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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、隣国の王族
33/39

15/私と妹と、ひとつの部屋





 人付き合いらしい関わりを持つこともなく育ってきた身に、叔母上の性格は合わなかったらしい。

 私も覚えがあるが、急にぐいぐい来られると疑心暗鬼に陥ってしまう。

 妹の頭の中で、叔母上の存在はどう捉えられたものか。

 確かなのは今この時、妹が私に縋りつくほど怯えているということ。

 人慣れない妹の心細げな様子は、見て明らかだ。

 今はあまり強い刺激を与えない方が良いだろう。

 王室の方々より、夕食を共に……というお言葉を頂いてはいた。

 だが、いま妹を従姉妹達に紹介しても、良い結果は得られまい。

 私は与えられた室で妹と二人、静かな空間で食事を摂ることとした。


「そういえば殿下」

 夕食の席、給仕に務めていたダリウスが口を開く。

 食事中に語りかけるなど、本来従者として褒められたものではない。

 だが遠慮をするような間柄でもなし、少々の不作法には目を瞑っていた。

「何か? ダリウス」

「いえ、話合っていなかったと思いまして。……妹君にお付けする侍女の選定はどうします?」

「侍女? 侍女か……」

 確かに、そのことを話し合っていなかったことは手落ちと取られても致し方ない。

 高貴な身分の婦女子には、その身の回りを世話する侍女がつくものだ。

 ミンティシアの故国での暮らしぶりを思うに、今まで付けられていなかったことは予測するまでもないことだが。

 しかし、侍女か。

 確かに真っ当な令嬢であれば、その身の高貴さ故に必要だろう。

 だが、しかし……人を恐れる幼いこの妹に、いきなり見知らぬ人間を四六時中側に置くように命じろと?

「侍女は、要らぬ」

「え? いや、そんな訳にはいかないでしょう。妹君は隣国の王女ですよ?」

「確かに身分を考えれば付けて然るべきと私も思いはする。だが、無理なものは無理だ」

 そう、無理だろう。

 無理を通せば、ミンティシアが疲弊するだけだ。

 下手を打つと、実際に体調を崩す恐れすらある。

 男女の別か、個人の資質が理由か、ミンティシアは私よりも他者への恐怖が大きい。

 自分を害することのない他者、従者が側にいることにいつしか慣れた私よりもずっと。

 この小さな妹が他者を受け入れられるだけのゆとりを得るには時間がかかりそうだ。

「強引に引き合わせて、さあ一緒に過ごせと言う訳にはいくまい?」

「……人慣れする時間を設ける方が先ですかね。あとはじわじわ慣れさせて相性を見てから正式に任命するか」

「いつかは付けねばなるまい。だが今暫く、ミンティシアの身辺が落ち着くまでは控えよ」

「人選は如何なさいます? ある程度なら人事にも融通を利かせられますけど」

「お前達の目に任せる。だが氏素性や経歴よりも、人柄と心の柔軟性を重視せよ。少々能力が劣ろうと、人格さえ伴っていれば多くは求めない」

 この国の王宮に滞在する間、ミンティシアの側近となるやもしれないのだ。

 何よりも大事なことは、妹とうまく付き合えるか否かに限る。

 仕事は出来るに越したことはないかもしれないが、能力の有無よりも性格の方が大切だ。

 間違っても、祖国で妹に付けられていたような……アレは言語道断だ。世話係と呼ぶのも烏滸がましい。

「やはり慣れぬ内は、環境を大きく変えぬ方が良いだろう。なるべく私の側に置いておく」

「一応、妹君のお部屋は殿下のお部屋の隣にご用意しましたが」

「……隣、か」

 この幼い妹を、彼女の知らぬ場所であるこの王宮で、一人に出来るか。

 自問自答してみれば、答えは即座に胸より返って反響した。

 

 無理だな。


 一時のことであろうと、一人にするのは心配だ。

 せめて妹がこの国に少しでも馴染めるまでは。

 それまでは。


 自分の身の回りの一切はし慣れている。

 自分のことは慣れていても、他者の世話などは焼いたことがない……だが。


「――ミンティシア、今日から暫くはお兄様と同じ部屋で休みなさい」


 ミンティシアンが、せめて私以外に頼りとする者を見つけるまで。

 それまでは、私が自らの手で妹の世話をするとしよう。

 身分相応の行いではないが……兄が幼い妹の面倒を見る。

 それのどこに、おかしいことがあろうか。

 ……王族の兄妹であれば、おかしいのだろうか。

 一般的な「王族らしい」兄弟関係など未経験なのでわからない。

 そんな私の振舞いが、一般論で封じられる筈もなく。

 私は本来であれば侍女がすべき妹の世話の一切を、己が手でやると決めた。

「……おにいさま。夜も、ミンティシアとずっといっしょ?」

「ああ。……子守唄か、絵本を読むべきか?」

「おうた? えほん? ……読んで、くれ、るの……?」

 どうやら、絵本の方が良いらしい。

 動かすことに不慣れな表情は全く変わっていないが、瞳の輝きだけは光を増した。

 幼い純粋さで、キラキラと私を見上げてくる。

 ……ここまで期待されては、応じねば不実というもの。

「殿下、そういう普通の寝かしつけ方も知ってたんですね」

「知識としては、な。だが知識以上のことは知らない。……ダリウス、相応と思える絵本を書庫より見繕ってもらえるか」

「御意。俺のお勧めは『パンちゃんカエルとのこのこプリンのさんかくパンチ』とかですかねー。俺の甥っ子はこの本好きで、読んでやると大喜びしたもんです」

「待て。なんだその中身の量れぬ題名は」

 絵本とは、こちらの理解を越えた題名をそれで良しとするような珍妙な書物なのか。

 十九年間生きてきて、思えば絵本に分類される類の本を読んだ経験はあまりに少ない。

 それも手に取る機会が巡ってきたのはいずれも故国を出た後であった為、自分の年齢にそぐわない幼児向けの絵本は見向きもしてこなかった。

 読んだ絵本も、何かの題材やモチーフとして使われていたので参考に、などと必要に迫られて手に取ったものばかりだ。

 ……幼い妹に絵本を読む、などと。

 思いつきで言ったことではあったが……果たして、本当に私にそれが出来るのだろうか。

 妹の期待を裏切ることになるかもしれぬと思うと、握った手に汗が滲んだ。




 


『選書会議』※リュケイオンたちの里帰りに際し、お留守番していた側近(次席)視点



 突如、御母堂の訃報によって帰国を余儀なくされたリュケイオン殿下。 

 大急ぎで用意を整え、旅程の算段を付けて送り出したのは然程前の事じゃありません。

 ですが殿下は想定していた日程を全て無視したとしか思えない速さで速攻とんぼ返りして来ました。

 本日、御到着。 

 知らせを受けて慌てた私が出迎えると、そこには殿下と……殿下に面差しの良く似た、美幼女。

 一瞬、私の頭の中に「え、いつ産んだんですか?」という世迷言が駆け巡りました。

 男が子供を産む訳ないでしょう、馬鹿ですか私。

 次いで隠し子疑惑が脳裡に稲妻の如く飛来しましたが、そんな勘繰りは微塵も表情に出す訳にはいきません。

 下世話過ぎると己の表情筋を固めていると、殿下から美幼女様に関する説明がありました。

 なんと、妹様ですか!

 ……隠し子じゃなかったんですね!

 

 そもそも妹君、見た目は実年齢よりずっと幼いですが、実際のところは九歳とのこと。

 ああ、じゃあ……十九歳の殿下の隠し子というのは、無理がありますよね。倫理的に。

 私は動揺も顕わに「隠し子ですか!?」とか聞かなくて良かった、と。

 胸を撫でおろして殿下方をお部屋にお迎えし、後はダリウスに任せて旅装を解くのも終わっていない一行の後始末に向かいました。

 

 まだ馬の世話や馬車の格納など、雑事は残ったままで。

 私は他の手が空いている者達と、旅汚れに染まった品々の手入れに忙しい。

 口くらいは動かす余裕があるので、手を動かしながら雑談に興じていた時のこと。


「――皆の衆!」


 いきなり、部屋にダリウスが転がり込んできました。

 ……何事ですか?

 何やらいつになくはしゃいだ様子のダリウスに、皆が怪訝な顔をしていると。

 我らが筆頭殿は、声高らかに言いました。


「殿下が! あの何にでも関心の薄かった、リュケイオン殿下が!

妹君の為に絵本の読み聞かせに挑戦すると仰せであられる!!

絵本の選定は我らに任された……皆の者、大至急図書館より各々お薦めの絵本を一人一冊選びだして此処に持て!!」


 直後。

 その場に居合わせた殿下にお仕えする皆々は、一様に仕事を放り投げてダッシュで図書館へと殺到しました。

 あの何事にも関心の薄い殿下が誰かの、いいえたった一人の妹君の為に絵本を御所望と聞いては……見過ごす訳には参りませんから。

 え、私?

 そりゃ勿論――ダッシュでしたよ。それが何か?


「なあ、ゼフィ。俺は『パンちゃんカエルとのこのこプリンのさんかくパンチ』が良いと思うんだが……お前、どう思う?」

「パンちゃんカエルのシリーズですか? あれはどちらかといえば男の子向けでしょう。ただでさえ男ばかりの集団で、女の子向けの絵本なんて気が回らない者ばかりです。それなのに貴方まで男の子向けの絵本を推してどうするんです、筆頭殿?」

「あ゛ー……そっか、男女で好みが違ったりするのか。ゼフィ、お前文系だろ? どれを選べば良いのか……助言が欲しい」

「あ、俺も!」

「僕もお願いです!」

「貴方がた……。そうですね、無難なのはいわゆる『お姫様もの』から選べば外れは少ないと思いますが。あ、レミエルは良い選択をしましたね。皆さん、あれがそつのない選書というものです」

 女の子と触れ合った経験に乏しい、普段から本を読まない男どもがここぞとばかりに私に助言を求めてきます。

 こんな時にばかり素直なんですから。

 ですが脳筋に任せきって姫君が外れに当たっては可哀想です。

 読むのは殿下なのですから、下手なものを渡す訳にもいきません。

 身内に女の子がいる者は、此方が助言する前にさっさと目ぼしい絵本に手を伸ばしていました。

 その中でもレミエルが手にしたのは……今年の名作ですね。確か発表されてまだ間もないというのに、写本の依頼が殺到して困っていると耳にしたことがあります。

 確か内容は、小さな黒猫に導かれた少女が動物達が人間の様に暮らす不思議な世界に迷い込み、動物達を虐げるサーカスの座長と愛人の魔女を愛と勇気と謀略で倒して追い払うという……。

 女の子にはとにかく「お姫様」が出てくる本を与えれば良いと思い込んでいた男親の皆さんが、こぞって目から鱗を落としたとか?

 まあ、お姫様の絵本を与えて駄目ということもありませんし、本を選ぶセンスがない男はそういう定型的な絵本から入って徐々に見る目を広げた方が失敗せずに済むと思いますけど。

 レミエルは元を辿れば書記官の卵だったということもあり、本の世界には明るい方でしょう。

 こういう最新情報や流行りにも耳聡いので、耳より情報が欲しい時には重宝する男です。

 ですが……選書のセンスを褒めたのは失敗でしたでしょうか?

 …………選書に困った男達がレミエルに殺到し、彼が選んだ本を取り合っています。

 ああ、ああ……あんなに本を乱暴に扱っては…………っ

 仕方がありません。

 彼らの目を他にそらす為、撒き餌をするとしましょう。

「他にも此方の本なんかお勧めですね。単純に見るとただの玉の輿物語ですが、少女と王子の出会いに至る物語が丁寧に描かれていて、ロマンスに憧れる少女たちの心臓を軒並み撃ち抜いたと評判ですよ」

 ぽん、と。

 本を掲げた瞬間――猿の様な俊敏な身のこなしで、誰かが私の手から本を掻っ攫いました。

 早い……。非戦闘員の私では、その影すら目で追えませんでしたよ。

 もう誰の手に渡ったかも知れない本のことは忘れて、次の本を紹介しましょう。

「え、ええと……ああ、この絵本は兄弟の冒険を主軸に描いたものですが、暴力的な表現がほとんどありません。心温まる他者との交流が、」

 ま、また! また誰かに掻っ攫われました!

 最後まで説明していないのに!

 せめて説明くらい最後まで聞いてから行動しませんか!?


 そんな調子で、全員の手に行き渡るまで私は本の紹介を続けました。

 最後には本の概要すら頭に入れる気がないのかと、本を愛する一人として私もやさぐれてきていた自覚があります。


 だから、でしょうか。


 最後にちょっと、魔が差しました。




「――この本、どうですか?」




 直接、私に本の紹介を頼んでいたダリウス。

 他の者に先着は譲って、最後に残った本を手に取ったのは彼でした。

 ……やはりこう言うことは自分の目と耳で内容を確かめ、自信を持ってお勧めできるように選ぶべきです。

 ええ、自分で。やはり、自分で。

 自分自身で選んだ本じゃないと、意味無いと思うんですよね。はい。

 …………だから、ね? 

 自分で内容を把握しておかないから、あんなことになるんです。

 素晴らしいお話であることは、確かなんですけどね?

 内容が……



 ダリウスに渡した、絵本。

 それは動物もので……小さい子は号泣必至の、ハートフル悲劇でした。


 ※ イメージとしては『きつねのおきゃくさま』(あまん きみこ著)。



 

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