表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喪服の女  作者: 海土竜
1/2

喪服の女

私は古くからの友人であるAさんに呼び出され、

聞いてほしい話があるのですがと

相談を持ち掛けられました。


待ち合わせ場所につくと珍しくAさんは一人でした。

Aさんには当時、結婚を約束した彼女がいたんですよ。

二人はとても仲がよさそうにどこへ行くにも一緒に行動していたほどで、

私も一緒にいるところを何度か見かけたことがあるのですが、

おとなしく控え目な女性なのですが人当たりのいい笑顔の

それはもう、お似合いのカップルといった感じだったのですが、

彼女の両親が早くに離婚し片親で育てられたこともあって、

Aさんのご両親はかなり激しく結婚に反対したらしいのです。

それでも、二人の意志は固く、

何とかご両親に結婚を認めてもらおうと、

何度も実家を訪れては説得を試みてたそうなんです。

しかし、Aさんの実家は古くからの名家ということもあって

そう簡単には説得できるはずもなく、

Aさんの親類縁者からもかなりの嫌がらせもうけていたようです。


そんな生活の中、無理が溜まってたのでしょう

Aさんの彼女は少しづつ心を病んでいったそうなのです。

ええ、普段は全く変わりのない笑顔を浮かべて

愛想よく振る舞ってはいたのですが・・・


そして、Aさんは少し言葉を詰まらせながら、

やがて神妙に語り始めました。


ある日、夜中の2時ごろだったか私がふと目を覚ますと

隣りに寝ているはずの彼女の姿がなかったのです。

その時は特に不審にも思わずトイレにでも行ったのだろう程度に

気にも留めていなかったのですが、

別の日の夜中にバタンッっと、ドアの閉まる音で目を覚ますと、

また彼女の姿がない。

少しおかしいなと思うも強烈な睡魔に襲われどうにも起きてられず

そのまま眠ってしまったのです。

次の日の朝には隣に彼女の姿があり、

彼女の様子も特に不自然なこともなかったので

それほど深刻に考えてはいなかったのですが、

しかし、もし夜中に出かけてるとしたら心配なので

私は一度寝たふりをして様子を見てみようかと思い付き、

布団に入って様子を窺っていたのですが、

いつの間にか本当に眠ってしまっていたようで、

慌てて目を覚ました時には、すでに彼女の姿はなかったのです。

彼女を探しに行こうと玄関に向かうも

靴もそろってるし外に出た形跡もない、

家の中にいるのだろうとさほど広くもない

マンションのトイレやキッチンを探してうろうろしていると、

リビングの隣の和室から何やら話し声が聞こえたのです。

他に誰かいるのかと思い、そっと和室に続く引き戸を開けると、

真っ暗な部屋の真ん中に彼女が一人こちらに背を向けて座り込み何かつぶやいていました。

なんだ、ここにいたのか、

少し安心して声をかけようとした時

彼女の正面にある押入れが10cmほど開いてあり、

その隙間に並ぶ二つの目がこちらを見ていることに気が付きました。

驚いて叫び声を上げたつもりだったのですが、

私が叫び声を上げたのはベットの上でした。

その声に彼女が眠そうな目をこすりながら

いきなり起こされて不満げにほほを膨らませていました。


夢でも見たのだろうか、

気になりはしたものの仕事の疲れもあり、

夜中に起きてられず、いつの間にか忘れていたんですよ。


そんなある日、いつものようにリビングで風呂上がりのビールを飲んでいると

和室に続く引き戸が少しだけ開いていたんです。

急にあの日の夢を思い出し寒気が走ったのですが、

どうしても確かめたくなって、その引き戸を開けて和室に入ってみたんですよ。

当然というか、和室には何の変化もなく、

私はあの押し入れのふすまを開けてみることに

得も言われぬ緊張のためゴクリとつばを飲み込み

恐る恐るふすまを開けると、

何のこともなく荷物の入った箱が積み重なってるだけの押入れでした。

馬鹿々々しい何を考えているんだ

安堵したとたん急にそう思えて、笑い出しそうなところに

和室の引き戸の外から彼女がどうしたのと声をかけてきたのですよ。

ちょっと探し物をねと言葉を濁しながら、

和室を後にしたのですが。



この話を聞いたころのAさんはとても落ち着いた雰囲気の方で、

ゆっくりしたトーンで話す育ちの良さがわかるような

とても感じの良い方だったのですが、

ある晩を境に急に様子がおかしくなったのです。


その日の夜中にAさんの彼女が忽然といなくなったのです。

警察にも届け出を出し、方々探し回ったのですが

全く手がかりも見つからず、

部屋の中も警察にさんざん探し回されたそうで

荷物の片づけに相当時間を取られてるようでした。

Aさんも心労のため仕事も休みがちになり

家に引きこもるようになっていたので、

皆、心配して時々尋ねるようにしていたのですが

以前のAさんとはうって変わって、

突然怒鳴り声を上げたりと

かなり情緒不安定な面もあって少しづつ距離を置き始め、

だんだんと疎遠になっていったのです。


それからしばらくしてのこと、

Aさんから連絡がありまして、母が亡くなったと。

彼女の失踪に続いて、母親の他界、Aさんもさぞ辛いだろうな、

結婚にあれだけ反対されてたとは言え、

いや、もし順番が逆だったら彼女は失踪せずに済んでいたのかも、

などと思案を巡らしつつAさんの母の告別式に向かったのです。

距離をとっていたこともあって、

Aさんと顔を合わすのは少し気が引けていたのですが、

そこで出迎えてくれたAさんは以前のように

落ち着いた感じの良い雰囲気のAさんだったのです。

他の友人たちは、

付き物が落ちたようにすっきりした顔をしてたなどと

口々に言っていたのですが、

私には、中身が抜け落ちたような

薄っぺらな抜け殻の様な生気のなさを感じずにはいられませんでした。

なんだか無性に居心地の悪さを感じた私は、

早めに帰ることにし、一人最寄りの駅のタクシー乗り場に向かったのです。

まだ明るい時間でもあったのでこの時間帯ならバスのほうが先に来るかなと

思いつつ、並ぶでもなく待っているつもりだったのですが

後から来た二人連れが私の後ろに並んだので、

車道を通る車を気にしながら待つ格好になってしまいました。

ほどなく1台のタクシーがやってきたと思ったのですが、

後部座席に人影が見えたので、残念空車じゃないのかと思ったのもつかの間

そのタクシーはそのまま私の前に停車し、ドアを開いたのです。

そこには誰も乗っておらず、見間違いかだったのかと

そのまま乗り込もうとした時に、

後ろで待ってる二人連れが、あの車誰かのってなかった?

その言葉にゾッとして振り返ろうとした時

乗り込もうとタクシーの中に差し伸ばした私の右腕を

真っ白な女性の手が掴んでいたのです。


私は叫び声も出ないほど驚き、

そのまま後ろに飛び退って廻りの不審がる視線も気にせず

歩き出しました。

ええ、もちろんのこと

落ち着いてみてみるとタクシーの中には誰もいなかったのですが、

私の右腕をつかんだ、

その喪服の様な真っ黒なドレスから延びる真っ白な手の指には

見覚えのあるAさんの彼女の婚約指輪がはまっていたのです。


私はよぎった不安がどうしてもぬぐいきれず、

そのままAさんの住んでいるマンションに向かいました。

Aさんが出かけているため誰もいない筈ですが、

私には予感めいた確信があり

ドアノブをゆっくり回すと、ドアには鍵がかかっておらず

すんなりと開けることができました。

以前来た時とは違って、

随分ごみが散乱していましたが

私は迷うことなく、

Aさんから聞いた寝室の隣、

リビングから続く和室へと向かいました。


キッチンには洗い物が溜まり、

廊下やリビングには、ビールの缶やごみが転がっていたにもかかわらず

その和室だけは、全く何もなかったのです。

そう、ゴミどころか家具や日用品さえも。

Aさんの話通り押入れのふすまだけが唯一の調度品のように。


Aさんの彼女が話しかけていたというそのふすまの前まで来ると

私の不安がどんどんはっきりした形になっていくのを感じました。


そこにいる。と


歩くたびに嫌な音を立ててきしむ畳を進み

私の手が誰かに引っ張られるかのようにそのふすまを開けると

そこには、

半ば白骨化した黒いドレスを着た死体があったのです。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ