喪服の女-A
『大丈夫さ、きっとわかってくれるさ。』
取り付く暇もなく実家を追い出され
ひどく肩を落としている彼女にそう声をかけながらも
自分も疲れ切っていた。
これほどかたくなに反対されるとは、
いったい何が気に入らないのか、
父が亡くなってからというもの温厚だった母の性格が
急に頑固な老人になってしまった。
もしかすると、永久に認めてもらえないんじゃないだろうか、
それでも僕は彼女への気持ちを変えずにいられるだろうか。
僕がこんな弱気なことじゃダメだ。
彼女を支えれるのは僕だけなんだ。
『大丈夫さ・・・』
どうしても結婚を認めてくれない母と
その母に味方する親族に疎まれながらも、
僕は彼女とマンションの一室で暮らしていた。
ある晩のこと、
普段どおり夕飯を済ませ、ゆっくり過ごしているところに
いつもなら二人で実家に出向いてもろくに話も聞かずに
追い返す母が、突然訪ねて来た。
『こんな時間にどうしたんですか』
母は、かまわず部屋の中に上がり込み
あちこちを厳しい目つきで見回りながら
ぶつぶつケチをつけ始める。
彼女は慌ててお茶を出す用意をしているが
それにたいしても、気が利かないだののろまだなどと、
どんなに彼女の素晴らしさを説明しても
輪をかけて何倍もケチをつける。
ああ、どうして、わかってくれないんだ
なぜ、わかってくれないんだ
おかしい、こんなことは間違っている。
目の前の床に母が倒れていた。
ああ、なんてことをしてしまったんだ。
いや、何も起きてなんかいない。
そう、何もなかったんだ。
母の体を抱えるとそのまま押し入れの荷物の隙間に座らせた。
彼女が部屋の外から何か言っている。
『どうしたんだい、母さんならさっき帰ったよ』
どんな障害も二人なら乗り越えられる。
そう信じていた。
しかし、最近の彼女は様子がおかしい、
友人に相談しては見たものの
どうしたものか、
どう対処すべきなのか。
彼女は一人でいる時
こっそり和室にこもり
誰かと話しているかのように独り言を言っている。
『ごめんなさいお義母さん・・・わたしが・・・』
もうやめてくれ、
彼女の前に飛び出して叫ぶように懇願した。
いい加減目を覚ましてくれ、
ここに母さんはいないんだ。
勢いよく押入れのふすまを開け
彼女に言い放つ。
彼女もわかってくれたのか顔を伏せて黙っている。
そうだ、ここには、なにも、
押し入れの荷物の隙間に押し込められた
母の姿があった。
母さんどうしてこんなところに。
『お義母さんを実家に帰してあげよう・・・』
彼女が泣きながらせき込むようにそうつぶやいた。
そうだね、もう遅いし家に送ってあげよう。
車いすに乗せて廊下を進む間も実家についてからも
母はずいぶんおとなしかったな。
眠っているのかな、
布団を引いて横になれるようにしてあげよう。
『ねぇお義母さんのお葬式をだしてあげようよ』
何を言ってるんだ、
母さんは寝ているだけさ、
いくら頑固者の母だったからと言って
縁起でもないことを言うなんてどうかしている。
『でも・・・だって・・・』
まだ言うのか、いい加減黙れ。
我に返ると、母の布団の横に彼女が倒れこんでいた。
なんだこれは、
慌てて家を飛び出し
夜の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み
少し冷静になった頭で考える。
こんなところで何をしているんだろう。
そうだ、彼女を探してたんだ。
最近よく夜中にどこかに出かけているようだったし、
何かあっては心配だしな。
そろそろ家に戻ってみるか
もう家に戻っているかもしれない。
だが、彼女の姿はどこにもなかった。
その夜以来、忽然と姿を消してしまった。
友人や彼女の行きそうなところは手あたり次第探したし、
警察にも届け出をし、
夜中に出歩いていたかもしれないこと、
何やら独り言を言ってたことまで詳しく説明したにもかかわらず
誰も本気で探そうとはしてくれなかった。
どうして僕の前からいなくなってしまったんだ
もうだれも当てにならない
自分で探すしか。
ふらふらと、あてもなく捜し歩いていると
いつの間にか実家の前まで来ていた。
何故だか足の向くままに家に上がると
これが虫の知らせとでもいうのだろうか、
母の傍らで彼女が眠っていた。
母さんの面倒を見てくれてたんだね。
疲れたろう、家に帰ろう。
優しく彼女を抱きかかえ起こさないように
ゆっくりと家に向かう。
もうどこにもいかないでおくれよ。
誰にも邪魔されないように、
そうだここにいれば大丈夫。
和室の押入れに彼女を座らせる。
二人はずっと一緒にいられるさ、
やっと幸せになれるんだよ。
みんなに祝福されて。
反対してた母さんももういない。
そうだね、
お葬式をださないとだね。
君も喪服に着替えないと。
うん、何を着ても似合うよ。
さあ、忙しくなるよ。
この後は僕たちの結婚式の準備もあるしね。