1 おぞましい少女
愛川蛍には霊感がある。しかもかなり強い。
……と、思う。
何せ、誰かと比べた事はないから、いやそれよりも比べる事なんてそうそうないから、分からない。自信を持って言えるかと聞かれたら微妙だ。
だけど、幽霊と言われるものはちゃんと見える。聞こえるし、たまに会話もする。会話と言っても、ただ一方的に文句を言うだけなのだけれど。
だからといって、怖がりではない。むしろ肝は据わっていて、あまり臆する事はない。いつも堂々としているため、見えざるものにびくびくと怯える事はないし、むしろ、しっしっ、と犬を追い払うかのようにしてしまう。
だから、こんな事を言われたって平気だ。
「こいつ、霊感あるんだ。だから、肝試しには持ってこいじゃね?」
「ウソ!マジで!じゃ、愛川くん連れてこうよ!」
「いいねえ、その方が面白そう!」
目の前の友人、菊田太一の遠慮のない言葉で周囲の女子はここぞとばかりに騒いだ。
自分の事を言われているのだが、蛍はあまり気に止めずに、昼食であるラーメンをずるずると啜っている。太一の口の軽い所は昔から知っているし、それによって彼の霊感を周りに伝えられるのはいつもの事なので、もう慣れてしまった。
どちらかと言えば、目の前で太一の周りをきゃあきゃあ騒いでいる彼女達の方が気になる。
「おい、蛍、聞いてんの?」
「ん、聞いてるけど……」
その前に、その人たち誰だよ。
そんな事を言おうとして、けれどやっぱり女子たちの悲鳴じみた高い声に口を閉じた。どうやら、どこで肝試しをするのかスマホで検索しているらしい。
「もう七月だし、暑いし、すっごく怖いとこにしようよ!クーラーもいらなくなるくらいの!」
「おお、いいねいいね、じゃあここなんてどう?ここの近くのトンネル!結構出るって有名なんだよ」
「やだ、トンネルって超それっぽーい」
それっぽいって何だ。というか、こいつら絶対幽霊なめてる。
蛍は心の中で白けた視線を送り、食べ終わったラーメンのスープを口の中に流し込んだ。ラーメンはスープまで飲んでこそ、ラーメンだと思う。その方が絶対味わえる。
「ていうか、愛川くんだっけ?この時期にラーメンって暑くない?」
「や、別に。結構平気で食べるけど」
「凄いね~、私、無理だわ」
どちらかというと、アンタの話し方の方が無理かな。
心の中で毒づいた蛍は、愛想笑いを浮かべてみる。それでだいたいの人間社会はなんとかなるものだ。
最近、太一が妙に彼女を欲しがって、こうして大学内の女性達と話しているのは知っていた。別に首を突っ込むつもりもないし、本音を言えば関わると面倒だし、何も言わなかった。だけどまさか、こうして自分にまでとばっちりが来るとは。
三人に気づかれないよう、こっそりため息をつくと、太一のスマホを覗き込む。それに気づいた彼も蛍に見えやすいように前に出す。口が軽いのは嫌だが、こういう些細な気遣いが出来る所が蛍は好きだ。
「このトンネル、行くの?」
「おうよ、どう?良くね?」
「さあ……?」
首を傾げてスマホを眺めた。何がどういいのか分からないし、このトンネルで肝試しをして一体何の意味があるのだろう。もちろん、それは太一の彼女作り、という意味があるのだが。
「あ、ねえ、よく考えてみればこのトンネル、あの店が出るってところに近くない?」
「ああ、幻の店。確かに近いね」
太一の両隣に座る女子は、そろって頷いていた。どちらもそれに合わせて長い髪が揺れ、鬱陶しそうだ。
こんなけばけばしい化粧した女子とは付き合いたくないな、と半ば太一を憐みながらその店について思い出す。
すると、それより先に太一がその店について話してくれた。
「あれだろ、深夜になると突然現れる店だろ?」
「そうそう、それ」
彼の言葉でようやく思い出した蛍も、ああ、と声を漏らす。確か、そんな噂を聞いたことがある。
噂と言っても、この光矢大学だけなのだが。
何でも、その幻の店は深夜になると突然現れるらしい。だがしかし、その店を見る事はほぼ叶わず、例え見る事が出来たとしても、入る事は出来ないという。入ったあかつきには、神隠しにあって帰ってこれないと、もっぱらの噂だ。
そしてその場所が、今回肝試しをするトンネルの近くだった。
蛍が入学した当時から流れているこの噂は、大学内では有名で、時が経った今でも絶賛話題になっている。
「その店も、見れるといいなあ」
片側の女子に頷いた菊田は、手帳とペンを取り出して、七月のカレンダーを取りだした。
「じゃあ、日にちとか決めようぜ。いつがいい?」
大して用事もない蛍は全てを太一達に任せようと傍観する事にした。
日程、時間、集合場所などある程度が決まると、蛍もメモを取るため、少し前のめりになって菊田に近づく。
自分の手帳を取り出すと、ペンを走らせる。それと同時に頭の中に内容をしっかりと入れておく。彼は書いて覚えるタイプの人間だ。
すると、突如として背後に人の気配がした。
「え、肝試しやるの」
渋い声にそう言われて、振り返る。
すると、四十代半ば程の男性が立っていた。背が高く柔和な目元に、白髪混じりの髪をぴったりとセットしてある。スーツを着ているため、きっと講師か何かだろう。
しかし蛍は見た事のない人物に首を傾げた。思わず、どちら様ですか、と言いそうになったほどだ。
「ああ、爽やかセンセじゃん」
女子の言葉にやはり講師か、と納得のいった蛍は、彼に一礼する。というより、爽やかセンセとはあだ名なのだろうか。だとしたら、そのまますぎる。
すると、呼ばれた男は柔和な目元を更に柔らかくした。
「やあ、元気にしてるかな。肝試しもいいけど、あまり危険な事はしちゃダメだよ」
やんわりと言った彼は、あまり迫力がなく、注意をされているという感じはしない。はあ、そうですね、と蛍は頷いておいた。
彼はたまたま通りかかっただけのようで、そのまま会釈をすると、去っていった。太一たちはそれを気に留めず、蛍の目の前でぺちゃくちゃと喋っている。
「だからさ、この場所はー、」
「ああもう、わーたって。ちょっと待ってくれよ」
話を聞いている限り、もう肝試しの事ではなさそうだし、このままここに居ても邪魔なだけだろう。
「俺もう行くわ。またな」
女子たちに向けてそう言うと、二人は甲高い声ではあい、と返事をした。最後に太一に手を振ると、食べ終わったラーメンの器を片付けて食堂を出る。肝試しは三日後、と頭の中で反すうさせる。
そんな時だった。
背中にゾゾッと悪寒のようなものが走る。突然の出来事に蛍は立ち止まり、一体何だと辺りを見回す。
彼がこういった現象を体験する時は、だいたい霊感が反応している時が多い。特に、霊が複数居たり、悪霊が近くに居た時だ。
そして、見事にその反応は当たる。
廊下の突き当たりから、一人の女性が歩いてくるのが見えた。地味なシャツにカーディガンを羽織り、ロングのスカートをはいている。色素の薄い髪は結び、右肩に流してゆらゆらと揺れていた。
きっと、普通に見ればとても目立たない、そこらに居そうな女性だろう。
しかし、蛍には彼女が際立って見えた。
なぜなら、その周りに複数の霊をまとわりつけていたからだ。
「何だ、あの数……、五、六……いや、七人か?」
霊をまとわりつけている女性は、きつく目をつむって、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる。その度に周りの霊達はわらわらと動く。
目をきつく閉じているのは、彼女も霊が見えて、怯えているのだろうか。はたまた別の理由か。
それよりも、悪霊かどうかは判断できないが、ここまで霊にまとわりつかれている人物を初めて見た。
もし、あの数の霊に取り憑かれていたら、どれだけ霊への耐性が強い人間でもたちまち影響が出るだろう。
きっと彼女は、辛く苦しい生活を強いられているに違いない。
向かいから歩いてくる女性とようやくすれ違う時、思わず振り返る。
だが、蛍が気にしたって何もできない。する義理もないし、あとは彼女の問題だ。それに、今はそれどころじゃない。
なぜなら。
「……まだ居やがる」
そのまま視線を左に移してみると、一人の女性が下を向いてぼんやりと立っている。女性の周りには灰色と黒の中間のような色合いの雰囲気がうようよと漂っていた。
そして、ようやく顔を上げたかと思うと、少しだけ透けた身体を蛍に近づける。
目元が前髪で隠されたまま、彼女は蛍を見た。
そして、ニィ、と笑う。
「あっち行け。俺、暇じゃないんだ」
そう、彼もまた、霊にまとわりつかれている一人だった。