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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、隣国の王族
36/39

16/私と妹と、王太子の懸念

 隣国の王宮について、ひとまずは安心――となったら、物語の持って行き様に悩むようになりました。

 これをしよう!っていう目標を見失ったというか……切迫感が無くなったというか。

 一応、イジメられる心配のなくなったミンティシアにとって安心安定、お兄様とのやすらぎ環境で年相応の可愛らしいお友達をゲットだぜ!が目標ではあるのですが。

 物語の起伏といえば良いのでしょうか?

 ちょっと今後の方針案に悩みながら書いていたら、何故かこんなことに……迷走しました。




 朝、目を覚ますと腕の中に馴染みのないぬくもりを感じて目が冴えた。

 馴染みはないかと思ったが、徐々に馴染んできたようにも思える温いかたまり。

 妹が、腕の中にいた。


「………………そういえば、共に寝ることにしたのだったか」


 誰かと眠るという習慣は、今までにないもの。

 特例的に、非常時には誰かと共に夜を明かすこともあったが。

 ぬくもりよりも習慣にこそ馴染みはなかったのかとぼんやり思う。


 真っ暗闇では怖かろうと、寝台を覆う天蓋は開け放っていた。

 明り取りの窓から差す陽光()が、寝台の中にまで差している。

 私が上体を起こせば、胸の中に潜り込んでいた妹に差す明かりを遮るものはない。

 光を感じてか、小さな体がもぞりもぞりと身じろいだ。

 私の膝の上に乗り上げる、幼いぬくもり。

 枕近くに置いた籠の中では、山猫の子が未だ眠っている。

 妹も同じだけ寝かせておこうかとも思ったのだが……目が覚めて私がいないとなると、どうなるか。

 慣れぬ環境で独りを意識するのは存外、堪える。

 私を頼りにしているらしい妹であれば、より強く堪えるのではないか。

 目が覚めてすぐに私を探す妹の姿が、脳裏に浮かんだ。


「……やはり、起こすとしよう」


 妹が目を覚ますまで、私が付き合ってやれれば良いのだが。

 この王宮では客分とはいえ、学ぶという名目で身を置かせてもらっているのだ。

 他国の人間ではあるが、予定も責務も相応に詰まっている。

 私の予定に付き合わせるようで心苦しくはあるが、独りで目覚めさせるよりは良いだろう。




 朝食の席で、側近の第二席に当たる男が手帳を開く。

 元々が文官肌の男のこと、通常時は主の予定管理や何かの手続きなど書類仕事に大別される物は彼が采配を振るっていた。

「――殿下、本日のご予定ですが」


 前触れも無いも同然で、当初の計画を早々と切り上げて昨日戻ってきたばかりだというのに。

 本来は空けられていた筈の予定が翌朝には詰まっていることを不思議に思う。

 だが、王宮とはこんなものだろう。

 予定など空く時は空くが、何かの折にはぎゅうぎゅうと詰められる。

 昨日の帰参を聞き付けた方々からのご機嫌伺い。その中から側仕えの者達が選りすぐった、無視の難しい相手からの希望が詰め込まれていく。

 優先順位の高い相手から、順次挨拶をしていかねばならない。

 その対象が個人であることもあれば、茶会などの席に邪魔することで数人に纏めて……ということもある。

 それも対応する相手の好みに応じて付き合わねばならない。

 私には実質親しい相手などいないが。

 個人で対面しても堅苦しい話に終始するのみ。

 だからといって社交の場に出て見世物にされるのも……


 王宮内で何を置いても優先せねばならない相手。それは王族で間違いない。

 私自身が隣国の王族である為、ご機嫌伺いに来る者達にも配慮される側だ。

 ある程度は私に対して融通を利かせてもらえる。

 だが、王族である私が重んじねばならない相手がいない訳ではない。


 この国の王族、それも直系の……国王の一家。

 王家の者に呼ばれては、足を運ばざるを得ない。

「王太子殿下が昼餐の席を共に、とのことです。是非、妹君も同席を……とのことですが」

「……王太子殿下のお誘いは有難くお受けしよう。しかし妹は、何分まだ幼い身での旅路を終えたばかり。どうやら疲れが出たようです、とでもお伝えせよ」

「おにいさま、ミンティシア……げんき、よ?」

 出来れば一緒にいたい、離れたくないという気持ちを雄弁に瞳に乗せて。

 じぃっと見上げてくる妹に、しかし兄はゆっくり首を左右に振った。

「王太子殿下は初めてお会いした時、男の私にまで恋の相手をお求めになったような節操のない方だからな。ミンティシアはレミエル達と共にいなさい」

「……初体面時は王太子殿下が、リュケイオン殿下のことを女性だと思い違いになられただけですけどね。殿下、あの頃は髪が長くていらしたから」

「母譲りのこの顔が、王太子殿下にとって魅力的に見えることに違いはない。ミンティシアは大事を取って離宮に残ると良い。お兄様は心配だ」

「……しんぱい?」

「ああ、心配だ」

「……………………うん、わかった。ミンティシア、ここでおにいさまをまってる」

「すまないな」

 見知らぬ土地で兄と離されるのは心細く不安だろうに、兄を心配させまいと我慢を重ねる妹。

 妹の健気な姿に、リュケイオンは可能な限り早く戻ってこようと決めた。

 その為なら……王子との会談も早め早めに切り上げても構わない。

 この国の王太子であるはずの従弟に対するなけなしの配慮が、がりっと削れた瞬間であった。



 そもそも、この王子を相手に『配慮』というものを配る気にならない。

 初めて顔を合せた折より何度も思ったことを、今再びリュケイオンは考えていた。

 昼餐の席、向い合せに座したその場で。

 目の前の従弟はリュケイオンを相手にぬるい笑みを浮かべていた。

「それで、リュケイオン? 君が故国から連れ帰った姫君は大層お可愛らしい方だと耳にしたよ。君が他に類なく気配りして、さながら手中の珠のように大事にしているそうじゃないか」

「それが何か」

「いや、そんな淡白な反応を返してほしい訳じゃなくて……他人に関心の薄いリュケイオン王子が人目に曝すのも嫌がるくらい可愛がってるって一夜にして噂なんだよ。せっかくだからこの場に同伴をとお願いしたつもりだったんだけどね?」

「妹は長旅の疲れが出たので休んでおりますが。そもそもまだ九歳と幼い子をいたわらないほど鬼畜だったつもりはない」

「九歳!? そ、それはまた……随分と幼いんだね。予想より年齢が低かった……」

「……随分と驚いているようですが。何か妹の年齢を気にするような案件が?」

「それは、ね。恥ずかしい話だけど、君の顔は麗しい。女性であれば凄く好ましいと思っている。何しろ僕の初恋は、君の顔だからね。……そんな君に面差しの良く似た妹と聞けば、期待するだろう?」

「…………九歳の女児を相手に何を言っているのか自分で理解できているだろうか。衛兵を呼んでも?」

「その性犯罪者を見るような目は止めてくれ。誤解だ」

「ああ、衛兵では王太子の身分にある方を取り締まれませんね。叔母上にご報告しても?」

「君の妹がそんなに幼いとは思っていなかったんだ! 何しろ、ほら、急に出てきた情報だったので此方まで仔細は伝わっていなかったというか。妹君の個人情報を把握していなかっただけなんだ!」

 必死に王太子が弁明を重ねるも、リュケイオンの従弟を見る眼差しは幼児性愛者(へんたい)を見るものとほとんど変わらない。

 容姿が優れているとこんな余計な虫が現れるのかと、妹の心の平安がどれだけ貴重なものかと憂鬱になる。

 なまじ、自らの経験上思い当たる危険がわらわらと出てくるだけに、妹の身辺警護の見直しが急務だと感じられた。

 これでは、過保護にならざるを得ないではないか。

「……僕はそんなつもりはない。重ねて言うけど、九歳の女の子相手に無体を働くような異常者になるつもりは微塵もない」

「その言葉、この場では信じておきましょう。……叔母上のお耳には入れますが」

「Oh……本当に、僕にそのつもりはないんだ。僕よりも気を付けるべき相手は、きっと他に大勢いるよ」

「……どういうことですか」

「君は自覚しているかどうか知れないけれど、僕の同年代……いや、もう少し幅広い年代でかな? この王宮に足を踏み入れる機会があった貴族の紳士諸君、とでもいおうか。その中に、女の子と見間違い必至だった君が初恋(一目惚れ)って男は多いんだ」

「世も末ですね」

「本当に、美しさというものはとかく罪深い。……うっかり引っ掛かりかけた僕が言うのだから間違いないさ」

「責任を転嫁しないでいただきたい。それで? 私の顔を好ましく思う男性諸氏には私の妹への関心を持つ者が少なからずおり、中には年齢を気に留めない者もいるだろうから気をつけろ、とでも?」

「ああ、まさにその通りだ」

「本当に……世も末か。故国では立場などあってないも同然の身でも、それでも私と妹は隣国の王族の筈。他国の王家に連なる者に、何をするつもりだと?」

「確かに君達は隣国の王族で、尊重されて然るべき立場だ。それは確かなんだけど……偶発的な事故を装って、婚約者にせざるを得ない不名誉な事態に持ち込もうと狙う者がね? 社交界にはいるんだよ。特に家を継げない立場の三男、四男辺りにそういう卑劣な手段を常套と考える馬鹿がいるんだ。それを見習う新手の馬鹿が現れないとも限らない。それでまんまと妹君の将来の婿の座を手に入れてから、じっくりと自分好みに育てようとか……そういう不埒な男が現れないとも限らないよね、と。可能性の話だけど」

「そんな慮外者を、私達の身辺に近付けるつもりか」

「そんなつもりは全くないけど! 馬鹿っていうのは常識を考えないから馬鹿なんだ。自分の目的の事しか考えず、此方の予想を超えた真似をする。それにこれから王宮に滞在するのなら、何かの行事の折に接触しないとも限らないだろう? 良くも悪くも、君は周囲の注目を受ける立場だし」

「……くれぐれも妹から目を離さぬよう、周知徹底を心がけます。当然、私自身が目を離さぬことが第一だが」

「いっそ後ろ盾になれそうな、身分と立場の安定した良家と今の内から縁組しておいた方が良いんじゃないかい? 何よりまず妹君の立場を安定させることが安全を図る第一じゃないかな」

「妹の縁組については、私の一存では決めかねる。故郷の王太子(あに)から妹の処遇に関しては一任されているが、それでも王族の縁組とあれば国の今後にも関わる一大事。兄の判断を仰がないことには」

「それもそうか。王族の結婚は吟味からして時間がかかるしね……そういえばうちの妹達にもまだ婚約者はいなかった筈だし。婚約で後ろ盾を得る案は保留か……他に馬鹿を黙らせる安全策は何かあったかな」

「私達兄妹の身の安全の為、不埒な馬鹿とやらは取り締まってはもらえないので?」

「まだ何もしていない者を、どう取り締まれと? 精々周囲の警戒を強め、誰か馬鹿が動いた瞬間に現行犯逮捕がいいところだ」

「妹には安住の地はないのか……それではどうしても後手に回らざるを得ない。万一のことがあったらどうする」

「君も妹君も故郷での実態はどうあれ、隣国の王族だ。この国の王家としても君達の身辺には気を配るさ。警護の領域ではダンダリオン一族が優秀だ。毛色が少々違うけど……リュケイオンもあの一族の手腕はよく知っているだろ? 妹君の警護に適任の者がいないかダンダリオン家に打診してみようか」

「貴殿は私の妹の人間不審と人見知りを甘く見ておいでのようだ。そう易々と見慣れぬ人間を近づけて心安くあれるほど、妹は人慣れしていない」

「人慣れって……野生動物みたいだな、いや、そういえば君も昔はそうだったっけ……? 何分、当時は僕も子供で客観的視点に欠けていたから自信はないけど。そういえば、あの頃の君って……」

「ともかく、妹に人を割いていただけるのは有難い話ですが、今は心的余裕が足りないのが現状なので。誰か専任の護衛を付けるにしても、妹が環境に慣れるまでの猶予が必要だろう」

「猶予、ね………………そういえばダンダリオン家には丁度、成人前の少年がいるらしい。未だ修行中ではあるが、既に一端の戦士にも劣らない実力を身に付けていると評判だ。人に慣れていないのなら、大人よりも年齢の近い相手の方が打ち解けやすいか?」

「妹の人間不審に相手の年齢は関係ない。大人も子供も等しく自分を虐げる存在だと認識している筈だからな。むしろ子供の方が分別がつかない分、洒落にならないことを仕出かすので恐怖感は増大する」

「……経験者は語る、といった様子だな」

「経験者ですので」

 ダンダリオン一族、期待の新星……ダリウスの実の甥御に当たる少年の名は、この場ではっきりとは出なかったが。

 存在だけは口の端に上り、王子の意識のどこかにカチリとはまり込んだ。

 いざ妹姫に護衛を付けるという時、大人ほど頼りにはならないかもしれないが……年齢が近ければ打ち解けやすいのではないかと、口にしたその言葉に然りと感じる。

 視点の近い子供であれば、大人ではいき届かない部分にも気付くことが出来るだろう。

 打ち解け、仲良くなれば相手は美少女だ。純情な少年など一殺かもしれない。

 そうとなればその辺の斜に構えた大人よりも余程死力を尽くして守り抜こうとするのではないか。

 身分も立場も上の大人を相手にした時、子供では舐められるかもしれないが。

 ダンダリオンの者となれば一蹴されることはないだろうし、護衛武官家系の誇りにかけて食らいついてくれるはずだ。あの家の護衛任務にかける熱量は理解し難い程だし。


 薄く、ぼんやりとだが。

 幼い姫君の護衛に将来有望な少年を……という考えは、温室育ちの王太子にとって中々の名案のように思えた。



 ミンティシアに変なフラグが立ちました。

 …………が、周囲の過保護なお兄さん達にその儚いフラグは叩きおられてしまうかもしれない。

 まあ、まずは男女の出会いより友情面での進展ですよね!


 女の子の友達を作ってあげたいのですけど、無理だったら男の子でも良いかもしれない。

 ……思春期になってから周囲大荒れの原因になりそうですけどね!


 今回は興味関心のある話題(主題:ミンティシアの今後の安全について)だったのでお兄様も割とよくしゃべってますけど、これ普段だったらここまで従弟との会話にわざわざ口を開いたりしない気がします。

 そんなお兄様の態度を見て、今までのつれなさを思い出して、従弟王子は沁々感じ入ったり複雑に思ったりしていそう。

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