12 前途多難
身体は自然と店の玄関に向いていた。きっと店の外で甲斐甲斐しく待っているであろう彼女は、どんな気持ちなのだろう。
恋に溺れて、人生全てを彼に捧げて、最後は溺死してしまうなんて。
「……ふう」
ずっと話をしていた雪月は、疲れたのか息が漏れる。大板と美代は何かを探すのか、立ちあがって店内の商品を漁っていた。
雪月は、その様子に気づいているのか、二人の物音がする方向に向かって、どうしますか?と問いかける。
それに答えたのは、意外にも後ろで控えていたキーちゃんだった。
『ようは、その美弥って子は彼に想いを残して死んだってことなんだろう?』
「うん……。彼ともう一度話したかったの。遠目で見るだけじゃ嫌なの。もう一度彼に会って、想いを伝えたい」
言っている事が雪月の感情のままに聞こえるが、きっとそれは美弥の人生を体験しているからなのだろう。雪月は、あの時から美弥でもあるのだ。
美弥は悪霊になりかけている。それも無関係の蛍に取り憑いて、何かを必死に訴えているのだ。
「一途な想いにしては、あまりに危険に思えるね。結局美弥って子は感情が暴走して、記憶を失くしてしまった果てじゃないか。霊の典型的なものだ」
「典型なんですか?これが?」
こんなに人に対して熱いというか、重い感情を抱える人はそうそういないと思う。それに幽霊になってまで引きずるなんて、レアではないのだろうか。
そう思っていると、美代はあっけからんとした様子で首を振った。手には鳥の羽をかたどった花瓶を持っていた。しかし探しモノではなかったのか、すぐに元の場所に戻す。
「幽霊ってのはね、酷く不安定な存在なのさ。だから、ちょっとの感情だけで暴走してしまうんだよ。特に美弥のような、生前から想いが強いのは特にね。だから悪霊になりやすい」
「それで感情だけが突き出て、記憶をなくして、ただ何かを求める恐ろしい存在になってしまうんだよ」
大板の閉めの言葉にへえ、と頷く。雪月もゆっくりと頷くのを見ると、本当の事らしい。なるほど、ずっと見えていた存在の事なのに、初耳だ。
「ううん……どこやったかな」
「これでもない、あれじゃない……」
それより、先ほどから二人が探しているものは何だろう。店の商品を探しているはずなのに、何も覚えていないかのように店内を探し回っている。
「何を探しているんですか」
「うん、それがね」
美代が言うなり、あ、と声をあげる。大板もその言葉に反応して、美代の近くまで急いで向かう。
そして、美代が掲げたのは、蛍も見た事のある不思議な形の鍵だった。柄の部分は蝶で、先端は渦を巻いた、プラスチック状もの。つい先ほど、蛍も使った、店の鍵だ。
「それを探してたんですか?」
「いや、どこに置いたか忘れちゃっててね。そこら辺に投げてたの、今思い出したんだよね。だってもうすぐ開店時間だし?」
てへ、と舌を出す美代に、大板も苦笑して、申し訳なさそうにしている。つまり、彼も忘れていた。
あまりのアホらしさに、店内が沈黙に包まれたのは、言うまでもない。
「彼の名前は、大倉涼助。私の記憶では、背が高くて優しい雰囲気の、でも何処か近寄りがたいような男性でした」
あれから、まずは開店準備をしなければ、という話になり、やはり手伝わされる事一時間弱。開店が十二時らしく、それまでにまだ一時間ほどの余裕が出来たので、再び四人は会議のように顔を見合わせた。
先ほどと違うのは、椅子に座っていない事だろうか。開店前にあんなに椅子を広げているのは、後が大変だと言う事だろう。
そうして、結論から言って、店の方針……つまり、死者に、美弥に安寧をもたらすには、まず彼女の想い人である彼を見つけ出さなくてはならない。
「名前だけじゃねえ……。雪月は見えないし、その大倉って奴も、美弥の生きていた頃の容姿だ」
「きっと、見た目は変わってて見つけづらい、ですよね」
雪月は苦々しげに呟く。霊の人生を見る事は出来ても、その後はなんにも考えてなかったようだ。
「もしかして、いつもこんな感じなんですか?探している人とか、全然見つけられないじゃないですか」
だって、唯一その存在を見た雪月は、何も見えないのだから。
そう思って問えば、大板が首を振った。
「実は、霊に安寧をもたらすキーが人物であるのは今回が初めてなんだよね」
「初めて!?自信満々にやるって言っていたじゃないですか。もっと手慣れたものなのかと……」
「ここはあくまで店で、安寧をもたらす手助けをするにすぎないからねえ。こういうボランティアみたいなものじゃ、いつも物が原因だったりするし……」
美代がけろっとした顔で言い訳を述べる。それでよく任せろと言ったものだ。
やはり胡散臭い彼女らに頼むんじゃなかった。軽い頭痛を覚えて頭を抱えると、雪月が顔を伏せて、落ち込んだような声を出した。
「やっぱり……難しい、でしょうか……。だって、名前しかほぼ分からない、し。私は、姿かたちを伝えるだけだし……。無理、かな……」
真横でこう、弱音を吐かれるとますます気分が沈む。やるって言ったのはあんたたちだろう。雪月だって、頑張ります、と言ってやる気を出していたじゃないか。ならば、そんなに早く諦められては困る。
「少し挫折したくらいでそんなに言わないでくれるか。俺に取り憑いた霊を、どうにかしてくれるんだろう?じゃあ、最後まで付き合ってくれよ。無責任だ」
きっと近頃の寝不足がたまって、今日も寝られないのが影響したのだろう。気づけば刺々しい口調で雪月を攻め立てていた。
弱気な彼女は、イライラをぶつけるのに絶好の相手だった。
「そんな言い方、しなくても、」
「だって、結局やりたくないって言っているのと同じじゃないか。勘弁してくれよ」
「でも、しょうがないでしょう!じゃあ、貴方が探せばいいじゃないですか!今何歳なのか、どんな姿をしているのか分からない、名前しか知らない男性を探せるものならば!」
雪月は、見かけによらず言われるがままでは終わらない。それは以前口論になった時に思い知った。だのに、蛍はそれを忘れて喧嘩をふっかけるような事をしてしまった。
結局カチンときた蛍はいつかのように彼女と口げんかを始めていた。
「そういえば、アンタ大学に滅多に来ないんだってな。不登校ってやつか?そうやって弱気になってばかりいるから来られないんだろ?」
「意味が分かりません!私は、目が見えないから他の人に迷惑をかけると思って行かないんです!」
「後ろの幽霊に頼りっぱなしで生活してる人間が、よく迷惑だなんて言えるな」
「ちょ、ちょっと、二人とも……」
初めて見る雪月の叫び声と、蛍の挑発するような物言い。大板はおどおどと二人の顔を何度も見返した。しかし、そんな事で止めるわけもない二人は、未だ言い争う。その様子を、何処となく嬉しそうに見ている美代は、止める気はないのだろう。前回もそうだった。
「はあ。言ってても埒があかない。で、どうするんだ」
「そ、それは……」
「前言ってたよな、主に動くのは柊だって」
「はい……。でも、どうやって大倉さんを探すのか、まだ分からない、です……」
雪月は、しょんぼり、といった様子で眉を下げて、顔を俯かせた。さっきまでの勢いは何処へ行ったのやら、真剣に落ち込んでいる。
つまり、見えない彼女は、自身ではどうしようもない事が既に勘づいているのだろう。
その事に蛍も気づいているからこそ、ため息は止まらない。
そもそも、大学にすらまともに来れない彼女に人探しが出来るとも考えにくい。
そう思うと、口から出た言葉はごく自然なものだった。
「分かった、もういいよ。色々やっておいてもらって何だけど、後は俺一人で何とかする。一応、その大倉って人も探してみるけど、見つかるかどうか分からないし、ダメならお祓いしてもらう。それでいいだろ?」
元々、大して期待もしていなかった依頼だ。謎の店も、雪月の不思議な能力も、期待はあったが、信頼には値しない。
やはり、自分の事は自分で解決しなければ。
「ま、待って下さい、それじゃあ、私は……」
「アンタは俺の事うんぬんより、自分の事気にしたら?そのまま引きこもりなんて続けてたら、人生損するぞ」
そうと決まれば、こんな所に居る必要はない。雪月に捨て台詞を吐いて、大板と美代に軽く会釈をする。
そして、玄関先で立ち止まり、お世話になりました!と深く礼をした。
玄関を開けて、外の世界に出れば、住宅街を蔓延る闇に出会う。後ろを振り返れば、開店前だからだろう、店の姿は何処にも見当たらない。
そうだ、こんな摩訶不思議な所に関わる必要なんてない。
自分の事は自分で。
その言葉を何度か繰り返すと、ついでに外で待っていた美弥に目を向ける。
夜だというのに湿気を孕んだこの暑さの中、美弥は涼しい顔で蛍をじっと待っていた。いや、霊だから暑さを感じないのか。
「待ってろよ、お前を俺の前から消してやるから」
眠い目を擦って、美弥を一睨み。そして、少しだけ時間がかかる自宅へと、歩きだしたのだった。




