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15 マケグミ

 ギターの熱いビートが耳に木霊する。ドラムが小刻みに鳴り響き、それを際立たせた。ベースの控えめだけど、主張するかのように奏でるその音は、何処か心地いい。

 そして、思わず叫んでしまいたくなるような、男性の旋律。

 激しいのに、心にすっと入りこんでくるその歌声が大好きだ。

 ――叫べ!僕達の無力さに抗え!心を鉄にしろ!

 ――どうしても言えないのなら、僕が代わりに言ってあげよう。それで貴方が落ち着くのなら。

 ――弱い事の何がいけないんだ。弱い奴らの力を見せつけれやれ!

 マケグミ。それが曲名であり、このグループの名前であり、デビュー曲だ。

 この曲を聴いた時の感動は、未だに忘れられない。自分の情けない所や、悩みが全てどうでもよくなった。いつも励まされるこの曲は、毎日聴いている。だけど、どうしてだろうか。

 普段家で聴いているはずなのに、家に居るという感覚がしない。

 そもそも、自分は一体どうしたのだろう。

 確か、雪月に幽霊雑貨店へ無理矢理連れて来られて……。話を聞いて、美代が帰って来て。もう眠いから帰ろうとして……それから?どうしたのだろう。

 蛍は無意識に瞼を開けていた。

 一番に視界に入ったのは、丸い電球。白の照明が照らしたその光に、思わず目を閉じかける。だが、見慣れない風景に慌てて起き上がる。

 いや……起き上がる?

「おはようございます、愛川さん」

 雪月が木の椅子に腰かけてぽそぽそと言った。しかし、それに答えていられるほど、余裕はない。

 ここは何処だと言わんばかりに辺りを見渡し、状況確認を図る。

 よく整理整頓された家具に、申し訳程度に置いてある机。机の隣にCDラックがあり、その上にはアイボリーのコンポ。白のカーテンと、木の椅子に座った雪月。

 そして、蛍が座っているふかふかのものは、真っ白なベッド。気付けば掛け布団がずり落ちた。

 無機質とは言い難いが、およそ女性らしさを感じないこの部屋。考えられるのは。

「ここ、雪月の部屋か……」

「はい、よく眠れましたか?」

 悔しい事に眠気は吹っ飛んでいる。よく眠れた証拠であるので、頷いておいた。

「でも何で、雪月の部屋に」

 彼女の部屋という事は、きっと店の二階なのだろう。そして、ドアの近くにかけられた時計は四時に近い。窓から見える外の景色はまだ暗いし、深夜である事は、まず間違いない。

「愛川さん、覚えてないんですか?」

「……なにを」

「立ったまま寝てたんです。しかもびくとも動かないから、美代さんが邪魔だって、二階に手を引いて……。そしたら、愛川さん寝ながら移動したみたいです。それで、私の部屋に入ってベッドについたとか」

 幽霊達から聞いた状況を、そのまま伝えようとしたのだろうか。頭を上にして、ううん、と唸るように説明した彼女に、とりあえず蛍は一言謝る。

「ごめん。俺、眠くなると何するか分かんないんだ。機嫌悪くなるし、気付いたら意識飛んでるし」

「……夢遊病、っていうものではないんですか?」

「まさか。ただの癖だよ。俺寝るの好きだし」

 睡眠欲に人一倍忠実なだけだろう。その上最近あまり寝ていない。原因は目の前の彼女が少しだけ関係しているが、そこは黙っておいた。

 蛍は、何かを思い出したかのようにベッドからおりて、そのままコンポの元へと近づく。当然、見えない雪月は何をしているのか分からず、不思議そうに首を傾げていた。そういえば、雪月にまとわりつく幽霊が見当たらない。どうしたのだろう。

「そういやキーちゃん達は」

「えっと……もう帰りました」

「帰った?死者に帰る所なんてあるのかよ」

「はい。……どこに帰ったかは分かりませんけど、いつもこうです」

 いつも。どういう事か分からず、目線で訴えようとする。しかし気付くはずもないので、何で、と口に出した。

「私のお世話をしてくれる方達は、交代制なんです。それで、この時間は私が部屋から一歩も出ないので、皆帰っちゃうんです」

「会社みたいだな」

 幽霊達は店員で、雪月は店。朝の四時近くから何時までかは知らないが、それまでは閉店時間。イメージはそんなものだった。

「普段はこの時間一人で何してるんだ?」

「えっと……音楽を聴いて、それから朝方に寝ます」

 完全に昼夜逆転生活だ。きっと起きるのは昼くらいで、夕方には店の事でやはり大学になど来ないのだろう。

 そんな生活は、寝る事に忠実な彼からしたら、地獄のようなものだ。

「音楽……そういえばさ」

 コンポの横に置いた、CDを手に取る。やはり知っているものだった。そして、蛍も持っているもの。

「マケグミ。好きなのか?」

「……はい!とっても。もしかして、知ってるんですか?」

「知ってる。俺も好きなんだ」

 そう言っただけで、雪月は口元に弧を描き、心なしか目じりも下がっている。あからさまに嬉しそうだった。

「本当ですか?その、何が好きですか?」

「今かかってるこの曲、いいよな。まあどれも最高だけど」

「なごりですね!“囁いて、泣けるほどに”」

「ああ、“そして、私を置いていって”」

 残された者の歌。マケグミきってのバラードで、蛍は何回聞いたか分からない。まさか身近に同じファンがいるとは露知らず、蛍も興奮気味に語る。

「ボーカルの声も好きなんだが、俺はドラムが好きなんだ。お前は?」

「江口さんですか?私も、ドラム良いと思います!でも私は、ベースの人ですね。楽器演奏もそうですが、人柄がとっても良くて……」

「東吉さんだろ?あの人動物大好きだし、優しさが身体からにじみ出ていると言うか……」

 気付けばお互いが身を乗り出して語り合っていた。かけっぱなしのCDは最後の曲に差し掛かり、やがてその曲さえも終わると、ハッとなって口をつぐんだ。

 珍しく感情的に話をしたので、顔が熱くなり、恥ずかしさがこみ上げてくる。

 雪月も冷静になったのか、気まずそうに顔を逸らしてこほん、と咳払いをしていた。

「……よし、そろそろ俺も帰ろう、かな」

 僅かに重い空気を何とかするべく、逃げるようにそう言った蛍は、立ったままの足を部屋の入口へと向ける。

「あ、ああ、あの!」

 背後から一際大きな声がして、振り返る。当然声の主は彼女しかいなく、いつもぽそぽそとしか話さない雪月にしては、かなりの声量だった。

「どうした?」

「えっと……その……」

 慌てて呼びとめたのはいいが、何を話していいのか分からない。そんな様子だった。いや、それよりも口をもごもごとさせているから言いたい事が言えない状況だろうか。どちらにしても、彼女が何かを言いたそうにしているのは変わらず、蛍はため息をついて辛抱強く待つ事にした。

 そして、待つ事数分。

 そろそろあくびが舞い戻って来た頃、雪月が俯き加減で、聞こえるか聞こえないか位の声で、ぼそっと言う。

「昼間、ありがとうございました……」

「は?」

 蛍には何を言っているか聞こえず、聞き返す。すると、彼女はむっとして口を大きく開き、もう一度、先ほどと同じ事を口にする。

「……昼間?俺なんかした?」

「愛川さんのご友人に向かって、私を庇ってくれました……」

 庇った?

 蛍は全く見当もつかず、首をひねらせる。だが、いくら思い出してもそんな場面はない。唯一、太一に雪月を庇うような事を言った事も、あった気がするが、それは彼女から遠く離れている時の話だ。

 ……いや、むしろそれだろうか。

「もしかして、太一との会話、聞こえてたのか?」

「……はい。私、耳は凄くいいんです」

 開いた口が塞がらない。

 耳が良いからと言って、ひそひそ話で、しかも十メートルは離れていたはずだ。そこまで聞こえるものかと怖くなるが、以前テレビで得た知識を思い出す。

 確か、人間は五感のどれかを失うと、他が鋭くなるのではなかったか。

 雪月もきっとそうなのだろうか。となると、昼間だけでなく、他に太一と話していた時の事も聞こえていたり……?

 何だか腑に落ちない気もするが、実際蛍が雪月を庇ったのは事実だ。どういたしまして、と言葉を返しておいた。

「今日は、大学には来るのか?」

「……絶対に外に出ない日が決まってて、キーちゃん達が居ないので……」

 つまり今日がその日で、行けないのか。

 というより、本当に大した引きこもりだ。

 そうか、と頷くと、今度こそ部屋から出る。まあ、彼女が大学に来ようが来なかろうが、関係ない。それよりも、蛍は早く帰って寝たかった。

 そのまま下に降りて、美代に会釈をすると、足早に店を出る。

 真っ暗な夜道は、ようやく見慣れたものとはいえ、不安になりがちだ。

 走ろうかと迷いつつ、歩く足は止めずにしばらく突き進む。

 しかし、ふとした瞬間に足を止める。

 すると、後ろでガンッと鈍い音がして、人の気配を否応なしに知らせる。

 振り向き、その人物の姿を確認する。丁度外灯にぶつかったらしく、上から照らされた光で、その人物の姿がくっきりと浮かび上がっていた。

 予想通りの人が立っていた事に、呆れしか出て来ず、頭をかいた。

「何してんだ、アンタ」

「あ……はは……」

 目を閉じて打ったであろう額を抑えたまま立っていたのは、雪月だった。


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