帰る!」

 適当な理由を大声で叫びながら全速力で走る。その間にも、霊はひたひたと蛍に近寄っていく。

 ようやくトンネルを抜けて、住宅街に出た時には汗だくだった。

 全速力で走ったせいか、体力は尽きており、少しだけ立ち止まる。

「はあ、はあ……」

 それでも後ろからゾクゾクするような感覚が近づき、後ろを振り返る。霊は悲しそうな顔をしているくせに、口元は笑っていた。

『ウラギッ……タ……、ユル、サナイ』

 少しずつ聞こえてくるその言葉に、蛍は鼻で笑う。額から流れ落ちる汗をぬぐうと、逃げるのはやめ、霊に向き直る。

「何が裏切っただ。俺はアンタに関わった記憶もないし、それで恨まれる事もない。許される許さないの問題じゃないんだ。アンタが勝手に俺についてきただけだろ!鬱陶しいから消えてくれ!」

 一気にそうまくしたてると、蛍は一息つく。相変わらず霊は不気味に笑うだけだ。

 すると、突然霊がまとっていたどす黒い空気が薄くなっていく。やがて見えたのは、霊のはっきりとした姿だった。

 長い黒髪に、相変わらず目は隠されて見えない。だが、異常なほどの肌の白さと、オレンジのワンピースを着こなしているところを見ると、生前はおしゃれに気を使っていたのかもしれない。足元は白のヒールで決めていた。

「あんた、そんな服してたんだ」

 思わずそう口に出すと、霊は笑いながらこくり、と頷いた。

『可愛い、デショ』

 まさかまともに返事が返って来るとは思わず、目を見開く。話が通じるならもっと早くこうしていれば良かったとため息をついた。

 警戒し過ぎていたのかもしれない。

「なあ、アンタは何で俺につきまとうんだ?」

 そう言った瞬間にスッと近寄られ、反射的に身を引いた。霊はニヤけた口元で、不気味に笑う。

『ネ、可愛い?』

「は?あんた、俺の話、聞いてた?」

『可愛い?可愛い?かわいい?ネ、カワイイ?』

 前言撤回、やはり警戒しておいて正解だった。全く会話になっていない現状に眉を寄せる。

 狂ったように可愛いかと聞いてくる霊の周りには、再びどす黒い空気が流れ出した。

「これは……」

『ネ、カワイイッテ、……イッテ?ワタシト…………イッショ二ナロ?』

「逃げるが勝ち!」

 再度全速力で駆ける。霊はゆっくりとした足取りで追いかけてくるが、きっとすぐに追いつくに違いない。

 十分な距離を稼ぐため、蛍は必死になって足を動かす。こんな時はお寺か神社に行けば良いのだが、近くにない事に気づき、走りながら思案した。

 まだ深夜の一時を過ぎたばかりだが、住宅街はどこも真っ暗だ。

 唯一道を照らす外灯だって、切れかかっているから頼りない。さてどうしたものかと走っていると、遠くの方で大きな明かりがついている事に気がつく。

「あれ、何だ……?」

 住宅街の合間に、光が漏れている。気になって速度を上げ、一気にその場所まで辿りつく。

 すると、そこには店があった。

 住宅街に埋もれるような小さな店で、レンガで造られている。真っ白な外壁は、清潔感を漂わせ、何となく気分を落ち着かせるものだった。

 看板はなく、どういう店かは分からない。しかし窓から見える中の景色には、アンティークな小物が飾られていた。

 小ぢんまりとしたドアの取っ手には、申し訳程度にOPENと書かれたプレートが下げられている。

 一瞬、幻の店が頭に過った。

 確か、トンネルの近くで、深夜に営業している店じゃなかったか。

「はは、まさか」

 乾いた声で笑い飛ばすが、好奇心には逆らえない。気づくとドアの取っ手をひねっていた。

 店の光は、蛍を温かく受け入れ、そのまま引きずりこむようにして中に入れた。

 それが、どういうものなのかも知らずに。



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