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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、夜逃げの準備
3/39

2/私と妹と、泥団子

ここから新しく書いたお話になります。

ぎこちないふたりが兄妹になっていくお話……になれば良いのですが。

楽しんでいただけたら幸いです。

 傾国と呼ばれた母が死んだ。


 だからこそ、すぐにでも逃げなくてはいけない。

 母に執着していた狂王(ちち)の目が、『妹』に向くより前に。


 迅速に動く必要がある。

 幸い、私の旅支度に問題はない。

 帰国したばかりで荷を解いていなかったことが功を奏した。

 今更、狂った王に挨拶をする必要もないだろう。

 王を蔑ろにしていると咎められるかもしれないが、王自身がそれどころではない状態だ。

 それに❘王太子あにには挨拶したのだし、構わないだろう。

 弔問や謁見に関しても、王の代わりに王太子が応対していると聞く。

 後は妹の準備を整えるのにどれだけの時間が必要か、だが……

 先に手配できるモノは、先にしておくべきだろう。

 私の斜め後ろを常に付き従う、ダリウスに指示を出す。

 彼は私の従者。

 しかしこの国の者ではない。

 10年前、使用人の一人も付けず私は隣国へと留学した。

 そんな私を案じた隣国の王妃陛下が……叔母上が付けて下さった人材だ。

「準備が整い次第、すぐに出立できるように手配を頼む」

「御意。しかし……すぐに立つとなると結局逗留は1日にも満たなくなりますが」

「荷解く前で丁度良い」

「父王陛下にご挨拶はなさらないので? 普通は最初に謁見しませんか」

「構うまい。王とて私の顔など見たくは無いだろう。それに今も母の亡骸を離そうとはしないと聞く……私などに構う余裕はないであろうよ」

 母が亡くなって、既に日にちが経つ。

 それでも亡骸を手元から離そうとしない。

 考えるだけでぞっとする話ではある。

 命尽きてなお離してもらえないとは……母は本当に哀れな人だ。

 亡骸を棺に納めることすら王が拒むらしく、葬儀すらいつ始められるかも定かではないのだ。

 このままであれば棺の中に遺体の無い状態で葬儀は執り行われることだろう。

 果たして、その葬儀に意義があるのかは不明だが。

 本当は花の一つも手向けたい気持ちがある。

 妹にも、最後の別れをさせてやりたくはある。

 だが葬儀を待つほどの時間的猶予がない。

 今は何よりも安全を……『妹』の安全を優先すべきだ。

 それが任された者の責任というものだ。

 彼女を葬儀に参列させてやれないことは申し訳ないが……

 生前の母への扱いや、母の子である私と妹への扱いを考える。

 葬儀に出ても碌なことにはなるまい。

 それよりも落ち着いてから墓を詣でる方が余程故人を偲べそうだ。

 それがいつになるか、私にもわからないのだが。

 弔文は既に届けた。

 母の死に直面して使い物にならなくなった王の代わりに、いま采配を振るっている王太子の許可もある。

 妹には勝手に決めて悪いのだが、出立を躊躇う理由はなかった。

「ところで殿下、いまどちらに向かっているので?」

「北の離宮……水楼宮だ」

「何故、そんなところに……」

「妹の荷を纏めねばならんだろう」

「王家のお子様方の住まいは、西離宮では?」

 甘いな。

 確かに本来、王家の子供が育てられるのは後宮に当たる西の離宮だが……


「きゃっ」


 思考は、留まった。

 咄嗟に出たものらしい、驚きの声。

 意識が向く先には、側を歩いていた『妹』の姿……

 ……怯えている?

 身を縮めて、体……違うな、衣服を庇おうとしている。

 何が起きているのか、考えるまでも無かった。

 足元の床に、べっとりと泥が付着している。

 広がり方、飛散の仕方を見るに投げつけられた物だ。

 何が起きているのかは瞬時に分かった。

 私にも経験があることだ。

 

 場所は、王宮の本宮を出たところ。

 王宮内の入り組んだ廊下を辿るよりも、水楼宮へは外から回った方が早い。

 

 木々の陰に、ちらちらと何かが動いていた。

 小柄な少年達の姿。

 確認せずとも貴族の子だとわかる。

 そうして何をしたのかも。

 彼らが、『妹』に泥団子を投げつけたのだ。


 『妹』の側に私達がいることに気付いていないのか。

 否、あの位置から私達が見えないということはあるまい。

 ただ偶然近くにいただけで、無関係だと思ったのか。

 ……近くに大人がいても暴挙を見過ごしてもらえると侮られているらしい。

 私を見くびっているのか、妹を侮っているのか。

 どちらにせよ、気持ちの良いことではない。

 幼少期、私も同じ目に遭ったことがある。

 この王宮内で、王の子といえど『傾国の子(わたし)』の立場は悪かった。

 それは今も……『妹』にしても同じことらしい。

 

 腹立たしい。

 本当に、腹立たしいことだ。


 年下の少女に向かって、泥団子を投げつける。

 貴族の子とは思えない仕打ちだが、お綺麗な格好をしても案外こんなものだ。

 少年の一人が振りかぶる姿が見える。

 私は冷めた目で少年達を見据えながら、妹を抱き寄せた。


 従者が動こうとするのが目の端に見えたが、目線で抑える。

 ああいった手合いは、『従者』が被害を受けても気にはするまい。

 今の私のように……見るからに『貴人』といった者が害を受けてこそ、響く。

 庇った私の上着の裾が、泥に濡れて茶色く染まった。


 木々の陰、隠れたつもりで隠れられていない子供達。

 私の行動が思いがけないものだったのか、慌てふためき、騒いでいる。

 彼らが選んだ行動は、謝罪ではなく逃亡。

「追いますか?」

「いや、構うな」

「ですが、殿下の上着を泥で染めておいて逃亡とは……」

「何を論点に叱る気だ? 一番の問題点はそこではないだろう」

「……お咎めなしに済ますおつもりで?」

「子供は敏い。やってもいい、大人が許してくれると思ったことしかしないものだ。彼らや彼らの両親を咎めても、被害者が誰かと知れば反省するまいよ。何しろ彼らの親こそが私や妹を軽んじているのだから」

 それに逃げる道を選んだ時点で、どうするかは決めている。

 敢えて私が泥を被ったのは、見咎める大人が此処にいると示す為。

 年齢的に私のことは知るまい。

 だが身に纏った装束で、自分より『上位』の身分だと知れる筈。

 身分が上の者を害する意味は、子供だとて重々知っていよう。

 その上で彼らが多少なりとも態度を改めれば。

 そう、謝罪でもしてくれば、私も違った対応を選んだものを。

 あの少年達は、私達に身元は露見しないと思っているのかもしれない。

 甘い話だ、本当に。

 彼らが何者かなど、使用人にでも尋ねればわかること。

 貴族の暴挙に振り回される使用人達は、彼らが何者か把握している。

 それに王宮への登城記録を検めれば特定は容易い。

 だが、そこまではしない。時間が惜しい。

「ダリウス」

「は、殿下」

 私はダリウスに、いくつかの家名を告げた。

 貴族の子は誰の子かわかりやすいよう、上着に家紋が縫い取られている。

 本当にわかりやすく、便利なことだ。

「丁度良い、あそこの東屋にいるご婦人方に愚痴を聞いてもらって来い」

「意味が量りかねるのですが……殿下、俺は一体何を愚痴れば良いので?」

「高貴な血筋は一目瞭然の子女に、今告げた家の少年らが泥を投げつける姿を見た、嘆かわしい……とでも。重要なのは誰が被害を受けたかではなく、誰が何をしたかだ。被害者のことは良く知らんとでも言っておくように。被害を受けたのが『傾国の子』と知ると、途端に受け取り側の印象も変わってしまうからな」

 加えて言うのであれば、それを目撃したのが誰かということも重要になる。

 ダリウスは隣国で子爵の位を賜っている。

 他国の貴族が『そういう印象』を持った……これが何より重要だ。

 少年達は他国の貴族の前で下手を打った迂闊な考えなしだということになる。

 本人と家の資質に疑問を持たせるには充分だろう。

「あのご婦人方が連れている子供らを見ろ、ダリウス」

「……丁度さっきの少年達と釣り合いの取れそうな年回りのご令嬢方ですね」

「愛らしいことだ」

「妹君を虐められたからと、仕返しが少し陰険すぎませんか。殿下」

「婦女子を傷つける者は、婦女子から手痛い仕打ちを受けて当然と思うが」

「それもそうですね。それじゃ俺、ちょっと愚痴ってきます」

 あの少年達の行いは、客観的に見ても褒められたものではない。

 ご婦人方の情報というものは、いつ何処であろうと凄まじい速さで駆け巡る。

 恐らく、一週間とせずに少年達の愚挙は知れ渡ることだろう。

 釣り合いの取れる娘の親達に悪い印象を持たれ、悪評を立てられる。

 他国の貴族に悪印象を持たれたという話は、尾を引くはずだ。

 さて、彼らが将来……花嫁探しに難儀せねば良いのだが、な?


「あ、あの……おにいさま」

「ん? ああ、済まない。いきなり抱き寄せるとは不躾だったか」


 もぞ、と。

 腕の中で身じろぐ妹、ミンティシア。

 戸惑いに揺れる目で、私を見上げている。

 ……ふむ。

 すぐ隣を歩いていたというのに、今の事態だ。

 大人が近くにいれば大丈夫かと思っていたが……考えを改めよう。

 大人が近くにいても構わないと思っている愚者が、どうやら王宮にはいるらしい。

 王宮(ここ)を一人で歩かせるのは危険だ。 


「ミンティシア」

「……はい」

「少し我慢しなさい」

「え…………きゃっ」


 私は妹を抱き上げた。

 軽い。

 いや、軽すぎる。

 自分の腕に座らせるように抱き上げた妹は、細く頼り無い体をしていた。

 不安そうに私を見下ろす目は、戸惑いに加えて混乱が混じっている。

「王宮を出るまでは、こうしてお前を運ぼうと思う」

「ミンティシア、あるける……よ?」

「……お兄様はお前よりも足が速いから、此方の方が移動しやすいんだ」

「…………」

 妹は困惑している。

 だが、やはり此方の方が良い気がする。

 妹は不安になるくらい軽いが、お陰で苦にならない。

「さあ、お前の部屋に向かおう」

「はい」

 何を思っているのか、妹はしきりに首を傾げている。

 後で時間があったら、何を考えているのかゆっくりと聞いてみることとしよう。

 

 

 

 

決定的に会話が足りない兄と妹。


ミンティシア は おどろいている!

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