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18 恋愛脳

「大倉、涼助だっけ?」

「はい、そうです」

「背が高くて優しそうな雰囲気の人……。でも年齢とか分かんないんだよな?」

「はい。美弥さんが死後何年なのか分かれば少しは特定できるのですが……」

 蛍はちら、と後ろを見やる。美弥はにこにこ、少し重苦しい笑顔でついて来ていた。ペンダントの効果が切れ始めているのは本当なのか、蛍と繋いだ雪月の手を見ては、小声でユルサナイ、とぼやいている。 いつ元通りに暴走するか、冷や冷やして安心はしていられなかった。

 顔は見えなくても、見えるものがあるのなら、大きな進歩。だから美弥の件についても少しは調査が出来そうじゃないの?と言った美代は、大倉を探して来い、と店を追いだした。

 そのまま大学に来て、数時間。大学にその彼が居るはずもなく、ひとまず、雪月にはそれっぽい人を探してもらう事にして、ついでに蛍との視界共有に慣れてもらう事にした。

「おい、そのまま右に行けば壁にぶつかる」

「あ、はい……」

 手を繋いだまま、くい、と身体を引っ張る。雪月は少し照れた様子でされるがままだった。きっと今の彼女には少しだけ汚れた壁が映っている事だろう。

 それにしても、都市伝説扱いまでされていた彼女が、登校して、目を開いて歩いているのは余程珍しいらしい。その上、蛍が手を繋いで誘導している。

 その様子に、周りの生徒達はおろか、講師達まで奇異の目で見てくる。いつもこんな視線を感じて彼女は来ていたのかと思うと、さすがに同情した。これはさすがに登校を拒否したくなるレベルだった。

「キーちゃん達が居なくて、でも大学に来ていて。しかも見えるなんて……ふふ、何だか普通の女の子みたい」

「……ああ」

 その言葉に、何だか胸が痛くなった。別に柊がどんな生活をしていて、今どんな事を思っていようが、彼には関係ない。今までの蛍ならそう考えたはずなのに。

 なのに、柊の顔を見る度、嬉しそうな目元を見る度に、胸がざわつく。どうしてだろう。

 よく分からないわだかまりを抱えたまま、蛍は次の講義を受けるべく、教室に入った。もちろん、雪月も同じ講義を受ける事を確認して、一緒に入る。たまたま共通の科目を選択していて良かったと安堵した。

 そして、適当な所に二人一緒に座ると、やはり周りの視線が痛い事にどうしても落ち着かない。早く講義が始まらないかと蛍がもやもやしていると、柊は隣でにこにこと目を閉じて座っていた。講義中は手を離して、普通に受けると決めていたのだが、これで本当に受けれるのだろうか。そういえば、ノートとか どうやって取っているんだろう、と首を傾げた。そして、その傾いた視線の先に、好奇心いっぱいといった二つの目と、合う。

「……っ」

 顔を引きつらせて、視線を逸らす。見なかった事にしよう。うん、そうしよう。

 だが、それは叶わず遠くの方からガタッと誰かが立ち上がる音がする。その誰かは大きな音を立てて、蛍の目の前の席に座って、即座に後ろを振り向いてきた。

「ねえ!付き合ってんの!?」

 開口一番それか。

 違う違う、と手を振って否定して見るものの、彼――菊田太一の目はきらきらと輝いていた。

「来た!ついに蛍にも浮ついた話が!出来たな!」

「違うって」

「いいや、隠さなくていい。分かってる。この子は特殊だから、どうしても周りに言えなかったんだろう?だが、俺なら大丈夫だ。お前の恋、全力で応援するぜ!」

「だから違うって言ってるだろ」

 スパン、と筆箱を太一の頭にお見舞いする。いてっ、と悲痛な声がしたが、それは無視した。

 恋愛ごととなると、どうにも暴走しがちな親友は、頭を叩かれて痛そうにさすっている。しかし蛍とて本気でやってはいない。少しだけ口角があがっているから、演技だろう。

「えっと……、その」

 誰かが目の前に居るのは把握しているはずだが、誰なのか分からず、雪月は目を閉じたまま、難しそうな顔をした。だが、声を聞いてそれなりに予想はついているのか、ううん、と頭を捻っていた。

「あ、ごめんごめん、俺、蛍の友達の菊田太一。何度か会った事あるんだけど……分かる?」

「は、はい。その声、聞いた事あります。蛍さんの所に行くと、いつも一緒に居る人ですよね」

「そうそう。ふうん、よくよく見たら可愛い顔つき……、ちょっと地味な服装してるから目立たないだけで、磨いたらもっと良くなるな……」

 後半は、聞こえないようにぼそぼそと小声で雪月を評価している彼に、アホ、と一言ツッコミを入れておく。ちなみに太一はそう思っていないだろうが、雪月には今の言葉がばっちり聞こえているので、小声なのは意味がない。

「で、付き合ってるんだろ?」

「繋ぎがおかしい。そんなわけないだろ」

 雪月は、状況が分からず苦笑していた。巻きこんでしまう彼女に罪悪感さえ湧いてしまうほどに、太一の恋愛脳は面倒だった。

「あのな、ちょっと人探ししてんの」

「人探し?」

「はい。……えっと、その、ですね。私が探している人が居るんですが、この通り、見えないので……、愛川さんに手伝ってもらってるんです」

 蛍は雪月を凝視する。本当に探しているのは、蛍であって、となるとそこから事情を話さなければならない。彼がまた幽霊の類で悩んでいる事を太一に伝えるのは心配させるだろう。だから今まで黙っていたのだが、雪月はそれを察してか、自分の目的のため、と言っている。

 彼に隠していた事を、知っていたのだろうか。

 ひとまず、蛍も雪月のささやかな嘘に乗ってみることにした。

「そうなんだ。それっぽい人をちょっと見てやって……」

「へえ。でも蛍ってそんなお人良しだったか?」

 失敬な。

「まあいいや。で、その人って誰よ?」

「いや……知らないと思うけどさ。大倉涼助って人」

「大倉?……大倉涼助って言ったか?」

 以外にも、太一は話に食いつき、しかも身を乗り出してまで大倉の名前を連呼する。芸能人みたいな名前だなという呟きはともかく、かなり真剣な顔をして考え込んでいるので、何か心当たりがあるのかもしれない。

 固唾を呑んで見守っていると、やがて太一はあ、と声を出した。顔をあげて蛍の顔をまじまじと見る。

「居た。大倉涼助。知ってる!」

「本当にか?」

「ああ。ほら、肝試ししようってこないだ食堂で話してた時、軽く注意して来た講師居ただろ?」

「……そういえば。あの、爽やかセンセって呼ばれてた人だろ?」

「そうそう。あの人、確かそんな名前だったんだよな」

 その言葉に、無意識に雪月を見る。彼女は暫し手を彷徨わせて、そして蛍の手を取る。手から、彼女の気持ちが伝わって来るような気がした。


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