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傾国の死後、私と妹【連載版】  作者: 小林晴幸
私と妹と、逃避行
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『国境の検問所』

 此処はヴェシテス国とウェルヌス国、二つの国の境にある検問所。

 全ての道を、または道なき道を網羅して国が管理するのは不可能だけど、隣国に通じる主要な道には此処と同様の検問所が設けられている。

 出入国の記録を取ってはいるけど、後ろ暗い人間は素通りしてしまう。

 だが真っ当な人間に、後で痛い腹を探られたくない人間なんかは此処で出入国の審査を受ける。

 貴族みたいな公的な立場のある人間だったら、ちゃんと検問を通っていないと後々で大きな問題に発展することもあるし、安全面なんかの諸々を考えると立場のある人ほど、こういう規則をちゃんと守ってくれる。

 

 だから、それほど検問所は暇なわけじゃない。

 ()も中央からこの検問所に派遣されて数か月が過ぎるが、思っていた以上に忙しいことに驚いている。

 特につい先日なんか、隣国に留学中だった王子が慌ただしく通過していったり。

 時々派手な『何か』が起こるから、此処の勤務は退屈しない。

 せっかく軍人になったのに、初任から僻地の地方勤務に回されたって腐ってたのに。

 実際は腐る暇なんか何処にもなかった。

 この辺、治安が悪いらしくて頻繁に盗賊の捕縛騒ぎが起こるしね。

 性質の悪い盗賊がまた騒ぎを起こしているらしいし、近々盗賊を取り締まる為の特別作戦が展開されるんじゃないかって先輩が予想を立ててたなぁ……。

 定期的に盗賊を追い立てているのに、なんで被害が減らないんだろう。




 そんな平和とは言えない任地で。

 今日もほぼ流れ作業と化した旅人の吟味を行う。

 こちらも暇じゃないっていうのに、余計な命令がきたせいで、いつもよりも仕事に手間がかかっていた。

 上官から下った命令。

 詮索は無用と言われたけど、どうやら力を持った貴族が介入してきたらしい。

 中央からの、正式な命令じゃない。

 だから本当は従う必要もないんだけど……どうやら上官は賄賂を受け取ったようだ。

 わざと逆らったり、命令を無視すれば上官からの『熱い指導』を受ける羽目になる。

 いつか中央に上官が汚職していることを密告してやろうと思う。



 謎の命令は、何か怪しい。

 素直に従ってしまえば、何か悪事の片棒を担ぐことになってしまうんじゃないか。

 そんな不安が胸中を占める。


 下された命令。

 それは、特徴の一致する男女の組み合わせを連行しろ、というもので。

 教えられた特徴の中に、『絶世の美貌』と敢えてわざわざ書き添えられていることが、もう怪しい。

 年齢はインクが滲んじゃって読み取れなかったけど、他の特徴から察するに若いことは確か。

 権力者が関わっていることといい、何か生臭い気配がした。



 上官が失脚していない内は、渋々でも命令に従わないと職務違反と取られてしまう。

 だけど従いたくない。

 ジレンマが、俺を苛んだ。

 とりあえず、該当者が見つかるまでは命令に従おう。

 見つかった後で、以後の指示に従うかどうかは臨機応変にその場次第で。

 同僚と相談すると俺と同意見の人が多かったので、そういうことになった。


 本当に、そんな男女が来るのか。

 追われている、捜されている自覚があるのなら、国境の検問をわざわざ通りはしないんじゃないか。

 命令を受けはしたものの、該当する人物は来ないんじゃないか。

 俺達は、半ばそんな風にも思っていたんだけど。


 来た。

 来たよ。


 果たして、その時はやって来た。

 貴族には稀に生まれるらしいけど、こんな地方の辺境じゃ珍しい組み合わせの髪と瞳。

 揃いの人形みたいに、同色組み合わせを有した男女。

 髪と目の色がお揃いなだけじゃなく……その面立ちにも、二人の血縁関係が窺えた。


 命令を聞いた時は、犯罪者なのだろうかとも思った。

 だけど本当に罪人なら、わざわざ貴族の横槍を受けずとも中央から正式に指令が下るはず。

 そこをこんな……中央に情報を伏せる様にして、直接俺達の上官に賄賂をやって指示を出す。

 その点からも、どこかの貴族が個人的に追いかけている……やましいナニかが裏にあるな、と。

 すぐに気付いたけど、それでも一瞬罪人の疑いを持ったことで、内心もしかしたらと思いもしていた。


 でも。

 一目見て、わかる。

 目の前の二人は、とても罪人には見えない。

 そもそも、片方の人物は明らかな幼子で……罪など犯しようがない。

 そしてそんな小さい子供を守る様に、もう一人が全身で気を張っていたから。

 これは罪人じゃない。

 哀れな被害者のパターンだ!と。

 俺や同僚達は、一目でピンと来ていた。

 人を見て怯える目をするし、警戒心が凄く高いし。

 特に小さい子供は大人の男が怖いのか、ひしと母親(・・)の胸にしがみ付いてずっと身を震わせていた。

 今まで虐げられてきたことを証明するように、幼い男の子(・・・)の頬には力いっぱい殴られた跡があった。

 赤くなって、痛々しい。

 とても、子供へする仕打ちじゃない!

 相手は凄い美人だって注釈通り、二人とも綺麗な顔の母子(・・)だったから。

 たおやかで儚げな薄幸の美女(・・)と、小さな子どもに対する同情と庇護の気持ちが高まっていく。


 ほんの僅かに、漏れた言葉で事情を察する。

 金で買われるようにして、美女はまだ幼さの残る時分に強引に他国から嫁入りさせられたらしい。

 年の離れた亭主は酷い暴力男で、生まれた子供をよく殴る。

 今までずっと耐え忍んでいたが、故郷に帰りたくて仕方がなかったようだ。

 そんな頃合いに、亭主が酒によってつまらない喧嘩で命を落とした。

 美女は未亡人になり、もう亭主に縛られなくて良いと故郷へ戻ることを決めた。

 だがいざ帰るとなった時、死んだ亭主の弟が美女に言い寄って来て……


「もう、こんな国には一時もいたくない……この子を連れて、安心できる場所に帰りたいんです」


 切々と訴える声は、苦渋に掠れて哀れだった。


 うん、素通りしてもらおう。

 詮索なんてしない。しちゃいけない。

 そして引きとめるのも駄目だ。

 上官の命令?

 知らない知らない。正式な指令書がある訳じゃないし。

 どこかに連絡する? しかも連行する?

 それやるヤツがいたら、皆でタコ殴りな。


 目線で同僚と会話して。

 一瞬にして、この場の意見はまとまった。

 しっかりと、全員が頷き合う。

 みんな同じ気持ちだった。


「――どうぞ、良い旅路を!」

「ええ、ありがとうございます」


 すっごい美女は、しっかりと子供を抱きしめて馬を進ませる。

 彼女の声は思いのほかハスキーで、それがちょっと意外だった。

 でも低めの声も色気があって良いよな、と。

 美女が硝子細工みたいに儚げな様子ながらも、小さく微笑み返してくれた。

 そのことで俺達は暫く色めき立って、うっとりしながら美女の背中を見送った。




 あれ?

 でもそう言えば……あの美女、先日ちらっとだけ垣間見えた『王子様』に何となく、似ていたような……?




その美女は、男なんだよ……兵士諸君。

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