『子猫の重み』
今回はダリウスでもレミエルでもない、側近の誰か視点です。
追手を阻んでの作戦行動に、賊の捕縛や連行などなど。
情けなくも積み重なる面倒事に疲れ果てる。
挙句の果てには、殿下方につけた筈の護衛が単独で行動しているという始末。
お守りすべき殿下をどうしたんだと、疲労で苛々した感情のまま。
護衛を担当しておきながら護衛対象を見失ったという馬鹿を、思わず皆で一斉に恫喝した。
「まあ待て、落ち着くんだ皆の衆」
一頻り叫んで騒いで罵倒して。
収まりがつかないなりに激情を発散しきったところで、一人静観していたダリウスが声を上げた。
殿下のお側に仕える中で、一番の古株。自然と側近の筆頭に数えられるようになっていた男。
彼の指示には、皆も一目置いて従ってしまう。
「殿下の事です。きっと俺達を置いて先に進んだんでしょう。……アレでちゃんと分は弁えているはずなんで、恐らく国境の検問辺りで俺達を待っているはず」
殿下の行動をよく知るダリウスの言葉には、説得力という重みがあった。
今はレミエルに構っている場合でもない。
殿下と合流すべく、道行を急ごうという結論に至った。
「レミエル」
「え?」
「王宮に戻ったら、しごき……覚悟しておけよ」
「えっ」
ダリウスが個人的にレミエルへと何事か耳打ちしていたみたいだが、詳細は知らない。
だけどレミエルの顔が何だか青褪めていたので、何となく察するものはあった。
殿下の側仕え一同、そっと目を逸らす。
ダリウスの言葉通り、国境へと道を急ぐ。
出てくる野盗の類も、ほとんど素通りした。
向かってくるのなら、容赦はしない。
しかし殿下を思って馬を急がせるダリウスが余程鬼気迫っていたのか。
それとも他に何か理由があったのか。
最初にひょこっと出てくる割に、俺達を前にすると凝視したまま硬直して動かなくなる。
その横を素通りすることは、難しいことじゃなかった。
「頭ー! あいつら、行かせちまって良いんですかい!?」
「ば、馬鹿! 関わり合いになるな! そっとしておけ! 良いか、目を合わせるなよ」
盗賊の首領が特に殊勝な態度で此方も助かったが、何が彼をそうさせたのかは謎だ。
ダリウスの言葉に従い、国境を……故国を目指して暫く。
もう国境までは然程遠くなかったこともあり、レミエルと合流した日の内に辿りつく。
果たして、殿下はダリウスの言葉通りそこにいた。
ダリウスの言葉を信じた全員が、想像もしていなかった姿で。
意外な思いで、まじまじと眺めてしまう。
殿下は……リュケイオン殿下は、妹君と一緒にいらっしゃった。。
まるで子猫の様に愛らしい妹姫を、膝の上に乗せ。
此方は本物の、小さな子猫に御兄妹で一緒に餌を与えておられる。
そのお顔には、微かに優しげな微笑みが……って。
!!
笑っておられる!?
元々表情にも乏しく、人との関わりなど希薄な人生を歩んでこられた殿下。
彼のお顔に笑みが浮かぶところなど、終ぞ見たこともなく。
その殿下の顔に、小さくはあったがはっきり『笑み』とわかる表情が浮かんでいた。
あまりの衝撃に、動くことが出来なくなる。
急に近寄って、驚かせて。
それで殿下のあの尊い笑みが失われたら?
そう思ったら、動くなんてとてもとても……
結局、我らは殿下が気付いて下さるまで、一歩も動けずに置物と化していた。
笑顔を目にした衝撃が薄れても、近寄り難い思いが薄れてきても。
初めて目にした殿下の笑みに、その儚げながらどことなく幸せそうな表情に。
胸中を万感の思いが駆け抜けて、とても動くことなんて出来なかった。
幸薄くあられた殿下が、笑っておられる。
それだけで、私達は『感無量』という言葉の意味を味わった。
あの幼い姫君の存在が殿下を笑わせて下さったのだというのなら。
あの子猫のような小さな姫が、殿下に幸せを運んで下さるというのなら。
どうかずっと殿下と共にあって下されば良いのに。
臣下の身で出過ぎたことだが、そう思わずにはいられなかった。
ミンティシアの婚期が心配です。
よく考えたら第二チェックポイントを通過した辺りが物語の終わりとしてキリも良かった気がしつつ。
うっかり通り過ぎてしまったので、もう少しお話を続けようと思います。
次回辺りから、舞台は叔母様の国の王宮に移動です。




