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14 抗えない眠気

 流れというのは、やはり大事であるし、逆らえない何かを持っている気がする。雰囲気だとか、会話によって、人々は付き合いをしていくために、流れに乗る事を重要としてしまう。

 だから、多分今のこれも流れに乗った、ただの人付き合いだと思えばいい。

「……はあ」

 そうは思ってみるものの、もう頼らないと決めた幽霊雑貨店にまた来てしまう事になるとは。蛍はさすがに見慣れてきた店内をため息交じりに見回す。

 半ば雪月に強引に連れて来られたとはいえ、自分も断らなかったのがいけない。彼女は大学が終わると同時に蛍の腕を取って、歩きだしたのだ。しかも恐るべき早足で。

 気付けば美弥が蛍を見失ったのか、後方できょろきょろと探していたのは、記憶に新しい。

「こんな早くに俺をここに通していいのか?」

 雪月の鍵を使って、二人は雑貨店の中に入った。しかし、開店前、しかもまだ夕方である。こんな早くから一応は客である自分を通して、何か問題はないのだろうか。そう思って雪月に視線を向けると、ゆっくりと首を振っていた。横に結った亜麻色の髪がふわ、と気持ちよさそうに揺れる。

「ここは、私の家でもありますし。開店前は、ただのお家です」

「ふうん……。美代さんと大板さんは?」

「美代さんはお買いものです。大板さんは普段この店には、三日に一度くらいしか顔を出しません」

「へえ。じゃあ、こないだ連続で顔を見たのはレアだったんだ」

「はい」

 そして、沈黙。

 雪月はあまり喋らない印象だが、それ以前に蛍もあまり話をしないタイプである。おかげで二人の間には僅かに重たい空気が流れていた。

 彼女は階段の上に、まるで定位置であるかのように座ってぼんやりとしているし、蛍は一体何のためにここに連れて来られたのだろう。

 何かをしようと手を彷徨わせる。しかし、何もない。

 仕方なくペンダントを手に取って、これからどうするのか考えてみる。

 お祓いを自分でするのもいい。しかし今回は複雑で、厄介な霊だ。そんなもの、自分で祓える自身がない。とは言っても、専門の人に頼るのも気が引ける。詐欺の可能性が捨てきれないし、莫大なお金を必要とするかもしれない。そう考えると、なかなか一歩が踏み出せない。

「ただいまー」

 悶々としている内に、玄関口からそんな声が聞こえた。呑気に買い物袋を提げた美代は、蛍を見ると、あらら!と嬉しそうに声をあげた。

「久しぶりじゃない蛍!あれから、どう?この店を頼りたくなったってことよね?」

「いやいやいや、何言ってるんですか。俺はそんなつもりじゃ、」

 と言いかけて口を閉じる。なにか、物凄い殺気を感じたからだ。辺りを見回して、雪月を見る。彼女は目を閉じたまま、美代に駆け寄った。そして、その後ろで爛々と目をぎらつかせた幽霊が、一人。

 キーちゃんだ。

「キーちゃん、だっけ?何でそんなに俺を睨んでるんだよ」

『気易く呼ぶな下賤な生者』

 これはかなり嫌われているな。

 キーちゃんは、更に後ろに控えた他の霊達に、口きいちゃダメだよ、とひそひそ告げる。いや、そんな小声でもばっちり聞こえてるし。

「美代さん、ペンダントの効果が薄れ始めてて……、ちょっと、急がないと」

「だろうね。とは言っても、大板がなかなか帰って来ないし、私達はなんにも出来ないし……」

「大板さんが、どうかしたんですてか」

 あの優しくて、ひ弱な笑顔を浮かべながら問う。彼は三日に一度現れると聞いたばかりなのだが。

「いや、私はこの店見てなきゃだし、昼間はあまり外に出られないし。雪月は見ての通りだろ?だから大板に大倉って奴を探してもらってるんだよね。あいつ、顔だけは広いし」

「はあ、大板さんが。見つかるんですか?」

「さあね。あんまり期待してないけど、あいつ、昼間は別の仕事してんの。だからいけるかなーって」

 それはつまり無計画で動いているようなものでは。口に出かけたその言葉を、ぎりぎりの所で飲み込んだ。

 別の仕事をしているから、人探しを頼んだ?よく分からない理屈だな。

 相変わらず突拍子もなくて、無鉄砲。

 人探しに選抜された大板に同情をするくらい、この店主の考える事にはついていけなかった。

「そういえば、雪月が大学に行ってたでしょ」

「ええ。帰りにここに連れて来られたんです」

 少し皮肉めいた言い方をしてみるも、彼女は特に気に留めた様子もなく、嬉しそうに雪月の頭を撫でていた。何だか、姉妹みたいだ。

「この子、なかなか大学には行かないからさ。自分から行くって言った時は頭でも打ったのかと思ったよ。どう?普通に過ごせてた?」

「まあ、一応。講義、一緒に受けてたし」

「そりゃ良かった」

 安心したように胸を撫で下ろした美代は、きっと雪月の事を心配していたのだろう。目が見えないうえに、死者に生活を助けてもらっているのだ。なかなか、周りに馴染めるはずもない。

「最近、雪月の様子が変だけど、いい方向に向かってる証拠だね」

「美代さん、その、えっと」

 雪月は恥ずかしそうに俯いた。顔も心なしか赤い。

 その様子をぼーっと見つめていると、気付けばあくびが出ていた。急に眠気を感じて、こめかみを押さえた。

 美代があくびを見たのか、寝る?と聞いてくる。いやいや、寝るといっても、帰らなきゃ寝られない。

「……じゃあ、俺、帰ります」

 どのみち強引に連れられてやって来ただけだ。たいして用事もないし、今は恐ろしく眠たい。一度眠気を感じると、思考も働かず、寝る事しか考えられなくなる。

 蛍は動かない身体に鞭を打って、店の入り口に立つ。ドアノブを捻ろうと右手を伸ばす。瞼が重い。閉じてしまいそうだ。

 固まったままの蛍を見て、美代は首を傾げる。キーちゃんが様子を見に、蛍に近づく。

『……ちょっと。こいつ、寝てる』

 蛍は立ったまま寝ていた。


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