日向木工所
「台を直さなきゃ駄目なんだ。台を。」
新築の家に取り付ける敷居を、一生懸命に鉋がけしようとする亮太郎に私はそう声をかけた。
駄目出しをされた彼は、むぅ、と唸って鉋の台に目を凝らす。
鉋から出てくる屑は、細く、縮れたものしかない。
「台をしっかりやんなきゃ、綺麗に鉋はかからないさ。」
言いながら自分の手元の材木に目を向ける。
むぅ、と私も唸る。
「大変な木目だ。」
もっと素直な木目のものを選べば良かったと後悔する。
まぁ、ただ後回しになるだけなのだが。
奥の研ぎ場では、新人の大悟がこれまた一生懸命、鉋を研いでいる。
様子を見るに、とてもじゃないが切れる刃にはなっていないだろう。
かけていたラジオから18時の時報が流れる。
むぅ、と私はまた唸る。
「今日はこのくらいにしとくか。」
亮太郎が不満そうにため息をつくのが聞こえる。
ここは日向木工所。
木造の住宅を建てる大工の会社。
私は日向静、女のような名前だが、しずか、である。
先代棟梁である親父が、2年前に急逝してからこっち、私がどうにかこの会社を続けている。
鉋の台から刃を抜いて、研ぎ場に向かったのは亮太郎。
大学を卒業して、日向木工所に弟子入りしてきた青年である。
今年で修行3年目になろうか。
物の覚えは悪くはないが、少し不器用なところがある。
逆に刃を鉋台に仕込んでいるのは大悟。
今年弟子入りしてきた18才だ。
名前とは裏腹に、身体は小さく度胸もない。
ただ、よく気が回り、人に心配りの出来る男だ。
「亮太郎、鉋もいいが、早く帰ってやらんと彼女が愛想尽かすぞ。」
途端に亮太郎の顔が渋くなる。
振り向けば大悟の目が泳いでいる。
なるほど。
「またお前降られたのか。」
亮太郎は返事もしないで研ぎ続けている。
彼はなかなかのいい男である。
背も高く、彫りの深い顔立ちとさっぱりとした短髪はまるでモデルのようだ。
しかし性格に難あり。
少し、熱中し過ぎるきらいがあるのだ。
こうして研ぎを始めれば、夜中の2時3時もざらである。
付き合っている女性も、放っておかれては堪らない。
「まったく。」
呆れたものだ。いや、修行している身として見れば、これ程熱心なのは素晴らしいことだろう。
ただ、時代が時代だ。
手にした技術を、見せつける場面もなかなかない。
「ほどほどにな。先に帰るぞ。」
そう言って私は帰り支度をする。
二人が、お疲れ様です!!と答える。
人には色々言うものの、私にも待っている人なんていないのだが…。